一糸纏わぬ裸体であっても、赤毛の美少女はお構い無しに機体を駆り続けた。  全方位真っ暗な真空の中、ドーム状の全周囲モニターだけが意味のある情報を与えてくれる。  敵性体が更に2機、約30G――――――1秒毎に294メートル増速――――――という重力加速度で接近中。  携行火器の有効射程距離まで、10秒。  警報。  接近する敵性体が発砲。  センサーから情報を受け取った赤毛の少女は、その瞬間に機体背面と脚部のブースター出力をアップ。  縦軸方向に急加速し、機体の軌道を捻じ曲げ回避する。 「ッキャァアアアア!?」 「ぐわッ――――――!!?」  安全装置が外れた、重力制御の反応時間を超えた急機動。  鬼のような加速度が身体を押し潰さんとし、コクピットにいた同乗者のふたりが悲鳴を上げた。  機体のセンサーが、敵性体からの次の攻撃を感知する。モニターのレーダー画面に表示され、再度の警報。  赤毛の少女が足を乗せるアームを踏み切ると、その動きが検知され機体の挙動に反映された。  約40Gという凄まじい勢いで加速中の機体は、宙を蹴飛ばしたかのような動きで回転。  螺旋の軌道を描いて敵の射撃を躱わし、制動をかけると同時にアサルトライフルを敵に向ける。  高速で振り回される視界の中、機体のセンサー、攻撃指揮システム、照準システムと同調。  更に、自力で追尾機能を補正し敵性体を照準中央に捉えると、アームグリップにあるトリガーを引き絞った。  砲口が紫電を噴き、55.5ミリ弾が秒間50発という連射速度で放たれる。  砲弾は逃げる敵へ直撃するかに見えたが、直前で薄く輝く半球体の何かに妨げられた。  この時代なら珍しくもない防御シールドだ。  ただ、長時間展開するような防御兵装でもなく、それを知ってか知らずが、ハダカの少女は立て続けに発砲。  8割以上の命中精度を見せ、敵性体のシールドを過負荷でダウンさせると、直後に敵本体をも撃ち抜いた。  これで、2機目を撃破。  間髪入れずにもう一機の敵に照準しようとする赤毛の少女だが、ここでシステムに異常が起こる。  センサーと火器管制システム、攻撃指揮システムに電子妨害警報。  照準システムが敵性体を追わない。赤毛の少女が火器管制システムと同調して補正するが、すぐにまた敵から追尾が外れる。 「お、おいECM仕掛けられてんだろうが! ECCMでレジスト! イルミネーターの同期をパッシブセンサーに絞れよ! 光学センサーだけでオートエイム!!」  同乗者である男っぽい口調の少女が叫ぶが、突然言われても赤毛の方は何が何やら、という顔をしていた。  それも当然。  赤毛の少女はつい5分前に初めてこのヒト型機動兵器、アドバンスド・マシンヘッド・フレーム、通称『エイム』に乗ったのだから。  搭乗者をシステムと同期させ、体感的な操作を可能にするインターフェイスがあればこそ、ぶっつけでここまでのコントロールが可能だった。  しかし、付随的な情報システムや電子戦システムといった専門性を要する操作など、知らないのに出来るはずもない。  また、当然のんびり教わっている暇もないので、赤毛の少女は一旦逃げる事とした。  レーダーと周辺情報のデータを一瞥すると、赤毛の少女は機体を後方へ反転。  またしても慣性制御によるコクピットの保護能力を超えた急機動で、他二名が引き攣った声を上げる。  ヒト型機動兵器が向かう先は、赤茶けた惑星の低軌道上を航行する戦闘艦だ。  やや先端へ向けて細る直方体の航宙艦で、全長は約300メートル。後部から上下斜め4方向に四角いエンジンナセルを装備している。  今は重力慣性航行を用い15G――――――1秒毎に147メートル増速――――――で後退中だ。  赤毛の少女が駆るヒト型機動兵器は、真っ直ぐその船へ降下すると、脇を擦り抜け鋭角に反転する。  惑星の重力に引かれて機体全体に加重がかかるが、赤毛の少女はブースターを燃焼させて強引に上昇へと転じた。  ビリビリと震える機体を身体全体で操り、赤茶けた星の大気上層を滑らせる。  ヒト型機動兵器と同じ軌道で突っ込んで来る敵性体に、慌てるのは航宙艦だ。  艦体各部の砲塔が動き、砲口から一斉に赤い光線を放ち迎撃を開始する。  戦闘艦に限らず宇宙船なら大抵装備している、メガワットクラスの出力を持つレーザー砲だ。  だが、敵性体は鋭い機動を見せ、それらを全て回避。赤毛の少女が駆る機体を猛追した。  上手く火線から逃れた敵に舌打ちする赤毛娘は、次の障害物へ相手を引き摺って行こうとする。  機体の向きを変えた直後に、ブースター出力アップ。鮮やかな青い焔を引き、ヒト型機動兵器は流れ星のように惑星上を飛翔した。  軌道上の浮遊物をロール機動で避け、障害物の多い中でも全く減速しない機体は、近くで航行していた別の船へと急速に接近。  先の艦に比べれば小さい50メートル前後の宇宙船で、装甲は無く船首ブリッジやエンジンブロック、両舷側の貨物モジュールといったパーツが丸見えだった。  先ほど同様、上手く攻撃を誘導できるか。ダメなら囮にして攻撃の隙を窺う。  非常時に付きそんな非情な事を考えていた赤毛の少女であるが、 「だ、ダメ! あれはわたし達の船よ!!」  もうひとりの同乗者、メガネにお下げ髪の少女が叫ぶと同時に、両足を踏み切り機体に急制動をかけた。  すぐに肩のブースターを吹かし向きを制御すると、脚部のブースターを爆発させその場から飛び退く。  高速でボロ船(失礼)から離れるヒト型機動兵器に、より内回りの最短軌道を取って急接近する敵性体。  それまではコクピットのモニター上に表示された四角い枠に過ぎなかった存在が、見る間に輪郭を露わにしてきた。  それは、生物に似た有機的な三角錐の形状をし、左右両側面にアームを伸ばし、その先端が大型のハサミのように二股に別れた発射機を備えた兵器だった。  実際にはそれが何なのか、この宇宙で知る者は皆無に近い。  ただハッキリしているのは、それが宇宙に住む全種族に共通した『脅威』であるという事実だ。  見る間に迫って来る生物のような機械の兵器に、同乗者ふたりは悲鳴も出ない。  他方、赤毛の少女は機械のように、敵性体に対し移動しながら正確な牽制射撃を繰り返す。  だが、電子戦能力は相手の方が高く、機械任せの自動照準では一向に当たらなかった。  敵性体はエイムへ向け光弾を発射。  赤毛の方は身体を捻るように両手足のアームを操り、機体をロールさせ紙一重で回避。同時に射撃で応戦すると、接近する敵も機体を大きく振って躱わす。  レーザーと光弾を互いに擦り抜けながら、相対で80G――――――1秒毎に784メートル増速――――――以上という加速度を全く緩めず、両機は共に急接近。  敵性体はアームの先から荷電粒子の刃を伸ばし、正面からの軌道で直接叩きに来る。  既に回避する時間は無く、激突は免れない。  だが、赤毛の少女に逃げる気など欠片もなく、無意識にヒト型機動兵器の武装を選択すると、  交差する一瞬、左前腕部に内蔵されるビームブレードで、脅威敵性体を抉り斬る。  その1時間前の事。  真っ黒な空間にポツンと浮かぶ赤茶けた星、『クーリオグループ11M:F』という識別番号だけが割り振られた岩石惑星。  その衛星軌道上に、古びたプラント施設があった。  眼下の惑星からレアメタルを採取、精製しているとされる施設の大きさは、縦横高さがそれぞれ1キロメートルを超える。  クーリオ星系の中心である恒星からも遠く、明りの取り入れ窓なども無い密閉型のプラントだ。  寂しい場所だった。  クーリオG11M:Fは侵入禁止の完全無人な惑星であり、地表に生物の存在も確認されていない。  星系の最外縁部である為に周辺で居住可能な惑星も存在せず、他の星系への定期航路から外れているので、用が無い人間がわざわざ訪れたりもしなかった。  ただ静かで絵画のように動きがない、そんな世界だ。  ちなみに、『クーリオG11M:F』とは、クーリオ恒星系第11番目の岩石惑星で、連邦圏に属するという意味になる。  表向き、そのプラントはまだ稼働を続けていた。  記録上、300年以上前から存在している、金属精製施設。  その正体は、シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦の秘密施設だ。  クーリオ地方行政府内、連邦中央政府内でもほとんど実情を知る者がいない、最重要秘密実験施設。  ただひとつの目的の為に、300年以上もの間研究が続けられている。 「直接船を調べれば良いんじゃないか? わざわざあんな物を使わなくても」  そんな研究施設の最深部を、壮年の男が身体を揺さぶり歩いていた。  年齢は30代後半から40代前半。黒い髪を短く刈り込み、肥満一歩手前で大柄だ。  プラントの管理者らしいジャンパーを着ており、内側には一般的な『環境スーツ』を身に着けている。  その喋り方は威圧的で、隣を歩く者を見る目には傲慢さがチラついていた。 「通常の方法でしたらもう何十年何百年と試みられてきましたし、未だにメインフレームのゲートアクセスすら出来ないのが現状ですから。そのくせ自動保守システムは生きていて、こちらが開けた通用口すら閉じてしまいます。それにこの研究は、あの船一隻動かせば良いという物でもありませんから」 「わかってるよ? そんな事は」  しかし、壮年男性の隣にいる男は、相手の事など見もしないで話し続ける。  まだ20代と若い研究者で、技術陣の主任を務める男だ。  自らが有能だと鼻にかけるタイプで、上司にあたる壮年の男にも慇懃無礼な態度を取る事がしばしば。同僚や部下に対しては、もっと露骨だ。  壮年の男も苛立ち混じりの相槌を返すが、当然若い主任研究者には通じていない。  大柄の男は、連邦軍の軍人だった。  もう5年も前に連邦中央から赴任して来た、この施設の責任者だ。  連邦軍統合戦略部オライオン・ライン局二課次席代行、サイーギ=ホーリー。それがこの男の名前と、以前の役職。  現在は、クーリオ星系11M:Fにあるプラントの責任者で、実験施設の統括官というワケだ。  要するに、左遷である。  この大柄の軽肥満は大分以前から、威丈高な態度が問題視されていた。  押しの強さと声の大きさも場合によっては有用であり、また仕事は出来る事から上司も迂闊に譴責出来なかったのだ。  だが、下の者が抑圧されて育たなくなったのがいよいよ問題となり、異動が決定。  そうして、重要ではあるが誰も行きたがらない宇宙の果てとも言えるような、この実験施設に押し込まれた。  軍人である以上、命令には服さねばならない。  そして正式に辞令が出た以上、男がどんなに高圧的に喚き散らそうと、何も変えられはしなかった。  それから5年。  もともと底辺の評価だった施設は、男の中で底を突き破らんばかりに下降のバイアスを維持し続けている。  辛気臭い偽装プラント、乏しい新鮮な情報、一向に進まない研究。  報告の度に成果が上がらない事で責任を問われるが、処罰はされない。他にやりたがる者はいないし、これ以上左遷のしようがないからだ。  ただ自分勝手で気難しく神経質な男が、不満を募らせるだけ。それを発散できるような場所も無い。  ある意味で、男にはお似合いの場所ではあった。 「今回の接続実験には成長促進因子を使っていない素体を用いたいと思います。15年物ですね。最終的にフィードバックのレベルを1,500%まで増幅しますので使い潰す事になりますが」 「好きにしろよ。普通に成長させた方がいいなら、いっそ今から100体でも1,000体でも用意しておけば良い」  投げやりに許可を出す肥満手前の男。  どうせ今回も成果は出ないと思っているが、一方でこの計画、予算だけは非常に潤沢だった。どれだけ失敗しても構わない。  それは、連邦にとっても非常に重要な研究である事を示していたが、男にとってはどうでも良い事だった。                         ◇  同時刻。  惑星、クーリオグループ11M:Fに一隻の宇宙船が接近していた。  全長は50メートルほどの箱型。円錐に近い円筒形の船首船橋に、全体の3分の1を占める後部のエンジン推進ユニットと、間を繋ぐ通路を兼ねた竜骨のシャフト。その左右に四角いコンテナ状のモジュールを四基接続している。  必要最低限の構成しか持たない簡素な宇宙船で、やや古さが目立った。 『こちらNMCCS-U5137ドリフト、貨物船「パンナコッタ」。「サ・タ、メタルワークスプラント」へ寄港要請。当方はナビゲーションシステム不調にて船外修理を必要としてます。繰り返します、こちらNMCCS-U5137D、貨物船パンナコッタ、ユニバーサルフリケンシーで送信中――――――――』  『パンナコッタ』という船から、冷静、あるいはぶっきらぼうな女の声でプラントに通信が入る。  その貨物船には問題が発生しており、修理に船着場を使わせて欲しいという要請だった。  連邦圏に限らず、航宙事故を確認した者には当該船への救護義務が発生する。違反時の罰則はまちまちだが。  それに、このプラントは政府の施設とはいえ存在自体が極秘の代物。表向きは一企業の物となっているので、軍事機密などを理由に救護要請を無視も出来ない。  この様な場合、軍は民間船を秘密裏に亡き者にする事もあるのだが、今回は施設の管制担当者が救護要請を受け入れていた。  『最重要機密』という名目だけで自分たちが何を守っているのかも知らされず、変わり映えのない日々に麻痺していた為だ。  研究の内容を知るのは、上層部の極一部。  末端の兵士は緩み切っていた。  古ぼけた貨物船、パンナコッタは気密ドックへと誘導された。  プラントの巨大な骨組みに沿って慣性航行を続け、長方形に口を開けたゲートから内部へゆっくりと侵入する。  ドッキングポートまで来ると、自動で固定アームが伸ばされ上下から船が挟み込まれた。  センサーで船体がスキャニングされ安全が確認されると、ボーディング・ブリッジが伸びてハッチに接続される。  船とドック内にゴグン……という重い振動が伝わり、すぐに真空中の静けさが戻った。 「へーい駐機完了っと……。船の制御システム、船内環境に問題無し。でもナビは相変わらずだな。自己診断に異常は見つからないから、やっぱセンサーアレイの方だわこれ、マリーン姉さん」  船橋、通信オペレーター席に座る少女が、男のような言葉遣いで背後へと話しかける。  紫のロングヘアーに金色の瞳。気の強そうな表情の娘だ。 「そう……やっぱりこの前のアレかしらねぇ? シールドもたなかったものね。破片でも当たったかしら?」  おっとりとした口調で応えるのは、船橋の中央席に座る優しそうな女性だった。  長い栗色の髪を後ろで纏め、同色の瞳はやや下がり気味。豊満な体型が環境スーツにより強調されている。 「ダナちゃん、修理できそう?」 『干渉儀は命綱だから予備部品はある。だが程度を見ないと何とも言えん。まぁここにも部品はあるだろうから、最悪交渉して譲ってもらうしかないだろうな』  船長席のモニター画面は、機関室にいるメカニックの女性に繋がっていた。  広大な宇宙を旅するのに必要な広範囲レーダー。その修理の相談だ。これが無くてはワープが出来ない。  一応出来ない事もないのだが、飛んで行く先がどうなっているか分からないのだ。そんなの目隠しをして小惑星帯に最大加速で突っ込んでいくのと変わらない。  かと言ってワープ無しでは、数光年から数万光年を通常航行のみで移動するハメになる。例えコールドスリープ装置を使っても、寿命が足りないだろう。 「それじゃダナちゃん、すぐに修理にかかってちょうだい。エイミーちゃんも手伝ってあげて。スノーちゃんは少し休んで、暫く船は動かないわ。わたしは少し先方にご挨拶して来るから」  船橋に居る者は直接、居ない者には船内通信で、船長の指示に了解と応える。  年若い女性や少女ばかりだが、全員が宇宙船と宇宙での生活に適応し、それは特別な事ではなかった。                         ◇  実は、貨物船『パンナコッタ』は相当にイジられている船だ。初期の状態からすれば、ほぼ別物と言って良い。古い船なら改造も珍しい事ではないが。  パンナコッタのクルーには、整備や修理担当のメカニックの他、機器の改造や改良を担当するエンジニアもいる。  担当と言っても、女ばかりたった8人の所帯だ。誰かが休んでいれば、他の誰かが代わりを務める事など当然だった。  膝までありそうな髪を結い、情報端末のメガネをかける少女がそのエンジニアだ。  髪は淡い菫色で、瞳はエメラルドグリーン。愛らしい顔立ちだが、技術職の常か化粧っ気は無い。この船の全員に共通する事ではあったが。  そのエンジニアの少女『エイミー』は、現在メカニックの女性と船外活動中だった。  ドックの中は重力制御されておらず、船外活動用スーツを着たメガネの少女は無重力の真空中を器用に泳ぐ。  そして、目の前には破損の見られる船体の外装があり、そこに有るべき物がなかった。 『ツイてないにも程があるな。破損じゃなくて丸々失せているとは。これは「ネザーインターフェイス」にも影響が出ているだろう』 「修理だけじゃなくて再接続からしなきゃ…………。船長、ネザーズは『R・M・M』だから在庫がありません。どうにか調達しないと」 『そうね……分かったわ、何とかこちらにお願いしてみる。ダナちゃんとエイミーちゃんは出来る部分だけで良いから修理と整備、お願いね』  電波を用いるよりも遥かに早く、そして数千光年先をも見通すセンサー、『導波干渉儀』。  宇宙船のみならず、様々なシステムと脳で繋がり自身の延長とする『ネザーコントロール・インターフェイス』。  分子、あるいは原子レベルでの構造変形をコントロールできる特殊素材、『R・M・M』。  いずれもこの時代には無くてはならない技術だ。  そんな部品が一度に失われたとあって、常に冷静なメカニックの姐御が珍しく感情を表に出していた。  この後の手間を考えると、メカニックのエイミーも頭が痛い。  どうにか出来ないかと破損個所も調べてみたが、どう頑張っても部品を継げそうもない。  仕方なく、船長が施設の人間と上手く交渉してくれるのを祈りながら、他の部分の整備を進めていた。  船長から通信が来たのが、それから30分後の事だ。 『干渉儀の部品、ドック用の資材倉庫に有るかも、って話だったわ。費用は必要な物が見つかったら請求する、ですって。エイミーちゃん、ダナちゃんとふたりで探しに行ってもらえる?』  曰く、プラントの管理部側は『勝手に探せ』と言っているらしい。  その通信を聞き、思わず考え込んでしまう船の面々。  ここまで一度もドックの責任者や作業員が出て来るでもなし、随分やる気が無いというか、投げやりな対応だ。  そして、これは普通は有り得ない対応であり、エンジニアの少女も眉を顰める。 『マリーン姉さん、それならオレも行っていいかな? ちょっと調べたい事もあるんだ』 『おい今はやめろフィス。船を直して出られるようにするのが最優先だろう。船団が遠くなる一方だぞ』 『でもだってなんかこのプラントおかしいぜ、ダナ。管理システムがこっそり二重になってるし、施設が大げさな割にほとんど稼働してないんだ。なんか隠しているぜ、ここ』 『そんな事は分かっている。だから余計な事をするなと言ってるんだ。触れてから汚染物質だったと気付いても遅いんだぞ』  メカニックの言う『汚染物質』云々は、この宇宙に生きる者の故事だ。古い例え話で言うと、藪を突いて蛇を出す。  通信オペレーターの『フィス』は、同時にウェイブネット・レイダーでもあった。過去に情報の盗掘を生業にしていた事もあるのだ。  だからではないが、はじめて行く施設などは秘密裏にメインフレームにアクセスし、自分たちにとって何か危険な事はないか調べるのが習慣になっている。  今回もそうだ。  しかしメカニックも、この施設がただの資源プラントでない事くらい気付いていた。  こちらも過去の経験からだ。  そして、経験から来る勘が、この施設はヤバイと訴えている。  要件を済ませたら、一刻も早く立ち去るべきだ。 『何が危険か知らないよりは知っておいた方がいいだろ? パーツを探すついでにターミナルからちょっと覗くだけだって』  だが、通信オペ娘の言う事にも一理あり、安全圏を計る意味でも可能な限り情報は得ておきたい。  それに、フィスのシステムへ侵入する腕は確かだった。  その腕に助けられる事も多々あり、メカニックの姐御も黙り込んでしまう。 『フィスちゃん、バレないようにね』 『ういーっス。まーかしとけって』 「……仕方ないな」  結局船長の許可が下り、オペレーターとエンジニアの少女ふたりが船を離れ、ドックの気圧調整室からプラント内部へ。  メカニックの方は船の整備を継続する事になった。                          ◇  気圧調整室内に空気が充填され、与圧が済むと、扉の安全装置がグリーンサインを点す。  通信オペレーターのフィスとエンジニアのエイミーは、エアロックを出るとEVAスーツのヘルメットを外して背中の方に引っ掻けた。 「お出迎え無しかよ……。やる気がねぇな」 「静かね……これだけのプラントなのに活気が全然感じられない。放棄された施設みたい」  普通なら、不意の訪問者に対しては誰であれ相応の対応をするものだ。  ところが、プラントの職員はパンナコッタに対してほとんど興味を示さない。事故対応も航宙法に則った物でしかなかった。  人っ子ひとり見えない通路に、「まぁ都合が良いけど」とオペレーターは小声で呟く。  エンジニアのメガネ少女は、うすら寒い物を感じて首を竦めていた。  規模相応に、プラント内部は殺伐としながらも広い作りになっていた。ふたりの前にも、10人は並んで歩けそうな金属の通路が真っ直ぐに延びている。  天井には何かのインフラを掌るパイプが剥き出しになり、照明は最低限で薄暗い。  通信オペレーターは自分の斜め上に監視カメラがあるのを確認。一応監視はされているようだ。  フィスは眼帯型の、エイミーは既に身に着けているメガネ型の情報端末を、それぞれ起動。プラントの内部ネットワークにアクセスし、周辺のマップ情報を得る。 「一番近い倉庫……これだな。なるべく上位のターミナルがありゃ良いけど」 「これ外からのスキャンデータと全然違うわよね?」  寄港前に調べたプラントの情報と、提供される地図が全く合わない事に首を傾げるエンジニア。  しかし、通信オペレーターは目的の場所を見付け、さっさと歩きだしてしまった。 「どうせ丸裸にするんだし、その時分かるだろ」 「もう、あんまり危ない突っ込みはしないでよね。本当に危険な施設だったら殺されちゃうかもしれないんだから」 「へいへーい」  楽天的なオペレーターに、メガネのエンジニア少女は溜息を吐きながら後に続く。  理系らしくデータを頼みにするエイミーは、勘や当て推量で動くのを良しとしない。  だからこそフィスのデータ取りに付き合って来たワケだが、そんなエイミーは、この後どんなデータを用いても予想すら出来なかった者に出会う事となった。  そして、冷静で理知的な理系少女が、壊れる。