一
吾輩
は
猫
である
名前
はまだ
無
い
どこで
生
れたかとんと
見当
がつかぬ
何
でも
薄暗
いじめじめした
所
で
ニャ
ニャ
泣
いていた
事
だけは
記憶
している
吾輩
はここで
始
めて
人間
というものを
見
た
しかもあとで
聞
くとそれは
書生
という
人間中
で
一番獰悪
な
種族
であったそうだ
この
書生
というのは
時々我々
を
捕
えて
煮
て
食
うという
話
である
しかしその
当時
は
何
という
考
もなかったから
別段恐
しいとも
思
わなかった
ただ
彼
の
掌
に
載
せられて
ス
と
持
ち
上
げられた
時何
だか
フワフワ
した
感
じがあったばかりである
掌
の
上
で
少
し
落
ちついて
書生
の
顔
を
見
たのがいわゆる
人間
というものの
見始
であろう
この
時妙
なものだと
思
った
感
じが
今
でも
残
っている
第一毛
をもって
装飾
されべきはずの
顔
がつるつるしてまるで
薬缶
だ
その
後猫
にもだいぶ
逢
ったがこんな
片輪
には
一度
も
出会
わした
事
がない
のみならず
顔
の
真中
があまりに
突起
している
そうしてその
穴
の
中
から
時々
ぷうぷうと
煙
を
吹
く
どうも
咽
せぽくて
実
に
弱
った
これが
人間
の
飲
む
煙草
というものである
事
はようやくこの
頃知
った
この
書生
の
掌
の
裏
でしばらくはよい
心持
に
坐
っておったが
しばらくすると
非常
な
速力
で
運転
し
始
めた
書生
が
動
くのか
自分
だけが
動
くのか
分
らないが
無暗
に
眼
が
廻
る
胸
が
悪
くなる
到底助
からないと
思
っていると
どさりと
音
がして
眼
から
火
が
出
た
それまでは
記憶
しているがあとは
何
の
事
やらいくら
考
え
出
そうとしても
分
らない
ふと
気
が
付
いて
見
ると
書生
はいない
たくさんおった
兄弟
が
一疋
も
見
えぬ
肝心
の
母親
さえ
姿
を
隠
してしまった
その
上今
までの
所
とは
違
って
無暗
に
明
るい
眼
を
明
いていられぬくらいだ
はてな
何
でも
容子
がおかしいと
のそのそ
這
い
出
して
見
ると
非常
に
痛
い
吾輩
は
藁
の
上
から
急
に
笹原
の
中
へ
棄
てられたのである
ようやくの
思
いで
笹原
を
這
い
出
すと
向
うに
大
きな
池
がある
吾輩
は
池
の
前
に
坐
ってどうしたらよかろうと
考
えて
見
た
別
にこれという
分別
も
出
ない
しばらくして
泣
いたら
書生
がまた
迎
に
来
てくれるかと
考
え
付
いた
ニャ
ニャ
と
試
みにやって
見
たが
誰
も
来
ない
そのうち
池
の
上
をさらさらと
風
が
渡
って
日
が
暮
れかかる
腹
が
非常
に
減
って
来
た
泣
きたくても
声
が
出
ない
仕方
がない
何
でもよいから
食物
のある
所
まであるこうと
決心
をしてそろりそろりと
池
を
左
りに
廻
り
始
めた
どうも
非常
に
苦
しい
そこを
我慢
して
無理
やりに
這
って
行
くとようやくの
事
で
何
となく
人間臭
い
所
へ
出
た
ここへ
這入
ったら
どうにかなると
思
って
竹垣
の
崩
れた
穴
から
とある
邸内
にもぐり
込
んだ
縁
は
不思議
なもので
もしこの
竹垣
が
破
れていなかったなら
吾輩
はついに
路傍
に
餓死
したかも
知
れんのである
一樹
の
蔭
とはよく
云
ったものだ
この
垣根
の
穴
は
今日
に
至
るまで
吾輩
が
隣家
の
三毛
を
訪問
する
時
の
通路
になっている
さて
邸
へは
忍
び
込
んだもののこれから
先
どうして
善
いか
分
らない
そのうちに
暗
くなる
腹
は
減
る
寒
さは
寒
し
雨
が
降
って
来
るという
始末
でもう
一刻
の
猶予
が
出来
なくなった
仕方
がないからとにかく
明
るくて
暖
かそうな
方
へ
方
へとあるいて
行
く
今
から
考
えるとその
時
はすでに
家
の
内
に
這入
っておったのだ
ここで
吾輩
は
彼
の
書生以外
の
人間
を
再
び
見
るべき
機会
に
遭遇
したのである
第一
に
逢
ったのがおさんである
これは
前
の
書生
より
一層乱暴
な
方
で
吾輩
を
見
るや
否
やいきなり
頸筋
をつかんで
表
へ
抛
り
出
した
いやこれは
駄目
だと
思
ったから
眼
をねぶって
運
を
天
に
任
せていた
しかしひもじいのと
寒
いのにはどうしても
我慢
が
出来
ん
吾輩
は
再
びおさんの
隙
を
見
て
台所
へ
這
い
上
った
すると
間
もなくまた
投
げ
出
された
吾輩
は
投
げ
出
されては
這
い
上
り
這
い
上
っては
投
げ
出
され
何
でも
同
じ
事
を
四五遍繰
り
返
したのを
記憶
している
その
時
におさんと
云
う
者
はつくづくいやになった
この
間
おさんの
三馬
を
偸
んでこの
返報
をしてやってから
やっと
胸
の
痞
が
下
りた
吾輩
が
最後
につまみ
出
されようとしたときに
この
家
の
主人
が
騒々
しい
何
だといいながら
出
て
来
た
下女
は
吾輩
をぶら
下
げて
主人
の
方
へ
向
けてこの
宿
なしの
小猫
がいくら
出
しても
出
しても
御台所
へ
上
って
来
て
困
りますという
主人
は
鼻
の
下
の
黒
い
毛
を
撚
りながら
吾輩
の
顔
をしばらく
眺
めておったが
やがてそんなら
内
へ
置
いてやれといったまま
奥
へ
這入
ってしまった
主人
はあまり
口
を
聞
かぬ
人
と
見
えた
下女
は
口惜
しそうに
吾輩
を
台所
へ
抛
り
出
した
かくして
吾輩
はついにこの
家
を
自分
の
住家
と
極
める
事
にしたのである
吾輩
の
主人
は
滅多
に
吾輩
と
顔
を
合
せる
事
がない
職業
は
教師
だそうだ
学校
から
帰
ると
終日書斎
に
這入
ったぎりほとんど
出
て
来
る
事
がない
家
のものは
大変
な
勉強家
だと
思
っている
当人
も
勉強家
であるかのごとく
見
せている
しかし
実際
はうちのものがいうような
勤勉家
ではない
吾輩
は
時々忍
び
足
に
彼
の
書斎
を
覗
いて
見
るが
彼
はよく
昼寝
をしている
事
がある
時々読
みかけてある
本
の
上
に
涎
をたらしている
彼
は
胃弱
で
皮膚
の
色
が
淡黄色
を
帯
びて
弾力
のない
不活溌
な
徴候
をあらわしている
その
癖
に
大飯
を
食
う
大飯
を
食
った
後
で
タカジヤスタ
ゼ
を
飲
む
飲
んだ
後
で
書物
をひろげる
二三
ペ
ジ
読
むと
眠
くなる
涎
を
本
の
上
へ
垂
らす
これが
彼
の
毎夜繰
り
返
す
日課
である
吾輩
は
猫
ながら
時々考
える
事
がある
教師
というものは
実
に
楽
なものだ
人間
と
生
れたら
教師
となるに
限
る
こんなに
寝
ていて
勤
まるものなら
猫
にでも
出来
ぬ
事
はないと
それでも
主人
に
云
わせると
教師
ほどつらいものはないそうで
彼
は
友達
が
来
る
度
に
何
とかかんとか
不平
を
鳴
らしている
吾輩
がこの
家
へ
住
み
込
んだ
当時
は
主人以外
のものにははなはだ
不人望
であった
どこへ
行
っても
跳
ね
付
けられて
相手
にしてくれ
手
がなかった
いかに
珍重
されなかったかは
今日
に
至
るまで
名前
さえつけてくれないのでも
分
る
吾輩
は
仕方
がないから
出来得
る
限
り
吾輩
を
入
れてくれた
主人
の
傍
にいる
事
をつとめた
朝主人
が
新聞
を
読
むときは
必
ず
彼
の
膝
の
上
に
乗
る
彼
が
昼寝
をするときは
必
ずその
背中
に
乗
る
これはあながち
主人
が
好
きという
訳
ではないが
別
に
構
い
手
がなかったからやむを
得
んのである
その
後
いろいろ
経験
の
上
朝
は
飯櫃
の
上
夜
は
炬燵
の
上
天気
のよい
昼
は
椽側
へ
寝
る
事
とした
しかし
一番心持
の
好
いのは
夜
に
入
ってここのうちの
小供
の
寝床
へもぐり
込
んでいっしょにねる
事
である
この
小供
というのは
五
つと
三
つで
夜
になると
二人
が
一
つ
床
へ
入
って
一間
へ
寝
る
吾輩
はいつでも
彼等
の
中間
に
己
れを
容
るべき
余地
を
見出
してどうにか
こうにか
割
り
込
むのであるが
運悪
く
小供
の
一人
が
眼
を
醒
ますが
最後大変
な
事
になる
小供
は
ことに
小
さい
方
が
質
がわるい
猫
が
来
た
猫
が
来
たといって
夜中
でも
何
でも
大
きな
声
で
泣
き
出
すのである
すると
例
の
神経胃弱性
の
主人
は
必
ず
眼
をさまして
次
の
部屋
から
飛
び
出
してくる
現
にせんだってなどは
物指
で
尻
ぺたをひどく
叩
かれた
吾輩
は
人間
と
同居
して
彼等
を
観察
すればするほど
彼等
は
我儘
なものだと
断言
せざるを
得
ないようになった
ことに
吾輩
が
時々同衾
する
小供
のごときに
至
っては
言語同断
である
自分
の
勝手
な
時
は
人
を
逆
さにしたり
頭
へ
袋
をかぶせたり
抛
り
出
したり
へっついの
中
へ
押
し
込
んだりする
しかも
吾輩
の
方
で
少
しでも
手出
しをしようものなら
家内総
がかりで
追
い
廻
して
迫害
を
加
える
この
間
もちょっと
畳
で
爪
を
磨
いだら
細君
が
非常
に
怒
ってそれから
容易
に
座敷
へ
入
れない
台所
の
板
の
間
で
他
が
顫
えていても
一向平気
なものである
吾輩
の
尊敬
する
筋向
の
白君
などは
逢
う
度毎
に
人間
ほど
不人情
なものはないと
言
っておらるる
白君
は
先日玉
のような
子猫
を
四疋産
まれたのである
ところがそこの
家
の
書生
が
三日目
にそいつを
裏
の
池
へ
持
って
行
って
四疋
ながら
棄
てて
来
たそうだ
白君
は
涙
を
流
してその
一部始終
を
話
した
上
どうしても
我等猫族
が
親子
の
愛
を
完
くして
美
しい
家族的生活
をするには
人間
と
戦
ってこれを
剿滅
せねばならぬといわれた
一々
もっともの
議論
と
思
う
また
隣
りの
三毛君
などは
人間
が
所有権
という
事
を
解
していないといって
大
に
憤慨
している
元来我々同族間
では
目刺
の
頭
でも
鰡
の
臍
でも
一番先
に
見付
けたものがこれを
食
う
権利
があるものとなっている
もし
相手
がこの
規約
を
守
らなければ
腕力
に
訴
えて
善
いくらいのものだ
しかるに
彼等人間
は
毫
もこの
観念
がないと
見
えて
我等
が
見付
けた
御馳走
は
必
ず
彼等
のために
掠奪
せらるるのである
彼等
はその
強力
を
頼
んで
正当
に
吾人
が
食
い
得
べきものを
奪
ってすましている
白君
は
軍人
の
家
におり
三毛君
は
代言
の
主人
を
持
っている
吾輩
は
教師
の
家
に
住
んでいるだけ
こんな
事
に
関
すると
両君
よりもむしろ
楽天
である
ただその
日
その
日
がどうにかこうにか
送
られればよい
いくら
人間
だって
そういつまでも
栄
える
事
もあるまい
まあ
気
を
永
く
猫
の
時節
を
待
つがよかろう
我儘
で
思
い
出
したからちょっと
吾輩
の
家
の
主人
がこの
我儘
で
失敗
した
話
をしよう
元来
この
主人
は
何
といって
人
に
勝
れて
出来
る
事
もないが
何
にでもよく
手
を
出
したがる
俳句
をやってほととぎすへ
投書
をしたり
新体詩
を
明星
へ
出
したり
間違
いだらけの
英文
をかいたり
時
によると
弓
に
凝
ったり
謡
を
習
ったり
またあるときは
ヴァイオリン
などを
ブ
ブ
鳴
らしたりするが
気
の
毒
な
事
には
どれもこれも
物
になっておらん
その
癖
やり
出
すと
胃弱
の
癖
にいやに
熱心
だ
後架
の
中
で
謡
をうたって
近所
で
後架先生
と
渾名
をつけられているにも
関
せず
一向平気
なもので
やはりこれは
平
の
宗盛
にて
候
を
繰返
している
みんながそら
宗盛
だと
吹
き
出
すくらいである
この
主人
がどういう
考
になったものか
吾輩
の
住
み
込
んでから
一月
ばかり
後
のある
月
の
月給日
に
大
きな
包
みを
提
げてあわただしく
帰
って
来
た
何
を
買
って
来
たのかと
思
うと
水彩絵具
と
毛筆
と
ワットマン
という
紙
で
今日
から
謡
や
俳句
をやめて
絵
をかく
決心
と
見
えた
果
して
翌日
から
当分
の
間
というものは
毎日毎日書斎
で
昼寝
もしないで
絵
ばかりかいている
しかしそのかき
上
げたものを
見
ると
何
をかいたものやら
誰
にも
鑑定
がつかない
当人
もあまり
甘
くないと
思
ったものか
ある
日
その
友人
で
美学
とかをやっている
人
が
来
た
時
に
下
のような
話
をしているのを
聞
いた
どうも
甘
くかけないものだね
人
のを
見
ると
何
でもないようだが
自
ら
筆
をとって
見
ると
今更
のようにむずかしく
感
ずる
これは
主人
の
述懐
である
なるほど
詐
りのない
処
だ
彼
の
友
は
金縁
の
眼鏡越
に
主人
の
顔
を
見
ながら
そう
初
めから
上手
にはかけないさ
第一室内
の
想像
ばかりで
画
がかける
訳
のものではない
昔
し
以太利
の
大家
アンドレア
デル
サルト
が
言
った
事
がある
画
をかくなら
何
でも
自然
その
物
を
写
せ
天
に
星辰
あり
地
に
露華
あり
飛
ぶに
禽
あり
走
るに
獣
あり
池
に
金魚
あり
枯木
に
寒鴉
あり
自然
はこれ
一幅
の
大活画
なりと
どうだ
君
も
画
らしい
画
をかこうと
思
うならちと
写生
をしたら
へえ
アンドレア
デル
サルト
がそんな
事
をいった
事
があるかい
ちっとも
知
らなかった
なるほどこりゃもっともだ
実
にその
通
りだ
と
主人
は
無暗
に
感心
している
金縁
の
裏
には
嘲
けるような
笑
が
見
えた
その
翌日吾輩
は
例
のごとく
椽側
に
出
て
心持善
く
昼寝
をしていたら
主人
が
例
になく
書斎
から
出
て
来
て
吾輩
の
後
ろで
何
かしきりにやっている
ふと
眼
が
覚
めて
何
をしているかと
一分
ばかり
細目
に
眼
をあけて
見
ると
彼
は
余念
もなく
アンドレア
デル
サルト
を
極
め
込
んでいる
吾輩
はこの
有様
を
見
て
覚
えず
失笑
するのを
禁
じ
得
なかった
彼
は
彼
の
友
に
揶揄
せられたる
結果
としてまず
手初
めに
吾輩
を
写生
しつつあるのである
吾輩
はすでに
十分寝
た
欠伸
がしたくてたまらない
しかしせっかく
主人
が
熱心
に
筆
を
執
っているのを
動
いては
気
の
毒
だと
思
って
じっと
辛棒
しておった
彼
は
今吾輩
の
輪廓
をかき
上
げて
顔
のあたりを
色彩
っている
吾輩
は
自白
する
吾輩
は
猫
として
決
して
上乗
の
出来
ではない
背
といい
毛並
といい
顔
の
造作
といいあえて
他
の
猫
に
勝
るとは
決
して
思
っておらん
しかしいくら
不器量
の
吾輩
でも
今吾輩
の
主人
に
描
き
出
されつつあるような
妙
な
姿
とは
どうしても
思
われない
第一色
が
違
う
吾輩
は
波斯産
の
猫
のごとく
黄
を
含
める
淡灰色
に
漆
のごとき
斑入
りの
皮膚
を
有
している
これだけは
誰
が
見
ても
疑
うべからざる
事実
と
思
う
しかるに
今主人
の
彩色
を
見
ると
黄
でもなければ
黒
でもない
灰色
でもなければ
褐色
でもない
さればとてこれらを
交
ぜた
色
でもない
ただ
一種
の
色
であるというよりほかに
評
し
方
のない
色
である
その
上不思議
な
事
は
眼
がない
もっともこれは
寝
ているところを
写生
したのだから
無理
もないが
眼
らしい
所
さえ
見
えないから
盲猫
だか
寝
ている
猫
だか
判然
しないのである
吾輩
は
心中
ひそかにいくら
アンドレア
デル
サルト
でもこれではしようがないと
思
った
しかしその
熱心
には
感服
せざるを
得
ない
なるべくなら
動
かずにおってやりたいと
思
ったが
さっきから
小便
が
催
うしている
身内
の
筋肉
はむずむずする
最早一分
も
猶予
が
出来
ぬ
仕儀
となったから
やむをえず
失敬
して
両足
を
前
へ
存分
のして
首
を
低
く
押
し
出
してあ
あと
大
なる
欠伸
をした
さてこうなって
見
ると
もうおとなしくしていても
仕方
がない
どうせ
主人
の
予定
は
打
ち
壊
わしたのだから
ついでに
裏
へ
行
って
用
を
足
そうと
思
ってのそのそ
這
い
出
した
すると
主人
は
失望
と
怒
りを
掻
き
交
ぜたような
声
をして
座敷
の
中
から
この
馬鹿野郎
と
怒鳴
った
この
主人
は
人
を
罵
るときは
必
ず
馬鹿野郎
というのが
癖
である
ほかに
悪口
の
言
いようを
知
らないのだから
仕方
がないが
今
まで
辛棒
した
人
の
気
も
知
らないで
無暗
に
馬鹿野郎呼
わりは
失敬
だと
思
う
それも
平生吾輩
が
彼
の
背中
へ
乗
る
時
に
少
しは
好
い
顔
でもするならこの
漫罵
も
甘
んじて
受
けるが
こっちの
便利
になる
事
は
何一
つ
快
くしてくれた
事
もないのに
小便
に
立
ったのを
馬鹿野郎
とは
酷
い
元来人間
というものは
自己
の
力量
に
慢
じてみんな
増長
している
少
し
人間
より
強
いものが
出
て
来
て
窘
めてやらなくてはこの
先
どこまで
増長
するか
分
らない
我儘
もこのくらいなら
我慢
するが
吾輩
は
人間
の
不徳
についてこれよりも
数倍悲
しむべき
報道
を
耳
にした
事
がある
吾輩
の
家
の
裏
に
十坪
ばかりの
茶園
がある
広
くはないが
瀟洒
とした
心持
ち
好
く
日
の
当
る
所
だ
うちの
小供
があまり
騒
いで
楽々昼寝
の
出来
ない
時
や
あまり
退屈
で
腹加減
のよくない
折
などは
吾輩
はいつでもここへ
出
て
浩然
の
気
を
養
うのが
例
である
ある
小春
の
穏
かな
日
の
二時頃
であったが
吾輩
は
昼飯後快
よく
一睡
した
後
運動
かたがたこの
茶園
へと
歩
を
運
ばした
茶
の
木
の
根
を
一本一本嗅
ぎながら
西側
の
杉垣
のそばまでくると
枯菊
を
押
し
倒
してその
上
に
大
きな
猫
が
前後不覚
に
寝
ている
彼
は
吾輩
の
近
づくのも
一向心付
かざるごとく
また
心付
くも
無頓着
なるごとく
大
きな
鼾
をして
長々
と
体
を
横
えて
眠
っている
他
の
庭内
に
忍
び
入
りたるものがかくまで
平気
に
睡
られるものかと
吾輩
は
窃
かにその
大胆
なる
度胸
に
驚
かざるを
得
なかった
彼
は
純粋
の
黒猫
である
わずかに
午
を
過
ぎたる
太陽
は
透明
なる
光線
を
彼
の
皮膚
の
上
に
抛
げかけて
きらきらする
柔毛
の
間
より
眼
に
見
えぬ
炎
でも
燃
え
出
ずるように
思
われた
彼
は
猫中
の
大王
とも
云
うべきほどの
偉大
なる
体格
を
有
している
吾輩
の
倍
はたしかにある
吾輩
は
嘆賞
の
念
と
好奇
の
心
に
前後
を
忘
れて
彼
の
前
に
佇立
して
余念
もなく
眺
めていると
静
かなる
小春
の
風
が
杉垣
の
上
から
出
たる
梧桐
の
枝
を
軽
く
誘
ってばらばらと
二三枚
の
葉
が
枯菊
の
茂
みに
落
ちた
大王
はかっとその
真丸
の
眼
を
開
いた
今
でも
記憶
している
その
眼
は
人間
の
珍重
する
琥珀
というものよりも
遥
かに
美
しく
輝
いていた
彼
は
身動
きもしない
双眸
の
奥
から
射
るごとき
光
を
吾輩
の
矮小
なる
額
の
上
にあつめて
御
めえは
一体何
だと
云
った
大王
にしては
少々言葉
が
卑
しいと
思
ったが
何
しろその
声
の
底
に
犬
をも
挫
しぐべき
力
が
籠
っているので
吾輩
は
少
なからず
恐
れを
抱
いた
しかし
挨拶
をしないと
険呑
だと
思
ったから
吾輩
は
猫
である
名前
はまだない
となるべく
平気
を
装
って
冷然
と
答
えた
しかしこの
時吾輩
の
心臓
はたしかに
平時
よりも
烈
しく
鼓動
しておった
彼
は
大
に
軽蔑
せる
調子
で
何
猫
だ
猫
が
聞
いてあきれらあ
全
てえどこに
住
んでるんだ
随分傍若無人
である
吾輩
はここの
教師
の
家
にいるのだ
どうせそんな
事
だろうと
思
った
いやに
瘠
せてるじゃねえか
と
大王
だけに
気焔
を
吹
きかける
言葉付
から
察
するとどうも
良家
の
猫
とも
思
われない
しかしその
膏切
って
肥満
しているところを
見
ると
御馳走
を
食
ってるらしい
豊
かに
暮
しているらしい
吾輩
は
そう
云
う
君
は
一体誰
だい
と
聞
かざるを
得
なかった
己
れあ
車屋
の
黒
よ
昂然
たるものだ
車屋
の
黒
はこの
近辺
で
知
らぬ
者
なき
乱暴猫
である
しかし
車屋
だけに
強
いばかりでちっとも
教育
がないからあまり
誰
も
交際
しない
同盟敬遠主義
の
的
になっている
奴
だ
吾輩
は
彼
の
名
を
聞
いて
少々尻
こそばゆき
感
じを
起
すと
同時
に
一方
では
少々軽侮
の
念
も
生
じたのである
吾輩
はまず
彼
がどのくらい
無学
であるかを
試
してみようと
思
って
左
の
問答
をして
見
た
一体車屋
と
教師
とはどっちがえらいだろう
車屋
の
方
が
強
いに
極
っていらあな
御
めえのうちの
主人
を
見
ねえ
まるで
骨
と
皮
ばかりだぜ
君
も
車屋
の
猫
だけに
大分強
そうだ
車屋
にいると
御馳走
が
食
えると
見
えるね
何
におれなんざ
どこの
国
へ
行
ったって
食
い
物
に
不自由
はしねえつもりだ
御
めえなんかも
茶畠
ばかりぐるぐる
廻
っていねえで
ちっと
己
の
後
へくっ
付
いて
来
て
見
ねえ
一
と
月
とたたねえうちに
見違
えるように
太
れるぜ
追
ってそう
願
う
事
にしよう
しかし
家
は
教師
の
方
が
車屋
より
大
きいのに
住
んでいるように
思
われる
箆棒
め
うちなんかいくら
大
きくたって
腹
の
足
しになるもんか
彼
は
大
に
肝癪
に
障
った
様子
で
寒竹
をそいだような
耳
をしきりとぴく
付
かせてあららかに
立
ち
去
った
吾輩
が
車屋
の
黒
と
知己
になったのはこれからである
その
後吾輩
は
度々黒
と
邂逅
する
邂逅
する
毎
に
彼
は
車屋相当
の
気焔
を
吐
く
先
に
吾輩
が
耳
にしたという
不徳事件
も
実
は
黒
から
聞
いたのである
或
る
日例
のごとく
吾輩
と
黒
は
暖
かい
茶畠
の
中
で
寝転
びながらいろいろ
雑談
をしていると
彼
はいつもの
自慢話
しをさも
新
しそうに
繰
り
返
したあとで
吾輩
に
向
って
下
のごとく
質問
した
御
めえは
今
までに
鼠
を
何匹
とった
事
がある
智識
は
黒
よりも
余程発達
しているつもりだが
腕力
と
勇気
とに
至
っては
到底黒
の
比較
にはならないと
覚悟
はしていたものの
この
問
に
接
したる
時
は
さすがに
極
りが
善
くはなかった
けれども
事実
は
事実
で
詐
る
訳
には
行
かないから
吾輩
は
実
はとろうとろうと
思
ってまだ
捕
らない
と
答
えた
黒
は
彼
の
鼻
の
先
からぴんと
突張
っている
長
い
髭
をびりびりと
震
わせて
非常
に
笑
った
元来黒
は
自慢
をする
丈
にどこか
足
りないところがあって
彼
の
気焔
を
感心
したように
咽喉
をころころ
鳴
らして
謹聴
していればはなはだ
御
しやすい
猫
である
吾輩
は
彼
と
近付
になってから
直
にこの
呼吸
を
飲
み
込
んだからこの
場合
にもなまじい
己
れを
弁護
してますます
形勢
をわるくするのも
愚
である
いっその
事彼
に
自分
の
手柄話
をしゃべらして
御茶
を
濁
すに
若
くはないと
思案
を
定
めた
そこでおとなしく
君
などは
年
が
年
であるから
大分
とったろう
とそそのかして
見
た
果然彼
は
墻壁
の
欠所
に
吶喊
して
来
た
たんとでもねえが
三四十
はとったろう
とは
得意気
なる
彼
の
答
であった
彼
はなお
語
をつづけて
鼠
の
百
や
二百
は
一人
でいつでも
引
き
受
けるがいたちってえ
奴
は
手
に
合
わねえ
一度
いたちに
向
って
酷
い
目
に
逢
った
へえなるほど
と
相槌
を
打
つ
黒
は
大
きな
眼
をぱちつかせて
云
う
去年
の
大掃除
の
時
だ
うちの
亭主
が
石灰
の
袋
を
持
って
椽
の
下
へ
這
い
込
んだら
御
めえ
大
きないたちの
野郎
が
面喰
って
飛
び
出
したと
思
いねえ
ふん
と
感心
して
見
せる
いたちってけども
何鼠
の
少
し
大
きいぐれえのものだ
こん
畜生
って
気
で
追
っかけてとうとう
泥溝
の
中
へ
追
い
込
んだと
思
いねえ
うまくやったね
と
喝采
してやる
ところが
御
めえいざってえ
段
になると
奴
め
最後
っ
屁
をこきゃがった
臭
えの
臭
くねえのってそれからってえものはいたちを
見
ると
胸
が
悪
くならあ
彼
はここに
至
ってあたかも
去年
の
臭気
を
今
なお
感
ずるごとく
前足
を
揚
げて
鼻
の
頭
を
二三遍
なで
廻
わした
吾輩
も
少々気
の
毒
な
感
じがする
ちっと
景気
を
付
けてやろうと
思
って
しかし
鼠
なら
君
に
睨
まれては
百年目
だろう
君
はあまり
鼠
を
捕
るのが
名人
で
鼠
ばかり
食
うものだからそんなに
肥
って
色
つやが
善
いのだろう
黒
の
御機嫌
をとるためのこの
質問
は
不思議
にも
反対
の
結果
を
呈出
した
彼
は
喟然
として
大息
していう
考
げえるとつまらねえ
いくら
稼
いで
鼠
をとったって
一
てえ
人間
ほどふてえ
奴
は
世
の
中
にいねえぜ
人
のとった
鼠
をみんな
取
り
上
げやがって
交番
へ
持
って
行
きゃあがる
交番
じゃ
誰
が
捕
ったか
分
らねえからそのたんびに
五銭
ずつくれるじゃねえか
うちの
亭主
なんか
己
の
御蔭
でもう
壱円五十銭
くらい
儲
けていやがる
癖
に
碌
なものを
食
わせた
事
もありゃしねえ
おい
人間
てものあ
体
の
善
い
泥棒
だぜ
さすが
無学
の
黒
もこのくらいの
理窟
はわかると
見
えてすこぶる
怒
った
容子
で
背中
の
毛
を
逆立
てている
吾輩
は
少々気味
が
悪
くなったから
善
い
加減
にその
場
を
胡魔化
して
家
へ
帰
った
この
時
から
吾輩
は
決
して
鼠
をとるまいと
決心
した
しかし
黒
の
子分
になって
鼠以外
の
御馳走
を
猟
ってあるく
事
もしなかった
御馳走
を
食
うよりも
寝
ていた
方
が
気楽
でいい
教師
の
家
にいると
猫
も
教師
のような
性質
になると
見
える
要心
しないと
今
に
胃弱
になるかも
知
れない
教師
といえば
吾輩
の
主人
も
近頃
に
至
っては
到底水彩画
において
望
のない
事
を
悟
ったものと
見
えて
十二月一日
の
日記
にこんな
事
をかきつけた
と
云
う
人
に
今日
の
会
で
始
めて
出逢
った
あの
人
は
大分放蕩
をした
人
だと
云
うがなるほど
通人
らしい
風采
をしている
こう
云
う
質
の
人
は
女
に
好
かれるものだから
が
放蕩
をしたと
云
うよりも
放蕩
をするべく
余儀
なくせられたと
云
うのが
適当
であろう
あの
人
の
妻君
は
芸者
だそうだ
羨
ましい
事
である
元来放蕩家
を
悪
くいう
人
の
大部分
は
放蕩
をする
資格
のないものが
多
い
また
放蕩家
をもって
自任
する
連中
のうちにも
放蕩
する
資格
のないものが
多
い
これらは
余儀
なくされないのに
無理
に
進
んでやるのである
あたかも
吾輩
の
水彩画
に
於
けるがごときもので
到底卒業
する
気
づかいはない
しかるにも
関
せず
自分
だけは
通人
だと
思
って
済
している
料理屋
の
酒
を
飲
んだり
待合
へ
這入
るから
通人
となり
得
るという
論
が
立
つなら
吾輩
も
一廉
の
水彩画家
になり
得
る
理窟
だ
吾輩
の
水彩画
のごときはかかない
方
がましであると
同
じように
愚昧
なる
通人
よりも
山出
しの
大野暮
の
方
が
遥
かに
上等
だ
通人論
はちょっと
首肯
しかねる
また
芸者
の
妻君
を
羨
しいなどというところは
教師
としては
口
にすべからざる
愚劣
の
考
であるが
自己
の
水彩画
における
批評眼
だけはたしかなものだ
主人
はかくのごとく
自知
の
明
あるにも
関
せずその
自惚心
はなかなか
抜
けない
中二日置
いて
十二月四日
の
日記
にこんな
事
を
書
いている
昨夜
は
僕
が
水彩画
をかいて
到底物
にならんと
思
って
そこらに
抛
って
置
いたのを
誰
かが
立派
な
額
にして
欄間
に
懸
けてくれた
夢
を
見
た
さて
額
になったところを
見
ると
我
ながら
急
に
上手
になった
非常
に
嬉
しい
これなら
立派
なものだと
独
りで
眺
め
暮
らしていると
夜
が
明
けて
眼
が
覚
めてやはり
元
の
通
り
下手
である
事
が
朝日
と
共
に
明瞭
になってしまった
主人
は
夢
の
裡
まで
水彩画
の
未練
を
背負
ってあるいていると
見
える
これでは
水彩画家
は
無論夫子
の
所謂通人
にもなれない
質
だ
主人
が
水彩画
を
夢
に
見
た
翌日例
の
金縁眼鏡
の
美学者
が
久
し
振
りで
主人
を
訪問
した
彼
は
座
につくと
劈頭第一
に
画
はどうかね
と
口
を
切
った
主人
は
平気
な
顔
をして
君
の
忠告
に
従
って
写生
を
力
めているが
なるほど
写生
をすると
今
まで
気
のつかなかった
物
の
形
や
色
の
精細
な
変化
などがよく
分
るようだ
西洋
では
昔
しから
写生
を
主張
した
結果今日
のように
発達
したものと
思
われる
さすが
アンドレア
デル
サルト
だ
と
日記
の
事
はおくびにも
出
さないで
また
アンドレア
デル
サルト
に
感心
する
美学者
は
笑
いながら
実
は
君
あれは
出鱈目
だよ
と
頭
を
掻
く
何
が
と
主人
はまだ
わられた
事
に
気
がつかない
何
がって
君
のしきりに
感服
している
アンドレア
デル
サルト
さ
あれは
僕
のちょっと
捏造
した
話
だ
君
がそんなに
真面目
に
信
じようとは
思
わなかった
ハハハハ
と
大喜悦
の
体
である
吾輩
は
椽側
でこの
対話
を
聞
いて
彼
の
今日
の
日記
にはいかなる
事
が
記
さるるであろうかと
予
め
想像
せざるを
得
なかった
この
美学者
はこんな
好加減
な
事
を
吹
き
散
らして
人
を
担
ぐのを
唯一
の
楽
にしている
男
である
彼
は
アンドレア
デル
サルト
事件
が
主人
の
情線
にいかなる
響
を
伝
えたかを
毫
も
顧慮
せざるもののごとく
得意
になって
下
のような
事
を
饒舌
った
いや
時々冗談
を
言
うと
人
が
真
に
受
けるので
大
に
滑稽的美感
を
挑撥
するのは
面白
い
せんだってある
学生
に
ニコラス
ニックルベ
が
ギボン
に
忠告
して
彼
の
一世
の
大著述
なる
仏国革命史
を
仏語
で
書
くのをやめにして
英文
で
出版
させたと
言
ったら
その
学生
がまた
馬鹿
に
記憶
の
善
い
男
で
日本文学会
の
演説会
で
真面目
に
僕
の
話
した
通
りを
繰
り
返
したのは
滑稽
であった
ところがその
時
の
傍聴者
は
約百名
ばかりであったが
皆熱心
にそれを
傾聴
しておった
それからまだ
面白
い
話
がある
せんだって
或
る
文学者
のいる
席
で
ハリソン
の
歴史小説
セオファ
ノ
の
話
しが
出
たから
僕
はあれは
歴史小説
の
中
で
白眉
である
ことに
女主人公
が
死
ぬところは
鬼気人
を
襲
うようだと
評
したら
僕
の
向
うに
坐
っている
知
らんと
云
った
事
のない
先生
が
そうそうあすこは
実
に
名文
だといった
それで
僕
はこの
男
もやはり
僕同様
この
小説
を
読
んでおらないという
事
を
知
った
神経胃弱性
の
主人
は
眼
を
丸
くして
問
いかけた
そんな
出鱈目
をいってもし
相手
が
読
んでいたらどうするつもりだ
あたかも
人
を
欺
くのは
差支
ない
ただ
化
の
皮
があらわれた
時
は
困
るじゃないかと
感
じたもののごとくである
美学者
は
少
しも
動
じない
なにその
時
ゃ
別
の
本
と
間違
えたとか
何
とか
云
うばかりさ
と
云
ってけらけら
笑
っている
この
美学者
は
金縁
の
眼鏡
は
掛
けているがその
性質
が
車屋
の
黒
に
似
たところがある
主人
は
黙
って
日
の
出
を
輪
に
吹
いて
吾輩
にはそんな
勇気
はないと
云
わんばかりの
顔
をしている
美学者
はそれだから
画
をかいても
駄目
だという
目付
で
しかし
冗談
は
冗談
だが
画
というものは
実際
むずかしいものだよ
レオナルド
ダ
ヴィンチ
は
門下生
に
寺院
の
壁
のしみを
写
せと
教
えた
事
があるそうだ
なるほど
雪隠
などに
這入
って
雨
の
漏
る
壁
を
余念
なく
眺
めていると
なかなかうまい
模様画
が
自然
に
出来
ているぜ
君注意
して
写生
して
見給
えきっと
面白
いものが
出来
るから
また
欺
すのだろう
いえこれだけはたしかだよ
実際奇警
な
語
じゃないか
ダ
ヴィンチ
でもいいそうな
事
だあね
なるほど
奇警
には
相違
ないな
と
主人
は
半分降参
をした
しかし
彼
はまだ
雪隠
で
写生
はせぬようだ
車屋
の
黒
はその
後跛
になった
彼
の
光沢
ある
毛
は
漸々色
が
褪
めて
抜
けて
来
る
吾輩
が
琥珀
よりも
美
しいと
評
した
彼
の
眼
には
眼脂
が
一杯
たまっている
ことに
著
るしく
吾輩
の
注意
を
惹
いたのは
彼
の
元気
の
消沈
とその
体格
の
悪
くなった
事
である
吾輩
が
例
の
茶園
で
彼
に
逢
った
最後
の
日
どうだと
云
って
尋
ねたら
いたちの
最後屁
と
肴屋
の
天秤棒
には
懲々
だ
といった
赤松
の
間
に
二三段
の
紅
を
綴
った
紅葉
は
昔
しの
夢
のごとく
散
ってつくばいに
近
く
代
る
代
る
花弁
をこぼした
紅白
の
山茶花
も
残
りなく
落
ち
尽
した
三間半
の
南向
の
椽側
に
冬
の
日脚
が
早
く
傾
いて
木枯
の
吹
かない
日
はほとんど
稀
になってから
吾輩
の
昼寝
の
時間
も
狭
められたような
気
がする
主人
は
毎日学校
へ
行
く
帰
ると
書斎
へ
立
て
籠
る
人
が
来
ると
教師
が
厭
だ
厭
だという
水彩画
も
滅多
にかかない
タカジヤスタ
ゼ
も
功能
がないといってやめてしまった
小供
は
感心
に
休
まないで
幼稚園
へかよう
帰
ると
唱歌
を
歌
って
毬
をついて
時々吾輩
を
尻尾
でぶら
下
げる
吾輩
は
御馳走
も
食
わないから
別段肥
りもしないが
まずまず
健康
で
跛
にもならずにその
日
その
日
を
暮
している
鼠
は
決
して
取
らない
おさんは
未
だに
嫌
いである
名前
はまだつけてくれないが
欲
をいっても
際限
がないから
生涯
この
教師
の
家
で
無名
の
猫
で
終
るつもりだ
二
吾輩
は
新年来多少有名
になったので
猫
ながらちょっと
鼻
が
高
く
感
ぜらるるのはありがたい
元朝早々主人
の
許
へ
一枚
の
絵端書
が
来
た
これは
彼
の
交友某画家
からの
年始状
であるが
上部
を
赤
下部
を
深緑
りで
塗
って
その
真中
に
一
の
動物
が
蹲踞
っているところを
パステル
で
書
いてある
主人
は
例
の
書斎
でこの
絵
を
横
から
見
たり
竪
から
眺
めたりして
うまい
色
だなという
すでに
一応感服
したものだから
もうやめにするかと
思
うとやはり
横
から
見
たり
竪
から
見
たりしている
からだを
拗
じ
向
けたり
手
を
延
ばして
年寄
が
三世相
を
見
るようにしたり
または
窓
の
方
へむいて
鼻
の
先
まで
持
って
来
たりして
見
ている
早
くやめてくれないと
膝
が
揺
れて
険呑
でたまらない
ようやくの
事
で
動揺
があまり
劇
しくなくなったと
思
ったら
小
さな
声
で
一体何
をかいたのだろうと
云
う
主人
は
絵端書
の
色
には
感服
したが
かいてある
動物
の
正体
が
分
らぬので
さっきから
苦心
をしたものと
見
える
そんな
分
らぬ
絵端書
かと
思
いながら
寝
ていた
眼
を
上品
に
半
ば
開
いて
落
ちつき
払
って
見
ると
紛
れもない
自分
の
肖像
だ
主人
のように
アンドレア
デル
サルト
を
極
め
込
んだものでもあるまいが
画家
だけに
形体
も
色彩
もちゃんと
整
って
出来
ている
誰
が
見
たって
猫
に
相違
ない
少
し
眼識
のあるものなら
猫
の
中
でも
他
の
猫
じゃない
吾輩
である
事
が
判然
とわかるように
立派
に
描
いてある
このくらい
明瞭
な
事
を
分
らずにかくまで
苦心
するかと
思
うと
少
し
人間
が
気
の
毒
になる
出来
る
事
ならその
絵
が
吾輩
であると
云
う
事
を
知
らしてやりたい
吾輩
であると
云
う
事
はよし
分
らないにしても
せめて
猫
であるという
事
だけは
分
らしてやりたい
しかし
人間
というものは
到底吾輩猫属
の
言語
を
解
し
得
るくらいに
天
の
恵
に
浴
しておらん
動物
であるから
残念
ながらそのままにしておいた
ちょっと
読者
に
断
っておきたいが
元来人間
が
何
ぞというと
猫々
と
事
もなげに
軽侮
の
口調
をもって
吾輩
を
評価
する
癖
があるははなはだよくない
人間
の
糟
から
牛
と
馬
が
出来
て
牛
と
馬
の
糞
から
猫
が
製造
されたごとく
考
えるのは
自分
の
無智
に
心付
かんで
高慢
な
顔
をする
教師
などにはありがちの
事
でもあろうが
はたから
見
てあまり
見
っともいい
者
じゃない
いくら
猫
だって
そう
粗末簡便
には
出来
ぬ
よそ
目
には
一列一体
平等無差別
どの
猫
も
自家固有
の
特色
などはないようであるが
猫
の
社会
に
這入
って
見
るとなかなか
複雑
なもので
十人十色
という
人間界
の
語
はそのままここにも
応用
が
出来
るのである
目付
でも
鼻付
でも
毛並
でも
足並
でも
みんな
違
う
髯
の
張
り
具合
から
耳
の
立
ち
按排
尻尾
の
垂
れ
加減
に
至
るまで
同
じものは
一
つもない
器量
不器量
好
き
嫌
い
粋無粋
の
数
を
悉
くして
千差万別
と
云
っても
差支
えないくらいである
そのように
判然
たる
区別
が
存
しているにもかかわらず
人間
の
眼
はただ
向上
とか
何
とかいって
空
ばかり
見
ているものだから
吾輩
の
性質
は
無論相貌
の
末
を
識別
する
事
すら
到底出来
ぬのは
気
の
毒
だ
同類相求
むとは
昔
しからある
語
だそうだがその
通
り
餅屋
は
餅屋
猫
は
猫
で
猫
の
事
ならやはり
猫
でなくては
分
らぬ
いくら
人間
が
発達
したってこればかりは
駄目
である
いわんや
実際
をいうと
彼等
が
自
ら
信
じているごとくえらくも
何
ともないのだからなおさらむずかしい
またいわんや
同情
に
乏
しい
吾輩
の
主人
のごときは
相互
を
残
りなく
解
するというが
愛
の
第一義
であるということすら
分
らない
男
なのだから
仕方
がない
彼
は
性
の
悪
い
牡蠣
のごとく
書斎
に
吸
い
付
いて
かつて
外界
に
向
って
口
を
開
いた
事
がない
それで
自分
だけはすこぶる
達観
したような
面構
をしているのはちょっとおかしい
達観
しない
証拠
には
現
に
吾輩
の
肖像
が
眼
の
前
にあるのに
少
しも
悟
った
様子
もなく
今年
は
征露
の
第二年目
だから
大方熊
の
画
だろうなどと
気
の
知
れぬことをいってすましているのでもわかる
吾輩
が
主人
の
膝
の
上
で
眼
をねむりながらかく
考
えていると
やがて
下女
が
第二
の
絵端書
を
持
って
来
た
見
ると
活版
で
舶来
の
猫
が
四五疋
ずらりと
行列
して
ペン
を
握
ったり
書物
を
開
いたり
勉強
をしている
その
内
の
一疋
は
席
を
離
れて
机
の
角
で
西洋
の
猫
じゃ
猫
じゃを
躍
っている
その
上
に
日本
の
墨
で
吾輩
は
猫
である
と
黒々
とかいて
右
の
側
に
書
を
読
むや
躍
るや
猫
の
春一日
という
俳句
さえ
認
められてある
これは
主人
の
旧門下生
より
来
たので
誰
が
見
たって
一見
して
意味
がわかるはずであるのに
迂濶
な
主人
はまだ
悟
らないと
見
えて
不思議
そうに
首
を
捻
って
はてな
今年
は
猫
の
年
かなと
独言
を
言
った
吾輩
がこれほど
有名
になったのを
未
だ
気
が
着
かずにいると
見
える
ところへ
下女
がまた
第三
の
端書
を
持
ってくる
今度
は
絵端書
ではない
恭賀新年
とかいて
傍
らに
乍恐縮
かの
猫
へも
宜
しく
御伝声奉願上候
とある
いかに
迂遠
な
主人
でもこう
明
らさまに
書
いてあれば
分
るものと
見
えてようやく
気
が
付
いたように
フン
と
言
いながら
吾輩
の
顔
を
見
た
その
眼付
が
今
までとは
違
って
多少尊敬
の
意
を
含
んでいるように
思
われた
今
まで
世間
から
存在
を
認
められなかった
主人
が
急
に
一個
の
新面目
を
施
こしたのも
全
く
吾輩
の
御蔭
だと
思
えばこのくらいの
眼付
は
至当
だろうと
考
える
おりから
門
の
格子
が
チリン
チリン
チリリリリン
と
鳴
る
大方来客
であろう
来客
なら
下女
が
取次
に
出
る
吾輩
は
肴屋
の
梅公
がくる
時
のほかは
出
ない
事
に
極
めているのだから
平気
で
もとのごとく
主人
の
膝
に
坐
っておった
すると
主人
は
高利貸
にでも
飛
び
込
まれたように
不安
な
顔付
をして
玄関
の
方
を
見
る
何
でも
年賀
の
客
を
受
けて
酒
の
相手
をするのが
厭
らしい
人間
もこのくらい
偏屈
になれば
申
し
分
はない
そんなら
早
くから
外出
でもすればよいのにそれほどの
勇気
も
無
い
いよいよ
牡蠣
の
根性
をあらわしている
しばらくすると
下女
が
来
て
寒月
さんがおいでになりましたという
この
寒月
という
男
はやはり
主人
の
旧門下生
であったそうだが
今
では
学校
を
卒業
して
何
でも
主人
より
立派
になっているという
話
しである
この
男
がどういう
訳
か
よく
主人
の
所
へ
遊
びに
来
る
来
ると
自分
を
恋
っている
女
が
有
りそうな
無
さそうな
世
の
中
が
面白
そうな
つまらなそうな
凄
いような
艶
っぽいような
文句
ばかり
並
べては
帰
る
主人
のようなしなびかけた
人間
を
求
めて
わざわざこんな
話
しをしに
来
るのからして
合点
が
行
かぬが
あの
牡蠣的主人
がそんな
談話
を
聞
いて
時々相槌
を
打
つのはなお
面白
い
しばらく
御無沙汰
をしました
実
は
去年
の
暮
から
大
に
活動
しているものですから
出
よう
出
ようと
思
っても
ついこの
方角
へ
足
が
向
かないので
と
羽織
の
紐
をひねくりながら
謎見
たような
事
をいう
どっちの
方角
へ
足
が
向
くかね
と
主人
は
真面目
な
顔
をして
黒木綿
の
紋付羽織
の
袖口
を
引張
る
この
羽織
は
木綿
でゆきが
短
かい
下
からべんべら
者
が
左右
へ
五分
くらいずつはみ
出
している
エヘヘヘ
少
し
違
った
方角
で
と
寒月君
が
笑
う
見
ると
今日
は
前歯
が
一枚欠
けている
君歯
をどうかしたかね
と
主人
は
問題
を
転
じた
ええ
実
はある
所
で
椎茸
を
食
いましてね
何
を
食
ったって
その
少
し
椎茸
を
食
ったんで
椎茸
の
傘
を
前歯
で
噛
み
切
ろうとしたらぼろりと
歯
が
欠
けましたよ
椎茸
で
前歯
がかけるなんざ
何
だか
爺々臭
いね
俳句
にはなるかも
知
れないが
恋
にはならんようだな
と
平手
で
吾輩
の
頭
を
軽
く
叩
く
ああその
猫
が
例
のですか
なかなか
肥
ってるじゃありませんか
それなら
車屋
の
黒
にだって
負
けそうもありませんね
立派
なものだ
と
寒月君
は
大
に
吾輩
を
賞
める
近頃大分大
きくなったのさ
と
自慢
そうに
頭
をぽかぽかなぐる
賞
められたのは
得意
であるが
頭
が
少々痛
い
一昨夜
もちょいと
合奏会
をやりましてね
と
寒月君
はまた
話
しをもとへ
戻
す
どこで
どこでもそりゃ
御聞
きにならんでもよいでしょう
ヴァイオリン
が
三挺
と
ピヤノ
の
伴奏
でなかなか
面白
かったです
ヴァイオリン
も
三挺
くらいになると
下手
でも
聞
かれるものですね
二人
は
女
で
私
がその
中
へまじりましたが
自分
でも
善
く
弾
けたと
思
いました
ふん
そしてその
女
というのは
何者
かね
と
主人
は
羨
ましそうに
問
いかける
元来主人
は
平常枯木寒巌
のような
顔付
はしているものの
実
のところは
決
して
婦人
に
冷淡
な
方
ではない
かつて
西洋
の
或
る
小説
を
読
んだら
その
中
にある
一人物
が
出
て
来
て
それが
大抵
の
婦人
には
必
ずちょっと
惚
れる
勘定
をして
見
ると
往来
を
通
る
婦人
の
七割弱
には
恋着
するという
事
が
諷刺的
に
書
いてあったのを
見
て
これは
真理
だと
感心
したくらいな
男
である
そんな
浮気
な
男
が
何故牡蠣的生涯
を
送
っているかと
云
うのは
吾輩猫
などには
到底分
らない
或人
は
失恋
のためだとも
云
うし
或人
は
胃弱
のせいだとも
云
うし
また
或人
は
金
がなくて
臆病
な
性質
だからだとも
云
う
どっちにしたって
明治
の
歴史
に
関係
するほどな
人物
でもないのだから
構
わない
しかし
寒月君
の
女連
れを
羨
まし
気
に
尋
ねた
事
だけは
事実
である
寒月君
は
面白
そうに
口取
の
蒲鉾
を
箸
で
挟
んで
半分前歯
で
食
い
切
った
吾輩
はまた
欠
けはせぬかと
心配
したが
今度
は
大丈夫
であった
なに
二人
とも
去
る
所
の
令嬢
ですよ
御存
じの
方
じゃありません
と
余所余所
しい
返事
をする
ナ
ル
と
主人
は
引張
ったが
ほど
を
略
して
考
えている
寒月君
はもう
善
い
加減
な
時分
だと
思
ったものか
どうも
好
い
天気
ですな
御閑
ならごいっしょに
散歩
でもしましょうか
旅順
が
落
ちたので
市中
は
大変
な
景気
ですよ
と
促
がして
見
る
主人
は
旅順
の
陥落
より
女連
の
身元
を
聞
きたいと
云
う
顔
で
しばらく
考
え
込
んでいたがようやく
決心
をしたものと
見
えて
それじゃ
出
るとしよう
と
思
い
切
って
立
つ
やはり
黒木綿
の
紋付羽織
に
兄
の
紀念
とかいう
二十年来着古
るした
結城紬
の
綿入
を
着
たままである
いくら
結城紬
が
丈夫
だって
こう
着
つづけではたまらない
所々
が
薄
くなって
日
に
透
かして
見
ると
裏
からつぎを
当
てた
針
の
目
が
見
える
主人
の
服装
には
師走
も
正月
もない
ふだん
着
も
余所
ゆきもない
出
るときは
懐手
をしてぶらりと
出
る
ほかに
着
る
物
がないからか
有
っても
面倒
だから
着換
えないのか
吾輩
には
分
らぬ
ただしこれだけは
失恋
のためとも
思
われない
両人
が
出
て
行
ったあとで
吾輩
はちょっと
失敬
して
寒月君
の
食
い
切
った
蒲鉾
の
残
りを
頂戴
した
吾輩
もこの
頃
では
普通一般
の
猫
ではない
まず
桃川如燕以後
の
猫
か
グレ
の
金魚
を
偸
んだ
猫
くらいの
資格
は
充分
あると
思
う
車屋
の
黒
などは
固
より
眼中
にない
蒲鉾
の
一切
くらい
頂戴
したって
人
からかれこれ
云
われる
事
もなかろう
それにこの
人目
を
忍
んで
間食
をするという
癖
は
何
も
吾等猫族
に
限
った
事
ではない
うちの
御三
などはよく
細君
の
留守中
に
餅菓子
などを
失敬
しては
頂戴
し
頂戴
しては
失敬
している
御三
ばかりじゃない
現
に
上品
な
仕付
を
受
けつつあると
細君
から
吹聴
せられている
小児
ですらこの
傾向
がある
四五日前
のことであったが
二人
の
小供
が
馬鹿
に
早
くから
眼
を
覚
まして
まだ
主人夫婦
の
寝
ている
間
に
対
い
合
うて
食卓
に
着
いた
彼等
は
毎朝主人
の
食
う
麺麭
の
幾分
に
砂糖
をつけて
食
うのが
例
であるが
この
日
はちょうど
砂糖壺
が
卓
の
上
に
置
かれて
匙
さえ
添
えてあった
いつものように
砂糖
を
分配
してくれるものがないので
大
きい
方
がやがて
壺
の
中
から
一匙
の
砂糖
をすくい
出
して
自分
の
皿
の
上
へあけた
すると
小
さいのが
姉
のした
通
り
同分量
の
砂糖
を
同方法
で
自分
の
皿
の
上
にあけた
少
らく
両人
は
睨
み
合
っていたが
大
きいのがまた
匙
をとって
一杯
をわが
皿
の
上
に
加
えた
小
さいのもすぐ
匙
をとってわが
分量
を
姉
と
同一
にした
すると
姉
がまた
一杯
すくった
妹
も
負
けずに
一杯
を
附加
した
姉
がまた
壺
へ
手
を
懸
ける
妹
がまた
匙
をとる
見
ている
間
に
一杯一杯一杯
と
重
なって
ついには
両人
の
皿
には
山盛
の
砂糖
が
堆
くなって
壺
の
中
には
一匙
の
砂糖
も
余
っておらんようになったとき
主人
が
寝
ぼけ
眼
を
擦
りながら
寝室
を
出
て
来
てせっかくしゃくい
出
した
砂糖
を
元
のごとく
壺
の
中
へ
入
れてしまった
こんなところを
見
ると
人間
は
利己主義
から
割
り
出
した
公平
という
念
は
猫
より
優
っているかも
知
れぬが
智慧
はかえって
猫
より
劣
っているようだ
そんなに
山盛
にしないうちに
早
く
甞
めてしまえばいいにと
思
ったが
例
のごとく
吾輩
の
言
う
事
などは
通
じないのだから
気
の
毒
ながら
御櫃
の
上
から
黙
って
見物
していた
寒月君
と
出掛
けた
主人
はどこをどう
歩行
いたものか
その
晩遅
く
帰
って
来
て
翌日食卓
に
就
いたのは
九時頃
であった
例
の
御櫃
の
上
から
拝見
していると
主人
はだまって
雑煮
を
食
っている
代
えては
食
い
代
えては
食
う
餅
の
切
れは
小
さいが
何
でも
六切
か
七切食
って
最後
の
一切
れを
椀
の
中
へ
残
して
もうよそうと
箸
を
置
いた
他人
がそんな
我儘
をすると
なかなか
承知
しないのであるが
主人
の
威光
を
振
り
廻
わして
得意
なる
彼
は
濁
った
汁
の
中
に
焦
げ
爛
れた
餅
の
死骸
を
見
て
平気
ですましている
妻君
が
袋戸
の
奥
から
タカジヤスタ
ゼ
を
出
して
卓
の
上
に
置
くと
主人
は
それは
利
かないから
飲
まん
という
でもあなた
澱粉質
のものには
大変功能
があるそうですから
召
し
上
ったらいいでしょう
と
飲
ませたがる
澱粉
だろうが
何
だろうが
駄目
だよ
と
頑固
に
出
る
あなたはほんとに
厭
きっぽい
と
細君
が
独言
のようにいう
厭
きっぽいのじゃない
薬
が
利
かんのだ
それだってせんだってじゅうは
大変
によく
利
くよく
利
くとおっしゃって
毎日毎日上
ったじゃありませんか
こないだうちは
利
いたのだよ
この
頃
は
利
かないのだよ
と
対句
のような
返事
をする
そんなに
飲
んだり
止
めたりしちゃ
いくら
功能
のある
薬
でも
利
く
気遣
いはありません
もう
少
し
辛防
がよくなくっちゃあ
胃弱
なんぞはほかの
病気
たあ
違
って
直
らないわねえ
とお
盆
を
持
って
控
えた
御三
を
顧
みる
それは
本当
のところでございます
もう
少
し
召
し
上
ってご
覧
にならないと
とても
善
い
薬
か
悪
い
薬
かわかりますまい
と
御三
は
一
も
二
もなく
細君
の
肩
を
持
つ
何
でもいい
飲
まんのだから
飲
まんのだ
女
なんかに
何
がわかるものか
黙
っていろ
どうせ
女
ですわ
と
細君
が
タカジヤスタ
ゼ
を
主人
の
前
へ
突
き
付
けて
是非詰腹
を
切
らせようとする
主人
は
何
にも
云
わず
立
って
書斎
へ
這入
る
細君
と
御三
は
顔
を
見合
せてにやにやと
笑
う
こんなときに
後
からくっ
付
いて
行
って
膝
の
上
へ
乗
ると
大変
な
目
に
逢
わされるから
そっと
庭
から
廻
って
書斎
の
椽側
へ
上
って
障子
の
隙
から
覗
いて
見
ると
主人
は
エピクテタス
とか
云
う
人
の
本
を
披
いて
見
ておった
もしそれが
平常
の
通
りわかるならちょっとえらいところがある
五六分
するとその
本
を
叩
き
付
けるように
机
の
上
へ
抛
り
出
す
大方
そんな
事
だろうと
思
いながらなお
注意
していると
今度
は
日記帳
を
出
して
下
のような
事
を
書
きつけた
寒月
と
根津
上野
池
の
端
神田辺
を
散歩
池
の
端
の
待合
の
前
で
芸者
が
裾模様
の
春着
をきて
羽根
をついていた
衣装
は
美
しいが
顔
はすこぶるまずい
何
となくうちの
猫
に
似
ていた
何
も
顔
のまずい
例
に
特
に
吾輩
を
出
さなくっても
よさそうなものだ
吾輩
だって
喜多床
へ
行
って
顔
さえ
剃
って
貰
やあ
そんなに
人間
と
異
ったところはありゃしない
人間
はこう
自惚
れているから
困
る
宝丹
の
角
を
曲
るとまた
一人芸者
が
来
た
これは
背
のすらりとした
撫肩
の
恰好
よく
出来上
った
女
で
着
ている
薄紫
の
衣服
も
素直
に
着
こなされて
上品
に
見
えた
白
い
歯
を
出
して
笑
いながら
源
ちゃん
昨夕
は
つい
忙
がしかったもんだから
と
云
った
ただしその
声
は
旅鴉
のごとく
皺枯
れておったので
せっかくの
風采
も
大
に
下落
したように
感
ぜられたから
いわゆる
源
ちゃんなるもののいかなる
人
なるかを
振
り
向
いて
見
るも
面倒
になって
懐手
のまま
御成道
へ
出
た
寒月
は
何
となくそわそわしているごとく
見
えた
人間
の
心理
ほど
解
し
難
いものはない
この
主人
の
今
の
心
は
怒
っているのだか
浮
かれているのだか
または
哲人
の
遺書
に
一道
の
慰安
を
求
めつつあるのか
ちっとも
分
らない
世
の
中
を
冷笑
しているのか
世
の
中
へ
交
りたいのだか
くだらぬ
事
に
肝癪
を
起
しているのか
物外
に
超然
としているのだかさっぱり
見当
が
付
かぬ
猫
などはそこへ
行
くと
単純
なものだ
食
いたければ
食
い
寝
たければ
寝
る
怒
るときは
一生懸命
に
怒
り
泣
くときは
絶体絶命
に
泣
く
第一日記
などという
無用
のものは
決
してつけない
つける
必要
がないからである
主人
のように
裏表
のある
人間
は
日記
でも
書
いて
世間
に
出
されない
自己
の
面目
を
暗室内
に
発揮
する
必要
があるかも
知
れないが
我等猫属
に
至
ると
行住坐臥
行屎送尿
ことごとく
真正
の
日記
であるから
別段
そんな
面倒
な
手数
をして
己
れの
真面目
を
保存
するには
及
ばぬと
思
う
日記
をつけるひまがあるなら
椽側
に
寝
ているまでの
事
さ
神田
の
某亭
で
晩餐
を
食
う
久
し
振
りで
正宗
を
二三杯飲
んだら
今朝
は
胃
の
具合
が
大変
いい
胃弱
には
晩酌
が
一番
だと
思
う
タカジヤスタ
ゼ
は
無論
いかん
誰
が
何
と
云
っても
駄目
だ
どうしたって
利
かないものは
利
かないのだ
無暗
に
タカジヤスタ
ゼ
を
攻撃
する
独
りで
喧嘩
をしているようだ
今朝
の
肝癪
がちょっとここへ
尾
を
出
す
人間
の
日記
の
本色
はこう
云
う
辺
に
存
するのかも
知
れない
せんだって
は
朝飯
を
廃
すると
胃
がよくなると
云
うたから
二三日朝飯
をやめて
見
たが
腹
がぐうぐう
鳴
るばかりで
功能
はない
は
是非香
の
物
を
断
てと
忠告
した
彼
の
説
によるとすべて
胃病
の
源因
は
漬物
にある
漬物
さえ
断
てば
胃病
の
源
を
涸
らす
訳
だから
本復
は
疑
なしという
論法
であった
それから
一週間
ばかり
香
の
物
に
箸
を
触
れなかったが
別段
の
験
も
見
えなかったから
近頃
はまた
食
い
出
した
に
聞
くとそれは
按腹揉療治
に
限
る
ただし
普通
のではゆかぬ
皆川流
という
古流
な
揉
み
方
で
一二度
やらせれば
大抵
の
胃病
は
根治出来
る
安井息軒
も
大変
この
按摩術
を
愛
していた
坂本竜馬
のような
豪傑
でも
時々
は
治療
をうけたと
云
うから
早速上根岸
まで
出掛
けて
揉
まして
見
た
ところが
骨
を
揉
まなければ
癒
らぬとか
臓腑
の
位置
を
一度顛倒
しなければ
根治
がしにくいとかいって
それはそれは
残酷
な
揉
み
方
をやる
後
で
身体
が
綿
のようになって
昏睡病
にかかったような
心持
ちがしたので
一度
で
閉口
してやめにした
君
は
是非固形体
を
食
うなという
それから
一日牛乳
ばかり
飲
んで
暮
して
見
たが
この
時
は
腸
の
中
でどぼりどぼりと
音
がして
大水
でも
出
たように
思
われて
終夜眠
れなかった
氏
は
横膈膜
で
呼吸
して
内臓
を
運動
させれば
自然
と
胃
の
働
きが
健全
になる
訳
だから
試
しにやって
御覧
という
これも
多少
やったが
何
となく
腹中
が
不安
で
困
る
それに
時々思
い
出
したように
一心不乱
にかかりはするものの
五六分立
つと
忘
れてしまう
忘
れまいとすると
横膈膜
が
気
になって
本
を
読
む
事
も
文章
をかく
事
も
出来
ぬ
美学者
の
迷亭
がこの
体
を
見
て
産気
のついた
男
じゃあるまいし
止
すがいいと
冷
かしたからこの
頃
は
廃
してしまった
先生
は
蕎麦
を
食
ったらよかろうと
云
うから
早速
かけともりをかわるがわる
食
ったが
これは
腹
が
下
るばかりで
何等
の
功能
もなかった
余
は
年来
の
胃弱
を
直
すために
出来得
る
限
りの
方法
を
講
じて
見
たがすべて
駄目
である
ただ
昨夜寒月
と
傾
けた
三杯
の
正宗
はたしかに
利目
がある
これからは
毎晩二三杯
ずつ
飲
む
事
にしよう
これも
決
して
長
く
続
く
事
はあるまい
主人
の
心
は
吾輩
の
眼球
のように
間断
なく
変化
している
何
をやっても
永持
のしない
男
である
その
上日記
の
上
で
胃病
をこんなに
心配
している
癖
に
表向
は
大
に
痩我慢
をするからおかしい
せんだってその
友人
で
某
という
学者
が
尋
ねて
来
て
一種
の
見地
から
すべての
病気
は
父祖
の
罪悪
と
自己
の
罪悪
の
結果
にほかならないと
云
う
議論
をした
大分研究
したものと
見
えて
条理
が
明晰
で
秩序
が
整然
として
立派
な
説
であった
気
の
毒
ながらうちの
主人
などは
到底
これを
反駁
するほどの
頭脳
も
学問
もないのである
しかし
自分
が
胃病
で
苦
しんでいる
際
だから
何
とかかんとか
弁解
をして
自己
の
面目
を
保
とうと
思
った
者
と
見
えて
君
の
説
は
面白
いが
あの
カ
ライル
は
胃弱
だったぜ
とあたかも
カ
ライル
が
胃弱
だから
自分
の
胃弱
も
名誉
であると
云
ったような
見当違
いの
挨拶
をした
すると
友人
は
カ
ライル
が
胃弱
だって
胃弱
の
病人
が
必
ず
カ
ライル
にはなれないさ
と
極
め
付
けたので
主人
は
黙然
としていた
かくのごとく
虚栄心
に
富
んでいるものの
実際
はやはり
胃弱
でない
方
がいいと
見
えて
今夜
から
晩酌
を
始
めるなどというのはちょっと
滑稽
だ
考
えて
見
ると
今朝雑煮
をあんなにたくさん
食
ったのも
昨夜寒月君
と
正宗
をひっくり
返
した
影響
かも
知
れない
吾輩
もちょっと
雑煮
が
食
って
見
たくなった
吾輩
は
猫
ではあるが
大抵
のものは
食
う
車屋
の
黒
のように
横丁
の
肴屋
まで
遠征
をする
気力
はないし
新道
の
二絃琴
の
師匠
の
所
の
三毛
のように
贅沢
は
無論云
える
身分
でない
従
って
存外嫌
は
少
ない
方
だ
小供
の
食
いこぼした
麺麭
も
食
うし
餅菓子
の
もなめる
香
の
物
はすこぶるまずいが
経験
のため
沢庵
を
二切
ばかりやった
事
がある
食
って
見
ると
妙
なもので
大抵
のものは
食
える
あれは
嫌
だ
これは
嫌
だと
云
うのは
贅沢
な
我儘
で
到底教師
の
家
にいる
猫
などの
口
にすべきところでない
主人
の
話
しによると
仏蘭西
に
バルザック
という
小説家
があったそうだ
この
男
が
大
の
贅沢屋
で
もっともこれは
口
の
贅沢屋
ではない
小説家
だけに
文章
の
贅沢
を
尽
したという
事
である
バルザック
が
或
る
日自分
の
書
いている
小説中
の
人間
の
名
をつけようと
思
っていろいろつけて
見
たが
どうしても
気
に
入
らない
ところへ
友人
が
遊
びに
来
たのでいっしょに
散歩
に
出掛
けた
友人
は
固
より
何
も
知
らずに
連
れ
出
されたのであるが
バルザック
は
兼
ねて
自分
の
苦心
している
名
を
目付
ようという
考
えだから
往来
へ
出
ると
何
もしないで
店先
の
看板
ばかり
見
て
歩行
いている
ところがやはり
気
に
入
った
名
がない
友人
を
連
れて
無暗
にあるく
友人
は
訳
がわからずにくっ
付
いて
行
く
彼等
はついに
朝
から
晩
まで
巴理
を
探険
した
その
帰
りがけに
バルザック
はふとある
裁縫屋
の
看板
が
目
についた
見
るとその
看板
に
マ
カス
という
名
がかいてある
バルザック
は
手
を
拍
って
これだこれだこれに
限
る
マ
カス
は
好
い
名
じゃないか
マ
カス
の
上
へ
という
頭文字
をつける
すると
申
し
分
のない
名
が
出来
る
でなくてはいかん
は
実
にうまい
どうも
自分
で
作
った
名
はうまくつけたつもりでも
何
となく
故意
とらしいところがあって
面白
くない
ようやくの
事
で
気
に
入
った
名
が
出来
た
と
友人
の
迷惑
はまるで
忘
れて
一人嬉
しがったというが
小説中
の
人間
の
名前
をつけるに
一日巴理
を
探険
しなくてはならぬようでは
随分手数
のかかる
話
だ
贅沢
もこのくらい
出来
れば
結構
なものだが
吾輩
のように
牡蠣的主人
を
持
つ
身
の
上
ではとてもそんな
気
は
出
ない
何
でもいい
食
えさえすれば
という
気
になるのも
境遇
のしからしむるところであろう
だから
今雑煮
が
食
いたくなったのも
決
して
贅沢
の
結果
ではない
何
でも
食
える
時
に
食
っておこうという
考
から
主人
の
食
い
剰
した
雑煮
がもしや
台所
に
残
っていはすまいかと
思
い
出
したからである
台所
へ
廻
って
見
る
今朝見
た
通
りの
餅
が
今朝見
た
通
りの
色
で
椀
の
底
に
膠着
している
白状
するが
餅
というものは
今
まで
一辺
も
口
に
入
れた
事
がない
見
るとうまそうにもあるし
また
少
しは
気味
がわるくもある
前足
で
上
にかかっている
菜
っ
葉
を
掻
き
寄
せる
爪
を
見
ると
餅
の
上皮
が
引
き
掛
ってねばねばする
嗅
いで
見
ると
釜
の
底
の
飯
を
御櫃
へ
移
す
時
のような
香
がする
食
おうかな
やめようかな
とあたりを
見廻
す
幸
か
不幸
か
誰
もいない
御三
は
暮
も
春
も
同
じような
顔
をして
羽根
をついている
小供
は
奥座敷
で
何
とおっしゃる
兎
さん
を
歌
っている
食
うとすれば
今
だ
もしこの
機
をはずすと
来年
までは
餅
というものの
味
を
知
らずに
暮
してしまわねばならぬ
吾輩
はこの
刹那
に
猫
ながら
一
の
真理
を
感得
した
得難
き
機会
はすべての
動物
をして
好
まざる
事
をも
敢
てせしむ
吾輩
は
実
を
云
うとそんなに
雑煮
を
食
いたくはないのである
否椀底
の
様子
を
熟視
すればするほど
気味
が
悪
くなって
食
うのが
厭
になったのである
この
時
もし
御三
でも
勝手口
を
開
けたなら
奥
の
小供
の
足音
がこちらへ
近付
くのを
聞
き
得
たなら
吾輩
は
惜気
もなく
椀
を
見棄
てたろう
しかも
雑煮
の
事
は
来年
まで
念頭
に
浮
ばなかったろう
ところが
誰
も
来
ない
いくら
躇
していても
誰
も
来
ない
早
く
食
わぬか
食
わぬかと
催促
されるような
心持
がする
吾輩
は
椀
の
中
を
覗
き
込
みながら
早
く
誰
か
来
てくれればいいと
念
じた
やはり
誰
も
来
てくれない
吾輩
はとうとう
雑煮
を
食
わなければならぬ
最後
にからだ
全体
の
重量
を
椀
の
底
へ
落
すようにして
あぐりと
餅
の
角
を
一寸
ばかり
食
い
込
んだ
このくらい
力
を
込
めて
食
い
付
いたのだから
大抵
なものなら
噛
み
切
れる
訳
だが
驚
いた
もうよかろうと
思
って
歯
を
引
こうとすると
引
けない
もう
一辺噛
み
直
そうとすると
動
きがとれない
餅
は
魔物
だなと
疳
づいた
時
はすでに
遅
かった
沼
へでも
落
ちた
人
が
足
を
抜
こうと
焦慮
るたびにぶくぶく
深
く
沈
むように
噛
めば
噛
むほど
口
が
重
くなる
歯
が
動
かなくなる
歯答
えはあるが
歯答
えがあるだけでどうしても
始末
をつける
事
が
出来
ない
美学者迷亭先生
がかつて
吾輩
の
主人
を
評
して
君
は
割
り
切
れない
男
だといった
事
があるが
なるほどうまい
事
をいったものだ
この
餅
も
主人
と
同
じようにどうしても
割
り
切
れない
噛
んでも
噛
んでも
三
で
十
を
割
るごとく
尽未来際方
のつく
期
はあるまいと
思
われた
この
煩悶
の
際吾輩
は
覚
えず
第二
の
真理
に
逢着
した
すべての
動物
は
直覚的
に
事物
の
適不適
を
予知
す
真理
はすでに
二
つまで
発明
したが
餅
がくっ
付
いているので
毫
も
愉快
を
感
じない
歯
が
餅
の
肉
に
吸収
されて
抜
けるように
痛
い
早
く
食
い
切
って
逃
げないと
御三
が
来
る
小供
の
唱歌
もやんだようだ
きっと
台所
へ
馳
け
出
して
来
るに
相違
ない
煩悶
の
極尻尾
をぐるぐる
振
って
見
たが
何等
の
功能
もない
耳
を
立
てたり
寝
かしたりしたが
駄目
である
考
えて
見
ると
耳
と
尻尾
は
餅
と
何等
の
関係
もない
要
するに
振
り
損
の
立
て
損
の
寝
かし
損
であると
気
が
付
いたからやめにした
ようやくの
事
これは
前足
の
助
けを
借
りて
餅
を
払
い
落
すに
限
ると
考
え
付
いた
まず
右
の
方
をあげて
口
の
周囲
を
撫
で
廻
す
撫
でたくらいで
割
り
切
れる
訳
のものではない
今度
は
左
りの
方
を
伸
して
口
を
中心
として
急劇
に
円
を
劃
して
見
る
そんな
呪
いで
魔
は
落
ちない
辛防
が
肝心
だと
思
って
左右交
る
交
るに
動
かしたがやはり
依然
として
歯
は
餅
の
中
にぶら
下
っている
ええ
面倒
だと
両足
を
一度
に
使
う
すると
不思議
な
事
にこの
時
だけは
後足二本
で
立
つ
事
が
出来
た
何
だか
猫
でないような
感
じがする
猫
であろうが
あるまいがこうなった
日
にゃあ
構
うものか
何
でも
餅
の
魔
が
落
ちるまでやるべしという
意気込
みで
無茶苦茶
に
顔中引
っ
掻
き
廻
す
前足
の
運動
が
猛烈
なのでややともすると
中心
を
失
って
倒
れかかる
倒
れかかるたびに
後足
で
調子
をとらなくてはならぬから
一
つ
所
にいる
訳
にも
行
かんので
台所中
あちら
こちらと
飛
んで
廻
る
我
ながらよくこんなに
器用
に
起
っていられたものだと
思
う
第三
の
真理
が
驀地
に
現前
する
危
きに
臨
めば
平常
なし
能
わざるところのものを
為
し
能
う
之
を
天祐
という
幸
に
天祐
を
享
けたる
吾輩
が
一生懸命餅
の
魔
と
戦
っていると
何
だか
足音
がして
奥
より
人
が
来
るような
気合
である
ここで
人
に
来
られては
大変
だと
思
って
いよいよ
躍起
となって
台所
をかけ
廻
る
足音
はだんだん
近付
いてくる
ああ
残念
だが
天祐
が
少
し
足
りない
とうとう
小供
に
見付
けられた
あら
猫
が
御雑煮
を
食
べて
踊
を
踊
っている
と
大
きな
声
をする
この
声
を
第一
に
聞
きつけたのが
御三
である
羽根
も
羽子板
も
打
ち
遣
って
勝手
から
あらまあ
と
飛込
んで
来
る
細君
は
縮緬
の
紋付
で
いやな
猫
ねえ
と
仰
せられる
主人
さえ
書斎
から
出
て
来
て
この
馬鹿野郎
といった
面白
い
面白
いと
云
うのは
小供
ばかりである
そうしてみんな
申
し
合
せたようにげらげら
笑
っている
腹
は
立
つ
苦
しくはある
踊
はやめる
訳
にゆかぬ
弱
った
ようやく
笑
いがやみそうになったら
五
つになる
女
の
子
が
御
かあ
様
猫
も
随分
ね
といったので
狂瀾
を
既倒
に
何
とかするという
勢
でまた
大変笑
われた
人間
の
同情
に
乏
しい
実行
も
大分見聞
したが
この
時
ほど
恨
めしく
感
じた
事
はなかった
ついに
天祐
もどっかへ
消
え
失
せて
在来
の
通
り
四
つ
這
になって
眼
を
白黒
するの
醜態
を
演
ずるまでに
閉口
した
さすが
見殺
しにするのも
気
の
毒
と
見
えて
まあ
餅
をとってやれ
と
主人
が
御三
に
命
ずる
御三
はもっと
踊
らせようじゃありませんかという
眼付
で
細君
を
見
る
細君
は
踊
は
見
たいが
殺
してまで
見
る
気
はないのでだまっている
取
ってやらんと
死
んでしまう
早
くとってやれ
と
主人
は
再
び
下女
を
顧
みる
御三
は
御馳走
を
半分食
べかけて
夢
から
起
された
時
のように
気
のない
顔
をして
餅
をつかんでぐいと
引
く
寒月君
じゃないが
前歯
がみんな
折
れるかと
思
った
どうも
痛
いの
痛
くないのって
餅
の
中
へ
堅
く
食
い
込
んでいる
歯
を
情
け
容赦
もなく
引張
るのだからたまらない
吾輩
が
すべての
安楽
は
困苦
を
通過
せざるべからず
と
云
う
第四
の
真理
を
経験
して
けろけろとあたりを
見廻
した
時
には
家人
はすでに
奥座敷
へ
這入
ってしまっておった
こんな
失敗
をした
時
には
内
にいて
御三
なんぞに
顔
を
見
られるのも
何
となくばつが
悪
い
いっその
事気
を
易
えて
新道
の
二絃琴
の
御師匠
さんの
所
の
三毛子
でも
訪問
しようと
台所
から
裏
へ
出
た
三毛子
はこの
近辺
で
有名
な
美貌家
である
吾輩
は
猫
には
相違
ないが
物
の
情
けは
一通
り
心得
ている
うちで
主人
の
苦
い
顔
を
見
たり
御三
の
険突
を
食
って
気分
が
勝
れん
時
は
必
ずこの
異性
の
朋友
の
許
を
訪問
していろいろな
話
をする
すると
いつの
間
にか
心
が
晴々
して
今
までの
心配
も
苦労
も
何
もかも
忘
れて
生
れ
変
ったような
心持
になる
女性
の
影響
というものは
実
に
莫大
なものだ
杉垣
の
隙
から
いるかなと
思
って
見渡
すと
三毛子
は
正月
だから
首輪
の
新
しいのをして
行儀
よく
椽側
に
坐
っている
その
背中
の
丸
さ
加減
が
言
うに
言
われんほど
美
しい
曲線
の
美
を
尽
している
尻尾
の
曲
がり
加減
足
の
折
り
具合
物憂
げに
耳
をちょいちょい
振
る
景色
なども
到底形容
が
出来
ん
ことによく
日
の
当
る
所
に
暖
かそうに
品
よく
控
えているものだから
身体
は
静粛端正
の
態度
を
有
するにも
関
らず
天鵞毛
を
欺
くほどの
滑
らかな
満身
の
毛
は
春
の
光
りを
反射
して
風
なきにむらむらと
微動
するごとくに
思
われる
吾輩
はしばらく
恍惚
として
眺
めていたが
やがて
我
に
帰
ると
同時
に
低
い
声
で
三毛子
さん
三毛子
さん
といいながら
前足
で
招
いた
三毛子
は
あら
先生
と
椽
を
下
りる
赤
い
首輪
につけた
鈴
がちゃらちゃらと
鳴
る
おや
正月
になったら
鈴
までつけたな
どうもいい
音
だと
感心
している
間
に
吾輩
の
傍
に
来
て
あら
先生
おめでとう
と
尾
を
左
りへ
振
る
吾等猫属間
で
御互
に
挨拶
をするときには
尾
を
棒
のごとく
立
てて
それを
左
りへぐるりと
廻
すのである
町内
で
吾輩
を
先生
と
呼
んでくれるのはこの
三毛子
ばかりである
吾輩
は
前回断
わった
通
りまだ
名
はないのであるが
教師
の
家
にいるものだから
三毛子
だけは
尊敬
して
先生先生
といってくれる
吾輩
も
先生
と
云
われて
満更悪
い
心持
ちもしないから
はいはいと
返事
をしている
やあおめでとう
大層立派
に
御化粧
が
出来
ましたね
ええ
去年
の
暮御師匠
さんに
買
って
頂
いたの
宜
いでしょう
とちゃらちゃら
鳴
らして
見
せる
なるほど
善
い
音
ですな
吾輩
などは
生
れてから
そんな
立派
なものは
見
た
事
がないですよ
あらいやだ
みんなぶら
下
げるのよ
とまたちゃらちゃら
鳴
らす
いい
音
でしょう
あたし
嬉
しいわ
とちゃらちゃらちゃらちゃら
続
け
様
に
鳴
らす
あなたのうちの
御師匠
さんは
大変
あなたを
可愛
がっていると
見
えますね
と
吾身
に
引
きくらべて
暗
に
欣羨
の
意
を
洩
らす
三毛子
は
無邪気
なものである
ほんとよ
まるで
自分
の
小供
のようよ
とあどけなく
笑
う
猫
だって
笑
わないとは
限
らない
人間
は
自分
よりほかに
笑
えるものが
無
いように
思
っているのは
間違
いである
吾輩
が
笑
うのは
鼻
の
孔
を
三角
にして
咽喉仏
を
震動
させて
笑
うのだから
人間
にはわからぬはずである
一体
あなたの
所
の
御主人
は
何
ですか
あら
御主人
だって
妙
なのね
御師匠
さんだわ
二絃琴
の
御師匠
さんよ
それは
吾輩
も
知
っていますがね
その
御身分
は
何
なんです
いずれ
昔
しは
立派
な
方
なんでしょうな
ええ
君
を
待
つ
間
の
姫小松
障子
の
内
で
御師匠
さんが
二絃琴
を
弾
き
出
す
宜
い
声
でしょう
と
三毛子
は
自慢
する
宜
いようだが
吾輩
にはよくわからん
全体何
というものですか
あれ
あれは
何
とかってものよ
御師匠
さんはあれが
大好
きなの
御師匠
さんはあれで
六十二
よ
随分丈夫
だわね
六十二
で
生
きているくらいだから
丈夫
と
云
わねばなるまい
吾輩
は
はあ
と
返事
をした
少
し
間
が
抜
けたようだが
別
に
名答
も
出
て
来
なかったから
仕方
がない
あれでも
もとは
身分
が
大変好
かったんだって
いつでもそうおっしゃるの
へえ
元
は
何
だったんです
何
でも
天璋院様
の
御祐筆
の
妹
の
御嫁
に
行
った
先
きの
御
っかさんの
甥
の
娘
なんだって
何
ですって
あの
天璋院様
の
御祐筆
の
妹
の
御嫁
にいった
なるほど
少
し
待
って
下
さい
天璋院様
の
妹
の
御祐筆
の
あらそうじゃないの
天璋院様
の
御祐筆
の
妹
の
よろしい
分
りました
天璋院様
のでしょう
ええ
御祐筆
のでしょう
そうよ
御嫁
に
行
った
妹
の
御嫁
に
行
ったですよ
そうそう
間違
った
妹
の
御嫁
に
入
った
先
きの
御
っかさんの
甥
の
娘
なんですとさ
御
っかさんの
甥
の
娘
なんですか
ええ
分
ったでしょう
いいえ
何
だか
混雑
して
要領
を
得
ないですよ
詰
るところ
天璋院様
の
何
になるんですか
あなたもよっぽど
分
らないのね
だから
天璋院様
の
御祐筆
の
妹
の
御嫁
に
行
った
先
きの
御
っかさんの
甥
の
娘
なんだって
先
っきっから
言
ってるんじゃありませんか
それはすっかり
分
っているんですがね
それが
分
りさえすればいいんでしょう
ええ
と
仕方
がないから
降参
をした
吾々
は
時
とすると
理詰
の
虚言
を
吐
かねばならぬ
事
がある
障子
の
中
で
二絃琴
の
音
がぱったりやむと
御師匠
さんの
声
で
三毛
や
三毛
や
御飯
だよ
と
呼
ぶ
三毛子
は
嬉
しそうに
あら
御師匠
さんが
呼
んでいらっしゃるから
私
し
帰
るわ
よくって
わるいと
云
ったって
仕方
がない
それじゃまた
遊
びにいらっしゃい
と
鈴
をちゃらちゃら
鳴
らして
庭先
までかけて
行
ったが
急
に
戻
って
来
て
あなた
大変色
が
悪
くってよ
どうかしやしなくって
と
心配
そうに
問
いかける
まさか
雑煮
を
食
って
踊
りを
踊
ったとも
云
われないから
何別段
の
事
もありませんが
少
し
考
え
事
をしたら
頭痛
がしてね
あなたと
話
しでもしたら
直
るだろうと
思
って
実
は
出掛
けて
来
たのですよ
そう
御大事
になさいまし
さようなら
少
しは
名残
り
惜
し
気
に
見
えた
これで
雑煮
の
元気
もさっぱりと
回復
した
いい
心持
になった
帰
りに
例
の
茶園
を
通
り
抜
けようと
思
って
霜柱
の
融
けかかったのを
踏
みつけながら
建仁寺
の
崩
れから
顔
を
出
すとまた
車屋
の
黒
が
枯菊
の
上
に
背
を
山
にして
欠伸
をしている
近頃
は
黒
を
見
て
恐怖
するような
吾輩
ではないが
話
しをされると
面倒
だから
知
らぬ
顔
をして
行
き
過
ぎようとした
黒
の
性質
として
他
が
己
れを
軽侮
したと
認
むるや
否
や
決
して
黙
っていない
おい
名
なしの
権兵衛
近頃
じゃ
乙
う
高
く
留
ってるじゃあねえか
いくら
教師
の
飯
を
食
ったって
そんな
高慢
ちきな
面
らあするねえ
人
つけ
面白
くもねえ
黒
は
吾輩
の
有名
になったのを
まだ
知
らんと
見
える
説明
してやりたいが
到底分
る
奴
ではないから
まず
一応
の
挨拶
をして
出来得
る
限
り
早
く
御免蒙
るに
若
くはないと
決心
した
いや
黒君
おめでとう
不相変元気
がいいね
と
尻尾
を
立
てて
左
へくるりと
廻
わす
黒
は
尻尾
を
立
てたぎり
挨拶
もしない
何
おめでてえ
正月
でおめでたけりゃ
御
めえなんざあ
年
が
年中
おめでてえ
方
だろう
気
をつけろい
この
吹
い
子
の
向
う
面
め
吹
い
子
の
向
うづらという
句
は
罵詈
の
言語
であるようだが
吾輩
には
了解
が
出来
なかった
ちょっと
伺
がうが
吹
い
子
の
向
うづらと
云
うのはどう
云
う
意味
かね
へん
手
めえが
悪体
をつかれてる
癖
に
その
訳
を
聞
きゃ
世話
あねえ
だから
正月野郎
だって
事
よ
正月野郎
は
詩的
であるが
その
意味
に
至
ると
吹
い
子
の
何
とかよりも
一層不明瞭
な
文句
である
参考
のためちょっと
聞
いておきたいが
聞
いたって
明瞭
な
答弁
は
得
られぬに
極
まっているから
面
と
対
ったまま
無言
で
立
っておった
いささか
手持無沙汰
の
体
である
すると
突然黒
のうちの
神
さんが
大
きな
声
を
張
り
揚
げて
おや
棚
へ
上
げて
置
いた
鮭
がない
大変
だ
またあの
黒
の
畜生
が
取
ったんだよ
ほんとに
憎
らしい
猫
だっちゃありゃあしない
今
に
帰
って
来
たら
どうするか
見
ていやがれ
と
怒鳴
る
初春
の
長閑
な
空気
を
無遠慮
に
震動
させて
枝
を
鳴
らさぬ
君
が
御代
を
大
に
俗了
してしまう
黒
は
怒鳴
るなら
怒鳴
りたいだけ
怒鳴
っていろと
云
わぬばかりに
横着
な
顔
をして
四角
な
顋
を
前
へ
出
しながら
あれを
聞
いたかと
合図
をする
今
までは
黒
との
応対
で
気
がつかなかったが
見
ると
彼
の
足
の
下
には
一切
れ
二銭三厘
に
相当
する
鮭
の
骨
が
泥
だらけになって
転
がっている
君不相変
やってるな
と
今
までの
行
き
掛
りは
忘
れて
つい
感投詞
を
奉呈
した
黒
はそのくらいな
事
ではなかなか
機嫌
を
直
さない
何
がやってるでえ
この
野郎
しゃけの
一切
や
二切
で
相変
らずたあ
何
だ
人
を
見縊
びった
事
をいうねえ
憚
りながら
車屋
の
黒
だあ
と
腕
まくりの
代
りに
右
の
前足
を
逆
かに
肩
の
辺
まで
掻
き
上
げた
君
が
黒君
だと
云
う
事
は
始
めから
知
ってるさ
知
ってるのに
相変
らずやってるたあ
何
だ
何
だてえ
事
よ
と
熱
いのを
頻
りに
吹
き
懸
ける
人間
なら
胸倉
をとられて
小突
き
廻
されるところである
少々辟易
して
内心困
った
事
になったなと
思
っていると
再
び
例
の
神
さんの
大声
が
聞
える
ちょいと
西川
さん
おい
西川
さんてば
用
があるんだよこの
人
あ
牛肉
を
一斤
すぐ
持
って
来
るんだよ
いいかい
分
ったかい
牛肉
の
堅
くないところを
一斤
だよ
と
牛肉注文
の
声
が
四隣
の
寂寞
を
破
る
へん
年
に
一遍牛肉
を
誂
えると
思
って
いやに
大
きな
声
を
出
しゃあがらあ
牛肉一斤
が
隣
り
近所
へ
自慢
なんだから
始末
に
終
えねえ
阿魔
だ
と
黒
は
嘲
りながら
四
つ
足
を
踏張
る
吾輩
は
挨拶
のしようもないから
黙
って
見
ている
一斤
くらいじゃあ
承知
が
出来
ねえんだが
仕方
がねえ
いいから
取
っときゃ
今
に
食
ってやらあ
と
自分
のために
誂
えたもののごとくいう
今度
は
本当
の
御馳走
だ
結構結構
と
吾輩
はなるべく
彼
を
帰
そうとする
御
めっちの
知
った
事
じゃねえ
黙
っていろ
うるせえや
と
云
いながら
突然後足
で
霜柱
の
崩
れた
奴
を
吾輩
の
頭
へばさりと
浴
びせ
掛
ける
吾輩
が
驚
ろいて
からだの
泥
を
払
っている
間
に
黒
は
垣根
を
潜
って
どこかへ
姿
を
隠
した
大方西川
の
牛
を
覘
に
行
ったものであろう
家
へ
帰
ると
座敷
の
中
が
いつになく
春
めいて
主人
の
笑
い
声
さえ
陽気
に
聞
える
はてなと
明
け
放
した
椽側
から
上
って
主人
の
傍
へ
寄
って
見
ると
見馴
れぬ
客
が
来
ている
頭
を
奇麗
に
分
けて
木綿
の
紋付
の
羽織
に
小倉
の
袴
を
着
けて
至極真面目
そうな
書生体
の
男
である
主人
の
手
あぶりの
角
を
見
ると
春慶塗
りの
巻煙草入
れと
並
んで
越智東風君
を
紹介致候水島寒月
という
名刺
があるので
この
客
の
名前
も
寒月君
の
友人
であるという
事
も
知
れた
主客
の
対話
は
途中
からであるから
前後
がよく
分
らんが
何
でも
吾輩
が
前回
に
紹介
した
美学者迷亭君
の
事
に
関
しているらしい
それで
面白
い
趣向
があるから
是非
いっしょに
来
いとおっしゃるので
と
客
は
落
ちついて
云
う
何
ですか
その
西洋料理
へ
行
って
午飯
を
食
うのについて
趣向
があるというのですか
と
主人
は
茶
を
続
ぎ
足
して
客
の
前
へ
押
しやる
さあ
その
趣向
というのが
その
時
は
私
にも
分
らなかったんですが
いずれあの
方
の
事
ですから
何
か
面白
い
種
があるのだろうと
思
いまして
いっしょに
行
きましたか
なるほど
ところが
驚
いたのです
主人
はそれ
見
たかと
云
わぬばかりに
膝
の
上
に
乗
った
吾輩
の
頭
をぽかと
叩
く
少
し
痛
い
また
馬鹿
な
茶番見
たような
事
なんでしょう
あの
男
はあれが
癖
でね
と
急
に
アンドレア
デル
サルト
事件
を
思
い
出
す
へへ
君何
か
変
ったものを
食
おうじゃないかとおっしゃるので
何
を
食
いました
まず
献立
を
見
ながらいろいろ
料理
についての
御話
しがありました
誂
らえない
前
にですか
ええ
それから
それから
首
を
捻
って
ボイ
の
方
を
御覧
になって
どうも
変
ったものもないようだなとおっしゃると
ボイ
は
負
けぬ
気
で
鴨
の
ロ
ス
か
小牛
の
チャップ
などは
如何
ですと
云
うと
先生
は
そんな
月並
を
食
いにわざわざここまで
来
やしないとおっしゃるんで
ボイ
は
月並
という
意味
が
分
らんものですから
妙
な
顔
をして
黙
っていましたよ
そうでしょう
それから
私
の
方
を
御向
きになって
君仏蘭西
や
英吉利
へ
行
くと
随分天明調
や
万葉調
が
食
えるんだが
日本
じゃどこへ
行
ったって
版
で
圧
したようで
どうも
西洋料理
へ
這入
る
気
がしないと
云
うような
大気
で
全体
あの
方
は
洋行
なすった
事
があるのですかな
何迷亭
が
洋行
なんかするもんですか
そりゃ
金
もあり
時
もあり
行
こうと
思
えばいつでも
行
かれるんですがね
大方
これから
行
くつもりのところを
過去
に
見立
てた
洒落
なんでしょう
と
主人
は
自分
ながらうまい
事
を
言
ったつもりで
誘
い
出
し
笑
をする
客
はさまで
感服
した
様子
もない
そうですか
私
はまたいつの
間
に
洋行
なさったかと
思
って
つい
真面目
に
拝聴
していました
それに
見
て
来
たようになめくじの
ソップ
の
御話
や
蛙
の
シチュ
の
形容
をなさるものですから
そりゃ
誰
かに
聞
いたんでしょう
うそをつく
事
はなかなか
名人
ですからね
どうもそうのようで
と
花瓶
の
水仙
を
眺
める
少
しく
残念
の
気色
にも
取
られる
じゃ
趣向
というのは
それなんですね
と
主人
が
念
を
押
す
いえそれはほんの
冒頭
なので
本論
はこれからなのです
ふ
ん
と
主人
は
好奇的
な
感投詞
を
挟
む
それから
とてもなめくじや
蛙
は
食
おうっても
食
えやしないから
まあ
トチメンボ
くらいなところで
負
けとく
事
にしようじゃないか
君
と
御相談
なさるものですから
私
はつい
何
の
気
なしに
それがいいでしょう
といってしまったので
へ
とちめんぼうは
妙
ですな
ええ
全
く
妙
なのですが
先生
があまり
真面目
だものですから
つい
気
がつきませんでした
とあたかも
主人
に
向
って
麁忽
を
詫
びているように
見
える
それからどうしました
と
主人
は
無頓着
に
聞
く
客
の
謝罪
には
一向同情
を
表
しておらん
それから
ボイ
におい
トチメンボ
を
二人前持
って
来
いというと
ボイ
が
メンチボ
ですかと
聞
き
直
しましたが
先生
はますます
真面目
な
貌
で
メンチボ
じゃない
トチメンボ
だと
訂正
されました
なある
その
トチメンボ
という
料理
は
一体
あるんですか
さあ
私
も
少
しおかしいとは
思
いましたがいかにも
先生
が
沈着
であるし
その
上
あの
通
りの
西洋通
でいらっしゃるし
ことにその
時
は
洋行
なすったものと
信
じ
切
っていたものですから
私
も
口
を
添
えて
トチメンボ
だ
トチメンボ
だと
ボイ
に
教
えてやりました
ボイ
はどうしました
ボイ
がね
今考
えると
実
に
滑稽
なんですがね
しばらく
思案
していましてね
はなはだ
御気
の
毒様
ですが
今日
は
トチメンボ
は
御生憎様
で
メンチボ
なら
御二人前
すぐに
出来
ますと
云
うと
先生
は
非常
に
残念
な
様子
で
それじゃせっかくここまで
来
た
甲斐
がない
どうか
トチメンボ
を
都合
して
食
わせてもらう
訳
には
行
くまいかと
ボイ
に
二十銭銀貨
をやられると
ボイ
はそれではともかくも
料理番
と
相談
して
参
りましょうと
奥
へ
行
きましたよ
大変
トチメンボ
が
食
いたかったと
見
えますね
しばらくして
ボイ
が
出
て
来
て
真
に
御生憎
で
御誂
ならこしらえますが
少々時間
がかかります
と
云
うと
迷亭先生
は
落
ちついたもので
どうせ
我々
は
正月
でひまなんだから
少
し
待
って
食
って
行
こうじゃないかと
云
いながら
ポッケット
から
葉巻
を
出
してぷかりぷかり
吹
かし
始
められたので
私
しも
仕方
がないから
懐
から
日本新聞
を
出
して
読
み
出
しました
すると
ボイ
はまた
奥
へ
相談
に
行
きましたよ
いやに
手数
が
掛
りますな
と
主人
は
戦争
の
通信
を
読
むくらいの
意気込
で
席
を
前
める
すると
ボイ
がまた
出
て
来
て
近頃
は
トチメンボ
の
材料
が
払底
で
亀屋
へ
行
っても
横浜
の
十五番
へ
行
っても
買
われませんから
当分
の
間
は
御生憎様
でと
気
の
毒
そうに
云
うと
先生
はそりゃ
困
ったな
せっかく
来
たのになあと
私
の
方
を
御覧
になってしきりに
繰
り
返
さるるので
私
も
黙
っている
訳
にも
参
りませんから
どうも
遺憾
ですな
遺憾極
るですなと
調子
を
合
せたのです
ごもっともで
と
主人
が
賛成
する
何
がごもっともだか
吾輩
にはわからん
すると
ボイ
も
気
の
毒
だと
見
えて
その
内材料
が
参
りましたら
どうか
願
いますってんでしょう
先生
が
材料
は
何
を
使
うかねと
問
われると
ボイ
はへへへへと
笑
って
返事
をしないんです
材料
は
日本派
の
俳人
だろうと
先生
が
押
し
返
して
聞
くと
ボイ
はへえさようで
それだものだから
近頃
は
横浜
へ
行
っても
買
われませんので
まことにお
気
の
毒様
と
云
いましたよ
アハハハ
それが
落
ちなんですか
こりゃ
面白
い
と
主人
はいつになく
大
きな
声
で
笑
う
膝
が
揺
れて
吾輩
は
落
ちかかる
主人
はそれにも
頓着
なく
笑
う
アンドレア
デル
サルト
に
罹
ったのは
自分一人
でないと
云
う
事
を
知
ったので
急
に
愉快
になったものと
見
える
それから
二人
で
表
へ
出
ると
どうだ
君
うまく
行
ったろう
橡面坊
を
種
に
使
ったところが
面白
かろうと
大得意
なんです
敬服
の
至
りですと
云
って
御別
れしたようなものの
実
は
午飯
の
時刻
が
延
びたので
大変空腹
になって
弱
りましたよ
それは
御迷惑
でしたろう
と
主人
は
始
めて
同情
を
表
する
これには
吾輩
も
異存
はない
しばらく
話
しが
途切
れて
吾輩
の
咽喉
を
鳴
らす
音
が
主客
の
耳
に
入
る
東風君
は
冷
めたくなった
茶
をぐっと
飲
み
干
して
実
は
今日参
りましたのは
少々先生
に
御願
があって
参
ったので
と
改
まる
はあ
何
か
御用
で
と
主人
も
負
けずに
済
ます
御承知
の
通
り
文学美術
が
好
きなものですから
結構
で
と
油
を
注
す
同志
だけがよりましてせんだってから
朗読会
というのを
組織
しまして
毎月一回会合
してこの
方面
の
研究
をこれから
続
けたいつもりで
すでに
第一回
は
去年
の
暮
に
開
いたくらいであります
ちょっと
伺
っておきますが
朗読会
と
云
うと
何
か
節奏
でも
附
けて
詩歌文章
の
類
を
読
むように
聞
えますが
一体
どんな
風
にやるんです
まあ
初
めは
古人
の
作
からはじめて
追々
は
同人
の
創作
なんかもやるつもりです
古人
の
作
というと
白楽天
の
琵琶行
のようなものででもあるんですか
いいえ
蕪村
の
春風馬堤曲
の
種類
ですか
いいえ
それじゃ
どんなものをやったんです
せんだっては
近松
の
心中物
をやりました
近松
あの
浄瑠璃
の
近松
ですか
近松
に
二人
はない
近松
といえば
戯曲家
の
近松
に
極
っている
それを
聞
き
直
す
主人
はよほど
愚
だと
思
っていると
主人
は
何
にも
分
らずに
吾輩
の
頭
を
叮嚀
に
撫
でている
藪睨
みから
惚
れられたと
自認
している
人間
もある
世
の
中
だからこのくらいの
誤謬
は
決
して
驚
くに
足
らんと
撫
でらるるがままにすましていた
ええ
と
答
えて
東風子
は
主人
の
顔色
を
窺
う
それじゃ
一人
で
朗読
するのですか
または
役割
を
極
めてやるんですか
役
を
極
めて
懸合
でやって
見
ました
その
主意
はなるべく
作中
の
人物
に
同情
を
持
ってその
性格
を
発揮
するのを
第一
として
それに
手真似
や
身振
りを
添
えます
白
はなるべくその
時代
の
人
を
写
し
出
すのが
主
で
御嬢
さんでも
丁稚
でも
その
人物
が
出
てきたようにやるんです
じゃ
まあ
芝居見
たようなものじゃありませんか
ええ
衣装
と
書割
がないくらいなものですな
失礼
ながらうまく
行
きますか
まあ
第一回
としては
成功
した
方
だと
思
います
それでこの
前
やったとおっしゃる
心中物
というと
その
船頭
が
御客
を
乗
せて
芳原
へ
行
く
所
なんで
大変
な
幕
をやりましたな
と
教師
だけにちょっと
首
を
傾
ける
鼻
から
吹
き
出
した
日
の
出
の
煙
りが
耳
を
掠
めて
顔
の
横手
へ
廻
る
なあに
そんなに
大変
な
事
もないんです
登場
の
人物
は
御客
と
船頭
と
花魁
と
仲居
と
遣手
と
見番
だけですから
と
東風子
は
平気
なものである
主人
は
花魁
という
名
をきいてちょっと
苦
い
顔
をしたが
仲居
遣手
見番
という
術語
について
明瞭
の
智識
がなかったと
見
えてまず
質問
を
呈出
した
仲居
というのは
娼家
の
下婢
にあたるものですかな
まだよく
研究
はして
見
ませんが
仲居
は
茶屋
の
下女
で
遣手
というのが
女部屋
の
助役見
たようなものだろうと
思
います
東風子
はさっき
その
人物
が
出
て
来
るように
仮色
を
使
うと
云
った
癖
に
遣手
や
仲居
の
性格
をよく
解
しておらんらしい
なるほど
仲居
は
茶屋
に
隷属
するもので
遣手
は
娼家
に
起臥
する
者
ですね
次
に
見番
と
云
うのは
人間
ですかまたは
一定
の
場所
を
指
すのですか
もし
人間
とすれば
男
ですか
女
ですか
見番
は
何
でも
男
の
人間
だと
思
います
何
を
司
どっているんですかな
さあそこまではまだ
調
べが
届
いておりません
その
内調
べて
見
ましょう
これで
懸合
をやった
日
には
頓珍漢
なものが
出来
るだろうと
吾輩
は
主人
の
顔
をちょっと
見上
げた
主人
は
存外真面目
である
それで
朗読家
は
君
のほかにどんな
人
が
加
わったんですか
いろいろおりました
花魁
が
法学士
の
君
でしたが
口髯
を
生
やして
女
の
甘
ったるいせりふを
使
かうのですからちょっと
妙
でした
それにその
花魁
が
癪
を
起
すところがあるので
朗読
でも
癪
を
起
さなくっちゃ
いけないんですか
と
主人
は
心配
そうに
尋
ねる
ええとにかく
表情
が
大事
ですから
と
東風子
はどこまでも
文芸家
の
気
でいる
うまく
癪
が
起
りましたか
と
主人
は
警句
を
吐
く
癪
だけは
第一回
には
ちと
無理
でした
と
東風子
も
警句
を
吐
く
ところで
君
は
何
の
役割
でした
と
主人
が
聞
く
私
しは
船頭
へ
君
が
船頭
君
にして
船頭
が
務
まるものなら
僕
にも
見番
くらいはやれると
云
ったような
語気
を
洩
らす
やがて
船頭
は
無理
でしたか
と
御世辞
のないところを
打
ち
明
ける
東風子
は
別段癪
に
障
った
様子
もない
やはり
沈着
な
口調
で
その
船頭
でせっかくの
催
しも
竜頭蛇尾
に
終
りました
実
は
会場
の
隣
りに
女学生
が
四五人下宿
していましてね
それがどうして
聞
いたものか
その
日
は
朗読会
があるという
事
を
どこかで
探知
して
会場
の
窓下
へ
来
て
傍聴
していたものと
見
えます
私
しが
船頭
の
仮色
を
使
って
ようやく
調子
づいてこれなら
大丈夫
と
思
って
得意
にやっていると
つまり
身振
りがあまり
過
ぎたのでしょう
今
まで
耐
らえていた
女学生
が
一度
にわっと
笑
いだしたものですから
驚
ろいた
事
も
驚
ろいたし
極
りが
悪
るい
事
も
悪
るいし
それで
腰
を
折
られてから
どうしても
後
がつづけられないので
とうとうそれ
限
りで
散会
しました
第一回
としては
成功
だと
称
する
朗読会
がこれでは
失敗
はどんなものだろうと
想像
すると
笑
わずにはいられない
覚
えず
咽喉仏
がごろごろ
鳴
る
主人
はいよいよ
柔
かに
頭
を
撫
でてくれる
人
を
笑
って
可愛
がられるのはありがたいが
いささか
無気味
なところもある
それは
飛
んだ
事
で
と
主人
は
正月早々弔詞
を
述
べている
第二回
からは
もっと
奮発
して
盛大
にやるつもりなので
今日出
ましたのも
全
くそのためで
実
は
先生
にも
一
つ
御入会
の
上御尽力
を
仰
ぎたいので
僕
にはとても
癪
なんか
起
せませんよ
と
消極的
の
主人
はすぐに
断
わりかける
いえ
癪
などは
起
していただかんでもよろしいので
ここに
賛助員
の
名簿
が
と
云
いながら
紫
の
風呂敷
から
大事
そうに
小菊版
の
帳面
を
出
す
これへどうか
御署名
の
上御捺印
を
願
いたいので
と
帳面
を
主人
の
膝
の
前
へ
開
いたまま
置
く
見
ると
現今知名
な
文学博士
文学士連中
の
名
が
行儀
よく
勢揃
をしている
はあ
賛成員
にならん
事
もありませんが
どんな
義務
があるのですか
と
牡蠣先生
は
掛念
の
体
に
見
える
義務
と
申
して
別段是非願
う
事
もないくらいで
ただ
御名前
だけを
御記入下
さって
賛成
の
意
さえ
御表
し
被下
ればそれで
結構
です
そんなら
這入
ります
と
義務
のかからぬ
事
を
知
るや
否
や
主人
は
急
に
気軽
になる
責任
さえないと
云
う
事
が
分
っておれば
謀叛
の
連判状
へでも
名
を
書
き
入
れますと
云
う
顔付
をする
加之
こう
知名
の
学者
が
名前
を
列
ねている
中
に
姓名
だけでも
入籍
させるのは
今
までこんな
事
に
出合
った
事
のない
主人
にとっては
無上
の
光栄
であるから
返事
の
勢
のあるのも
無理
はない
ちょっと
失敬
と
主人
は
書斎
へ
印
をとりに
這入
る
吾輩
はぼたりと
畳
の
上
へ
落
ちる
東風子
は
菓子皿
の
中
の
カステラ
をつまんで
一口
に
頬張
る
モゴモゴ
しばらくは
苦
しそうである
吾輩
は
今朝
の
雑煮事件
をちょっと
思
い
出
す
主人
が
書斎
から
印形
を
持
って
出
て
来
た
時
は
東風子
の
胃
の
中
に
カステラ
が
落
ちついた
時
であった
主人
は
菓子皿
の
カステラ
が
一切足
りなくなった
事
には
気
が
着
かぬらしい
もし
気
がつくとすれば
第一
に
疑
われるものは
吾輩
であろう
東風子
が
帰
ってから
主人
が
書斎
に
入
って
机
の
上
を
見
ると
いつの
間
にか
迷亭先生
の
手紙
が
来
ている
新年
の
御慶目出度申納候
いつになく
出
が
真面目
だと
主人
が
思
う
迷亭先生
の
手紙
に
真面目
なのはほとんどないので
この
間
などは
其後別
に
恋着
せる
婦人
も
無之
いず
方
より
艶書
も
参
らず
先
ず
先
ず
無事
に
消光罷
り
在
り
候間
乍憚御休心可被下候
と
云
うのが
来
たくらいである
それに
較
べるとこの
年始状
は
例外
にも
世間的
である
一寸参堂仕
り
度候
えども
大兄
の
消極主義
に
反
して
出来得
る
限
り
積極的方針
を
以
て
此千古未曾有
の
新年
を
迎
うる
計画故
毎日毎日目
の
廻
る
程
の
多忙
御推察願上候
なるほどあの
男
の
事
だから
正月
は
遊
び
廻
るのに
忙
がしいに
違
いないと
主人
は
腹
の
中
で
迷亭君
に
同意
する
昨日
は
一刻
のひまを
偸
み
東風子
に
トチメンボ
の
御馳走
を
致
さんと
存
じ
候処
生憎材料払底
の
為
め
其意
を
果
さず
遺憾千万
に
存候
そろそろ
例
の
通
りになって
来
たと
主人
は
無言
で
微笑
する
明日
は
某男爵
の
歌留多会
明後日
は
審美学協会
の
新年宴会
其明日
は
鳥部教授歓迎会
其又明日
は
うるさいなと
主人
は
読
みとばす
右
の
如
く
謡曲会
俳句会
短歌会
新体詩会等
会
の
連発
にて
当分
の
間
は
のべつ
幕無
しに
出勤致
し
候為
め
不得已賀状
を
以
て
拝趨
の
礼
に
易
え
候段不悪御宥恕被下度候
別段
くるにも
及
ばんさと
主人
は
手紙
に
返事
をする
今度御光来
の
節
は
久
し
振
りにて
晩餐
でも
供
し
度心得
に
御座候
寒厨何
の
珍味
も
無之候
えども
せめては
トチメンボ
でもと
只今
より
心掛居候
まだ
トチメンボ
を
振
り
廻
している
失敬
なと
主人
はちょっとむっとする
然
し
トチメンボ
は
近頃材料払底
の
為
め
ことに
依
ると
間
に
合
い
兼候
も
計
りがたきにつき
其節
は
孔雀
の
舌
でも
御風味
に
入
れ
可申候
両天秤
をかけたなと
主人
は
あとが
読
みたくなる
御承知
の
通
り
孔雀一羽
につき
舌肉
の
分量
は
小指
の
半
ばにも
足
らぬ
程故健啖
なる
大兄
の
胃嚢
を
充
たす
為
には
うそをつけと
主人
は
打
ち
遣
ったようにいう
是非共二三十羽
の
孔雀
を
捕獲致
さざる
可
らずと
存候
然
る
所孔雀
は
動物園
浅草花屋敷等
には
ちらほら
見受
け
候
えども
普通
の
鳥屋抔
には
一向見当
り
不申
苦心此事
に
御座候
独
りで
勝手
に
苦心
しているのじゃないかと
主人
は
毫
も
感謝
の
意
を
表
しない
此孔雀
の
舌
の
料理
は
往昔羅馬全盛
の
砌
り
一時非常
に
流行致
し
候
ものにて
豪奢風流
の
極度
と
平生
よりひそかに
食指
を
動
かし
居候次第御諒察可被下候
何
が
御諒察
だ
馬鹿
なと
主人
はすこぶる
冷淡
である
降
って
十六七世紀
の
頃迄
は
全欧
を
通
じて
孔雀
は
宴席
に
欠
くべからざる
好味
と
相成居候
レスタ
伯
が
エリザベス
女皇
を
ケニルウォ
ス
に
招待致
し
候節
も
慥
か
孔雀
を
使用致
し
候様記憶致候
有名
なる
レンブラント
が
画
き
候饗宴
の
図
にも
孔雀
が
尾
を
広
げたる
儘卓上
に
横
わり
居
り
候
孔雀
の
料理史
をかくくらいなら
そんなに
多忙
でもなさそうだと
不平
をこぼす
とにかく
近頃
の
如
く
御馳走
の
食
べ
続
けにては
さすがの
小生
も
遠
からぬうちに
大兄
の
如
く
胃弱
と
相成
るは
必定
大兄
のごとくは
余計
だ
何
も
僕
を
胃弱
の
標準
にしなくても
済
むと
主人
はつぶやいた
歴史家
の
説
によれば
羅馬人
は
日
に
二度三度
も
宴会
を
開
き
候由
日
に
二度
も
三度
も
方丈
の
食饌
に
就
き
候
えば
如何
なる
健胃
の
人
にても
消化機能
に
不調
を
醸
すべく
従
って
自然
は
大兄
の
如
く
また
大兄
のごとくか
失敬
な
然
るに
贅沢
と
衛生
とを
両立
せしめんと
研究
を
尽
したる
彼等
は
不相当
に
多量
の
滋味
を
貪
ると
同時
に
胃腸
を
常態
に
保持
するの
必要
を
認
め
ここに
一
の
秘法
を
案出致
し
候
はてねと
主人
は
急
に
熱心
になる
彼等
は
食後必
ず
入浴致候
入浴後一種
の
方法
によりて
浴前
に
嚥下
せるものを
悉
く
嘔吐
し
胃内
を
掃除致
し
候
胃内廓清
の
功
を
奏
したる
後又食卓
に
就
き
飽
く
迄珍味
を
風好
し
風好
し
了
れば
又湯
に
入
りて
之
を
吐出致候
かくの
如
くすれば
好物
は
貪
ぼり
次第貪
り
候
も
毫
も
内臓
の
諸機関
に
障害
を
生
ぜず
一挙両得
とは
此等
の
事
を
可申
かと
愚考致候
なるほど
一挙両得
に
相違
ない
主人
は
羨
ましそうな
顔
をする
廿世紀
の
今日交通
の
頻繁
宴会
の
増加
は
申
す
迄
もなく
軍国多事征露
の
第二年
とも
相成候折柄
吾人戦勝国
の
国民
は
是非共羅馬人
に
傚
って
此入浴嘔吐
の
術
を
研究
せざるべからざる
機会
に
到着致
し
候事
と
自信致候
左
もなくば
切角
の
大国民
も
近
き
将来
に
於
て
悉
く
大兄
の
如
く
胃病患者
と
相成
る
事
と
窃
かに
心痛罷
りあり
候
また
大兄
のごとくか
癪
に
障
る
男
だと
主人
が
思
う
此際吾人西洋
の
事情
に
通
ずる
者
が
古史伝説
を
考究
し
既
に
廃絶
せる
秘法
を
発見
し
之
を
明治
の
社会
に
応用致
し
候
わば
所謂禍
を
未萌
に
防
ぐの
功徳
にも
相成
り
平素逸楽
を
擅
に
致
し
候御恩返
も
相立
ち
可申
と
存候
何
だか
妙
だなと
首
を
捻
る
依
て
此間中
より
ギボン
モンセン
スミス
等諸家
の
著述
を
渉猟致
し
居候
えども
未
だに
発見
の
端緒
をも
見出
し
得
ざるは
残念
の
至
に
存候
然
し
御存
じの
如
く
小生
は
一度思
い
立
ち
候事
は
成功
するまでは
決
して
中絶仕
らざる
性質
に
候
えば
嘔吐方
を
再興致
し
候
も
遠
からぬうちと
信
じ
居
り
候次第
右
は
発見次第御報道可仕候
につき
左様御承知可被下候
就
てはさきに
申上候
トチメンボ
及
び
孔雀
の
舌
の
御馳走
も
可相成
は
右発見後
に
致
し
度
左
すれば
小生
の
都合
は
勿論
既
に
胃弱
に
悩
み
居
らるる
大兄
の
為
にも
御便宜
かと
存候草々不備
何
だとうとう
担
がれたのか
あまり
書
き
方
が
真面目
だものだからつい
仕舞
まで
本気
にして
読
んでいた
新年匆々
こんな
悪戯
をやる
迷亭
はよっぽどひま
人
だなあと
主人
は
笑
いながら
云
った
それから
四五日
は
別段
の
事
もなく
過
ぎ
去
った
白磁
の
水仙
がだんだん
凋
んで
青軸
の
梅
が
瓶
ながらだんだん
開
きかかるのを
眺
め
暮
らしてばかりいてもつまらんと
思
って
一両度三毛子
を
訪問
して
見
たが
逢
われない
最初
は
留守
だと
思
ったが
二返目
には
病気
で
寝
ているという
事
が
知
れた
障子
の
中
で
例
の
御師匠
さんと
下女
が
話
しをしているのを
手水鉢
の
葉蘭
の
影
に
隠
れて
聞
いているとこうであった
三毛
は
御飯
をたべるかい
いいえ
今朝
からまだ
何
にも
食
べません
あったかにして
御火燵
に
寝
かしておきました
何
だか
猫
らしくない
まるで
人間
の
取扱
を
受
けている
一方
では
自分
の
境遇
と
比
べて
見
て
羨
ましくもあるが
一方
では
己
が
愛
している
猫
がかくまで
厚遇
を
受
けていると
思
えば
嬉
しくもある
どうも
困
るね
御飯
をたべないと
身体
が
疲
れるばかりだからね
そうでございますとも
私共
でさえ
一日御
をいただかないと
明
くる
日
はとても
働
けませんもの
下女
は
自分
より
猫
の
方
が
上等
な
動物
であるような
返事
をする
実際
この
家
では
下女
より
猫
の
方
が
大切
かも
知
れない
御医者様
へ
連
れて
行
ったのかい
ええ
あの
御医者
はよっぽど
妙
でございますよ
私
が
三毛
をだいて
診察場
へ
行
くと
風邪
でも
引
いたのかって
私
の
脈
をとろうとするんでしょう
いえ
病人
は
私
ではございません
これですって
三毛
を
膝
の
上
へ
直
したら
にやにや
笑
いながら
猫
の
病気
はわしにも
分
らん
抛
っておいたら
今
に
癒
るだろうってんですもの
あんまり
苛
いじゃございませんか
腹
が
立
ったから
それじゃ
見
ていただかなくってもようございますこれでも
大事
の
猫
なんですって
三毛
を
懐
へ
入
れてさっさと
帰
って
参
りました
ほんにねえ
ほんにねえ
は
到底吾輩
のうちなどで
聞
かれる
言葉
ではない
やはり
天璋院様
の
何
とかの
何
とかでなくては
使
えない
はなはだ
雅
であると
感心
した
何
だかしくしく
云
うようだが
ええきっと
風邪
を
引
いて
咽喉
が
痛
むんでございますよ
風邪
を
引
くと
どなたでも
御咳
が
出
ますからね
天璋院様
の
何
とかの
何
とかの
下女
だけに
馬鹿叮嚀
な
言葉
を
使
う
それに
近頃
は
肺病
とか
云
うものが
出来
てのう
ほんとにこの
頃
のように
肺病
だの
ペスト
だのって
新
しい
病気
ばかり
殖
えた
日
にゃ
油断
も
隙
もなりゃしませんのでございますよ
旧幕時代
に
無
い
者
に
碌
な
者
はないから
御前
も
気
をつけないといかんよ
そうでございましょうかねえ
下女
は
大
に
感動
している
風邪
を
引
くといってもあまり
出
あるきもしないようだったに
いえね
あなた
それが
近頃
は
悪
い
友達
が
出来
ましてね
下女
は
国事
の
秘密
でも
語
る
時
のように
大得意
である
悪
い
友達
ええあの
表通
りの
教師
の
所
にいる
薄
ぎたない
雄猫
でございますよ
教師
と
云
うのは
あの
毎朝無作法
な
声
を
出
す
人
かえ
ええ
顔
を
洗
うたんびに
鵝鳥
が
絞
め
殺
されるような
声
を
出
す
人
でござんす
鵝鳥
が
絞
め
殺
されるような
声
はうまい
形容
である
吾輩
の
主人
は
毎朝風呂場
で
含嗽
をやる
時
楊枝
で
咽喉
をつっ
突
いて
妙
な
声
を
無遠慮
に
出
す
癖
がある
機嫌
の
悪
い
時
はやけにがあがあやる
機嫌
の
好
い
時
は
元気
づいてなおがあがあやる
つまり
機嫌
のいい
時
も
悪
い
時
も
休
みなく
勢
よくがあがあやる
細君
の
話
しではここへ
引越
す
前
まではこんな
癖
はなかったそうだが
ある
時
ふとやり
出
してから
今日
まで
一日
もやめた
事
がないという
ちょっと
厄介
な
癖
であるが
なぜこんな
事
を
根気
よく
続
けているのか
吾等猫
などには
到底想像
もつかん
それもまず
善
いとして
薄
ぎたない
猫
とは
随分酷評
をやるものだとなお
耳
を
立
ててあとを
聞
く
あんな
声
を
出
して
何
の
呪
いになるか
知
らん
御維新前
は
中間
でも
草履取
りでも
相応
の
作法
は
心得
たもので
屋敷町
などで
あんな
顔
の
洗
い
方
をするものは
一人
もおらなかったよ
そうでございましょうともねえ
下女
は
無暗
に
感服
しては
無暗
にねえを
使用
する
あんな
主人
を
持
っている
猫
だから
どうせ
野良猫
さ
今度来
たら
少
し
叩
いておやり
叩
いてやりますとも
三毛
の
病気
になったのも
全
くあいつの
御蔭
に
相違
ございませんもの
きっと
讐
をとってやります
飛
んだ
冤罪
を
蒙
ったものだ
こいつは
滅多
に
近
か
寄
れないと
三毛子
にはとうとう
逢
わずに
帰
った
帰
って
見
ると
主人
は
書斎
の
中
で
何
か
沈吟
の
体
で
筆
を
執
っている
二絃琴
の
御師匠
さんの
所
で
聞
いた
評判
を
話
したら
さぞ
怒
るだろうが
知
らぬが
仏
とやらで
うんうん
云
いながら
神聖
な
詩人
になりすましている
ところへ
当分多忙
で
行
かれないと
云
って
わざわざ
年始状
をよこした
迷亭君
が
飄然
とやって
来
る
何
か
新体詩
でも
作
っているのかね
面白
いのが
出来
たら
見
せたまえ
と
云
う
うん
ちょっとうまい
文章
だと
思
ったから
今翻訳
して
見
ようと
思
ってね
と
主人
は
重
たそうに
口
を
開
く
文章
誰
れの
文章
だい
誰
れのか
分
らんよ
無名氏
か
無名氏
の
作
にも
随分善
いのがあるからなかなか
馬鹿
に
出来
ない
全体
どこにあったのか
と
問
う
第二読本
と
主人
は
落
ちつきはらって
答
える
第二読本
第二読本
がどうしたんだ
僕
の
翻訳
している
名文
と
云
うのは
第二読本
の
中
にあると
云
う
事
さ
冗談
じゃない
孔雀
の
舌
の
讐
を
際
どいところで
討
とうと
云
う
寸法
なんだろう
僕
は
君
のような
法螺吹
きとは
違
うさ
と
口髯
を
捻
る
泰然
たるものだ
昔
しある
人
が
山陽
に
先生近頃名文
はござらぬかといったら
山陽
が
馬子
の
書
いた
借金
の
催促状
を
示
して
近来
の
名文
はまずこれでしょうと
云
ったという
話
があるから
君
の
審美眼
も
存外
たしかかも
知
れん
どれ
読
んで
見給
え
僕
が
批評
してやるから
と
迷亭先生
は
審美眼
の
本家
のような
事
を
云
う
主人
は
禅坊主
が
大燈国師
の
遺誡
を
読
むような
声
を
出
して
読
み
始
める
巨人
引力
何
だいその
巨人引力
と
云
うのは
巨人引力
と
云
う
題
さ
妙
な
題
だな
僕
には
意味
がわからんね
引力
と
云
う
名
を
持
っている
巨人
というつもりさ
少
し
無理
なつもりだが
表題
だからまず
負
けておくとしよう
それから
早々本文
を
読
むさ
君
は
声
が
善
いからなかなか
面白
い
雑
ぜかえしてはいかんよ
と
予
じめ
念
を
押
してまた
読
み
始
める
ケ
ト
は
窓
から
外面
を
眺
める
小児
が
球
を
投
げて
遊
んでいる
彼等
は
高
く
球
を
空中
に
擲
つ
球
は
上
へ
上
へとのぼる
しばらくすると
落
ちて
来
る
彼等
はまた
球
を
高
く
擲
つ
再
び
三度
擲
つたびに
球
は
落
ちてくる
なぜ
落
ちるのか
なぜ
上
へ
上
へとのみのぼらぬかと
ケ
ト
が
聞
く
巨人
が
地中
に
住
む
故
に
と
母
が
答
える
彼
は
巨人引力
である
彼
は
強
い
彼
は
万物
を
己
れの
方
へと
引
く
彼
は
家屋
を
地上
に
引
く
引
かねば
飛
んでしまう
小児
も
飛
んでしまう
葉
が
落
ちるのを
見
たろう
あれは
巨人引力
が
呼
ぶのである
本
を
落
す
事
があろう
巨人引力
が
来
いというからである
球
が
空
にあがる
巨人引力
は
呼
ぶ
呼
ぶと
落
ちてくる
それぎりかい
むむ
甘
いじゃないか
いやこれは
恐
れ
入
った
飛
んだところで
トチメンボ
の
御返礼
に
預
った
御返礼
でもなんでもないさ
実際
うまいから
訳
して
見
たのさ
君
はそう
思
わんかね
と
金縁
の
眼鏡
の
奥
を
見
る
どうも
驚
ろいたね
君
にしてこの
伎倆
あらんとは
全
く
此度
という
今度
は
担
がれたよ
降参降参
と
一人
で
承知
して
一人
で
喋舌
る
主人
には
一向通
じない
何
も
君
を
降参
させる
考
えはないさ
ただ
面白
い
文章
だと
思
ったから
訳
して
見
たばかりさ
いや
実
に
面白
い
そう
来
なくっちゃ
本
ものでない
凄
いものだ
恐縮
だ
そんなに
恐縮
するには
及
ばん
僕
も
近頃
は
水彩画
をやめたから
その
代
りに
文章
でもやろうと
思
ってね
どうして
遠近無差別黒白平等
の
水彩画
の
比
じゃない
感服
の
至
りだよ
そうほめてくれると
僕
も
乗
り
気
になる
と
主人
はあくまでも
疳違
いをしている
ところへ
寒月君
が
先日
は
失礼
しましたと
這入
って
来
る
いや
失敬
今大変
な
名文
を
拝聴
して
トチメンボ
の
亡魂
を
退治
られたところで
と
迷亭先生
は
訳
のわからぬ
事
をほのめかす
はあ
そうですか
とこれも
訳
の
分
らぬ
挨拶
をする
主人
だけは
左
のみ
浮
かれた
気色
もない
先日
は
君
の
紹介
で
越智東風
と
云
う
人
が
来
たよ
ああ
上
りましたか
あの
越智東風
と
云
う
男
は
至
って
正直
な
男
ですが
少
し
変
っているところがあるので
あるいは
御迷惑
かと
思
いましたが
是非紹介
してくれというものですから
別
に
迷惑
の
事
もないがね
こちらへ
上
っても
自分
の
姓名
のことについて
何
か
弁
じて
行
きゃしませんか
いいえ
そんな
話
もなかったようだ
そうですか
どこへ
行
っても
初対面
の
人
には
自分
の
名前
の
講釈
をするのが
癖
でしてね
どんな
講釈
をするんだい
と
事
あれかしと
待
ち
構
えた
迷亭君
は
口
を
入
れる
あの
東風
と
云
うのを
音
で
読
まれると
大変気
にするので
はてね
と
迷亭先生
は
金唐皮
の
煙草入
から
煙草
をつまみ
出
す
私
しの
名
は
越智東風
ではありません
越智
こちですと
必
ず
断
りますよ
妙
だね
と
雲井
を
腹
の
底
まで
呑
み
込
む
それが
全
く
文学熱
から
来
たので
こちと
読
むと
遠近
と
云
う
成語
になる
のみならずその
姓名
が
韻
を
踏
んでいると
云
うのが
得意
なんです
それだから
東風
を
音
で
読
むと
僕
がせっかくの
苦心
を
人
が
買
ってくれないといって
不平
を
云
うのです
こりゃなるほど
変
ってる
と
迷亭先生
は
図
に
乗
って
腹
の
底
から
雲井
を
鼻
の
孔
まで
吐
き
返
す
途中
で
煙
が
戸迷
いをして
咽喉
の
出口
へ
引
きかかる
先生
は
煙管
を
握
ってごほんごほんと
咽
び
返
る
先日来
た
時
は
朗読会
で
船頭
になって
女学生
に
笑
われたといっていたよ
と
主人
は
笑
いながら
云
う
うむそれそれ
と
迷亭先生
が
煙管
で
膝頭
を
叩
く
吾輩
は
険呑
になったから
少
し
傍
を
離
れる
その
朗読会
さ
せんだって
トチメンボ
を
御馳走
した
時
にね
その
話
しが
出
たよ
何
でも
第二回
には
知名
の
文士
を
招待
して
大会
をやるつもりだから
先生
にも
是非御臨席
を
願
いたいって
それから
僕
が
今度
も
近松
の
世話物
をやるつもりかいと
聞
くと
いえこの
次
はずっと
新
しい
者
を
撰
んで
金色夜叉
にしましたと
云
うから
君
にゃ
何
の
役
が
当
ってるかと
聞
いたら
私
は
御宮
ですといったのさ
東風
の
御宮
は
面白
かろう
僕
は
是非出席
して
喝采
しようと
思
ってるよ
面白
いでしょう
と
寒月君
が
妙
な
笑
い
方
をする
しかしあの
男
はどこまでも
誠実
で
軽薄
なところがないから
好
い
迷亭
などとは
大違
いだ
と
主人
は
アンドレア
デル
サルト
と
孔雀
の
舌
と
トチメンボ
の
復讐
を
一度
にとる
迷亭君
は
気
にも
留
めない
様子
で
どうせ
僕
などは
行徳
の
俎
と
云
う
格
だからなあ
と
笑
う
まずそんなところだろう
と
主人
が
云
う
実
は
行徳
の
俎
と
云
う
語
を
主人
は
解
さないのであるが
さすが
永年教師
をして
胡魔化
しつけているものだから
こんな
時
には
教場
の
経験
を
社交上
にも
応用
するのである
行徳
の
俎
というのは
何
の
事
ですか
と
寒月
が
真率
に
聞
く
主人
は
床
の
方
を
見
て
あの
水仙
は
暮
に
僕
が
風呂
の
帰
りがけに
買
って
来
て
挿
したのだが
よく
持
つじゃないか
と
行徳
の
俎
を
無理
にねじ
伏
せる
暮
といえば
去年
の
暮
に
僕
は
実
に
不思議
な
経験
をしたよ
と
迷亭
が
煙管
を
大神楽
のごとく
指
の
尖
で
廻
わす
どんな
経験
か
聞
かし
玉
え
と
主人
は
行徳
の
俎
を
遠
く
後
に
見捨
てた
気
で
ほっと
息
をつく
迷亭先生
の
不思議
な
経験
というのを
聞
くと
左
のごとくである
たしか
暮
の
二十七日
と
記憶
しているがね
例
の
東風
から
参堂
の
上是非文芸上
の
御高話
を
伺
いたいから
御在宿
を
願
うと
云
う
先
き
触
れがあったので
朝
から
心待
ちに
待
っていると
先生
なかなか
来
ないやね
昼飯
を
食
って
スト
ブ
の
前
で
バリ
ペ
ン
の
滑稽物
を
読
んでいるところへ
静岡
の
母
から
手紙
が
来
たから
見
ると
年寄
だけにいつまでも
僕
を
小供
のように
思
ってね
寒中
は
夜間外出
をするなとか
冷水浴
もいいが
スト
ブ
を
焚
いて
室
を
煖
かにしてやらないと
風邪
を
引
くとかいろいろの
注意
があるのさ
なるほど
親
はありがたいものだ
他人
ではとてもこうはいかないと
呑気
な
僕
もその
時
だけは
大
に
感動
した
それにつけても
こんなにのらくらしていては
勿体
ない
何
か
大著述
でもして
家名
を
揚
げなくてはならん
母
の
生
きているうちに
天下
をして
明治
の
文壇
に
迷亭先生
あるを
知
らしめたいと
云
う
気
になった
それからなお
読
んで
行
くと
御前
なんぞは
実
に
仕合
せ
者
だ
露西亜
と
戦争
が
始
まって
若
い
人達
は
大変
な
辛苦
をして
御国
のために
働
らいているのに
節季師走
でもお
正月
のように
気楽
に
遊
んでいると
書
いてある
僕
はこれでも
母
の
思
ってるように
遊
んじゃいないやね
そのあとへ
以
て
来
て
僕
の
小学校時代
の
朋友
で
今度
の
戦争
に
出
て
死
んだり
負傷
したものの
名前
が
列挙
してあるのさ
その
名前
を
一々読
んだ
時
には
何
だか
世
の
中
が
味気
なくなって
人間
もつまらないと
云
う
気
が
起
ったよ
一番仕舞
にね
私
しも
取
る
年
に
候
えば
初春
の
御雑煮
を
祝
い
候
も
今度限
りかと
何
だか
心細
い
事
が
書
いてあるんで
なおのこと
気
がくさくさしてしまって
早
く
東風
が
来
れば
好
いと
思
ったが
先生
どうしても
来
ない
そのうちとうとう
晩飯
になったから
母
へ
返事
でも
書
こうと
思
ってちょいと
十二三行
かいた
母
の
手紙
は
六尺以上
もあるのだが
僕
にはとてもそんな
芸
は
出来
んから
いつでも
十行内外
で
御免蒙
る
事
に
極
めてあるのさ
すると
一日動
かずにおったものだから
胃
の
具合
が
妙
で
苦
しい
東風
が
来
たら
待
たせておけと
云
う
気
になって
郵便
を
入
れながら
散歩
に
出掛
けたと
思
い
給
え
いつになく
富士見町
の
方
へは
足
が
向
かないで
土手三番町
の
方
へ
我
れ
知
らず
出
てしまった
ちょうどその
晩
は
少
し
曇
って
から
風
が
御濠
の
向
うから
吹
き
付
ける
非常
に
寒
い
神楽坂
の
方
から
汽車
が
ヒュ
と
鳴
って
土手下
を
通
り
過
ぎる
大変淋
しい
感
じがする
暮
戦死
老衰
無常迅速
などと
云
う
奴
が
頭
の
中
をぐるぐる
馳
け
廻
る
よく
人
が
首
を
縊
ると
云
うがこんな
時
にふと
誘
われて
死
ぬ
気
になるのじゃないかと
思
い
出
す
ちょいと
首
を
上
げて
土手
の
上
を
見
ると
いつの
間
にか
例
の
松
の
真下
に
来
ているのさ
例
の
松
た
何
だい
と
主人
が
断句
を
投
げ
入
れる
首懸
の
松
さ
と
迷亭
は
領
を
縮
める
首懸
の
松
は
鴻
の
台
でしょう
寒月
が
波紋
をひろげる
鴻
の
台
のは
鐘懸
の
松
で
土手三番町
のは
首懸
の
松
さ
なぜこう
云
う
名
が
付
いたかと
云
うと
昔
しからの
言
い
伝
えで
誰
でもこの
松
の
下
へ
来
ると
首
が
縊
りたくなる
土手
の
上
に
松
は
何十本
となくあるが
そら
首縊
りだと
来
て
見
ると
必
ずこの
松
へぶら
下
がっている
年
に
二三返
はきっとぶら
下
がっている
どうしても
他
の
松
では
死
ぬ
気
にならん
見
ると
うまい
具合
に
枝
が
往来
の
方
へ
横
に
出
ている
ああ
好
い
枝振
りだ
あのままにしておくのは
惜
しいものだ
どうかしてあすこの
所
へ
人間
を
下
げて
見
たい
誰
か
来
ないかしらと
四辺
を
見渡
すと
生憎誰
も
来
ない
仕方
がない
自分
で
下
がろうか
知
らん
いやいや
自分
が
下
がっては
命
がない
危
ないからよそう
しかし
昔
の
希臘人
は
宴会
の
席
で
首縊
りの
真似
をして
余興
を
添
えたと
云
う
話
しがある
一人
が
台
の
上
へ
登
って
縄
の
結
び
目
へ
首
を
入
れる
途端
に
他
のものが
台
を
蹴返
す
首
を
入
れた
当人
は
台
を
引
かれると
同時
に
縄
をゆるめて
飛
び
下
りるという
趣向
である
果
してそれが
事実
なら
別段恐
るるにも
及
ばん
僕
も
一
つ
試
みようと
枝
へ
手
を
懸
けて
見
ると
好
い
具合
に
撓
る
撓
り
按排
が
実
に
美的
である
首
がかかってふわふわするところを
想像
して
見
ると
嬉
しくてたまらん
是非
やる
事
にしようと
思
ったが
もし
東風
が
来
て
待
っていると
気
の
毒
だと
考
え
出
した
それではまず
東風
に
逢
って
約束通
り
話
しをして
それから
出直
そうと
云
う
気
になってついにうちへ
帰
ったのさ
それで
市
が
栄
えたのかい
と
主人
が
聞
く
面白
いですな
と
寒月
がにやにやしながら
云
う
うちへ
帰
って
見
ると
東風
は
来
ていない
しかし
今日
は
無拠処差支
えがあって
出
られぬ
いずれ
永日御面晤
を
期
すという
端書
があったので
やっと
安心
して
これなら
心置
きなく
首
が
縊
れる
嬉
しいと
思
った
で
早速下駄
を
引
き
懸
けて
急
ぎ
足
で
元
の
所
へ
引
き
返
して
見
る
と
云
って
主人
と
寒月
の
顔
を
見
てすましている
見
るとどうしたんだい
と
主人
は
少
し
焦
れる
いよいよ
佳境
に
入
りますね
と
寒月
は
羽織
の
紐
をひねくる
見
ると
もう
誰
か
来
て
先
へぶら
下
がっている
たった
一足違
いでねえ
君
残念
な
事
をしたよ
考
えると
何
でもその
時
は
死神
に
取
り
着
かれたんだね
ゼ
ムス
などに
云
わせると
副意識下
の
幽冥界
と
僕
が
存在
している
現実界
が
一種
の
因果法
によって
互
に
感応
したんだろう
実
に
不思議
な
事
があるものじゃないか
迷亭
はすまし
返
っている
主人
はまたやられたと
思
いながら
何
も
云
わずに
空也餅
を
頬張
って
口
をもごもご
云
わしている
寒月
は
火鉢
の
灰
を
丁寧
に
掻
き
馴
らして
俯向
いてにやにや
笑
っていたが
やがて
口
を
開
く
極
めて
静
かな
調子
である
なるほど
伺
って
見
ると
不思議
な
事
でちょっと
有
りそうにも
思
われませんが
私
などは
自分
でやはり
似
たような
経験
をつい
近頃
したものですから
少
しも
疑
がう
気
になりません
おや
君
も
首
を
縊
りたくなったのかい
いえ
私
のは
首
じゃないんで
これもちょうど
明
ければ
昨年
の
暮
の
事
でしかも
先生
と
同日同刻
くらいに
起
った
出来事
ですからなおさら
不思議
に
思
われます
こりゃ
面白
い
と
迷亭
も
空也餅
を
頬張
る
その
日
は
向島
の
知人
の
家
で
忘年会兼合奏会
がありまして
私
もそれへ
ヴァイオリン
を
携
えて
行
きました
十五六人令嬢
やら
令夫人
が
集
ってなかなか
盛会
で
近来
の
快事
と
思
うくらいに
万事
が
整
っていました
晩餐
もすみ
合奏
もすんで
四方
の
話
しが
出
て
時刻
も
大分遅
くなったから
もう
暇乞
いをして
帰
ろうかと
思
っていますと
某博士
の
夫人
が
私
のそばへ
来
てあなたは
子
さんの
御病気
を
御承知
ですかと
小声
で
聞
きますので
実
はその
両三日前
に
逢
った
時
は
平常
の
通
りどこも
悪
いようには
見受
けませんでしたから
私
も
驚
ろいて
精
しく
様子
を
聞
いて
見
ますと
私
しの
逢
ったその
晩
から
急
に
発熱
して
いろいろな
譫語
を
絶間
なく
口走
るそうで
それだけなら
宜
いですがその
譫語
のうちに
私
の
名
が
時々出
て
来
るというのです
主人
は
無論
迷亭先生
も
御安
くないね
などという
月並
は
云
わず
静粛
に
謹聴
している
医者
を
呼
んで
見
てもらうと
何
だか
病名
はわからんが
何
しろ
熱
が
劇
しいので
脳
を
犯
しているから
もし
睡眠剤
が
思
うように
功
を
奏
しないと
危険
であると
云
う
診断
だそうで
私
はそれを
聞
くや
否
や
一種
いやな
感
じが
起
ったのです
ちょうど
夢
でうなされる
時
のような
重
くるしい
感
じで
周囲
の
空気
が
急
に
固形体
になって
四方
から
吾
が
身
をしめつけるごとく
思
われました
帰
り
道
にもその
事
ばかりが
頭
の
中
にあって
苦
しくてたまらない
あの
奇麗
な
あの
快活
なあの
健康
な
子
さんが
ちょっと
失敬
だが
待
ってくれ
給
え
さっきから
伺
っていると
子
さんと
云
うのが
二返
ばかり
聞
えるようだが
もし
差支
えがなければ
承
わりたいね
君
と
主人
を
顧
みると
主人
も
うむ
と
生返事
をする
いやそれだけは
当人
の
迷惑
になるかも
知
れませんから
廃
しましょう
すべて
曖々然
として
昧々然
たるかたで
行
くつもりかね
冷笑
なさってはいけません
極真面目
な
話
しなんですから
とにかくあの
婦人
が
急
にそんな
病気
になった
事
を
考
えると
実
に
飛花落葉
の
感慨
で
胸
が
一杯
になって
総身
の
活気
が
一度
に
ストライキ
を
起
したように
元気
がにわかに
滅入
ってしまいまして
ただ
蹌々
として
踉々
という
形
ちで
吾妻橋
へきかかったのです
欄干
に
倚
って
下
を
見
ると
満潮
か
干潮
か
分
りませんが
黒
い
水
がかたまってただ
動
いているように
見
えます
花川戸
の
方
から
人力車
が
一台馳
けて
来
て
橋
の
上
を
通
りました
その
提灯
の
火
を
見送
っていると
だんだん
小
くなって
札幌
ビ
ル
の
処
で
消
えました
私
はまた
水
を
見
る
すると
遥
かの
川上
の
方
で
私
の
名
を
呼
ぶ
声
が
聞
えるのです
はてな
今時分人
に
呼
ばれる
訳
はないが
誰
だろうと
水
の
面
をすかして
見
ましたが
暗
くて
何
にも
分
りません
気
のせいに
違
いない
早々帰
ろうと
思
って
一足二足
あるき
出
すと
また
微
かな
声
で
遠
くから
私
の
名
を
呼
ぶのです
私
はまた
立
ち
留
って
耳
を
立
てて
聞
きました
三度目
に
呼
ばれた
時
には
欄干
に
捕
まっていながら
膝頭
ががくがく
悸
え
出
したのです
その
声
は
遠
くの
方
か
川
の
底
から
出
るようですが
紛
れもない
子
の
声
なんでしょう
私
は
覚
えず
は
い
と
返事
をしたのです
その
返事
が
大
きかったものですから
静
かな
水
に
響
いて
自分
で
自分
の
声
に
驚
かされて
はっと
周囲
を
見渡
しました
人
も
犬
も
月
も
何
にも
見
えません
その
時
に
私
はこの
夜
の
中
に
巻
き
込
まれて
あの
声
の
出
る
所
へ
行
きたいと
云
う
気
がむらむらと
起
ったのです
子
の
声
がまた
苦
しそうに
訴
えるように
救
を
求
めるように
私
の
耳
を
刺
し
通
したので
今度
は
今直
に
行
きます
と
答
えて
欄干
から
半身
を
出
して
黒
い
水
を
眺
めました
どうも
私
を
呼
ぶ
声
が
浪
の
下
から
無理
に
洩
れて
来
るように
思
われましてね
この
水
の
下
だなと
思
いながら
私
はとうとう
欄干
の
上
に
乗
りましたよ
今度呼
んだら
飛
び
込
もうと
決心
して
流
を
見
つめているとまた
憐
れな
声
が
糸
のように
浮
いて
来
る
ここだと
思
って
力
を
込
めて
一反飛
び
上
がっておいて
そして
小石
か
何
ぞのように
未練
なく
落
ちてしまいました
とうとう
飛
び
込
んだのかい
と
主人
が
眼
をぱちつかせて
問
う
そこまで
行
こうとは
思
わなかった
と
迷亭
が
自分
の
鼻
の
頭
をちょいとつまむ
飛
び
込
んだ
後
は
気
が
遠
くなって
しばらくは
夢中
でした
やがて
眼
がさめて
見
ると
寒
くはあるが
どこも
濡
れた
所
も
何
もない
水
を
飲
んだような
感
じもしない
たしかに
飛
び
込
んだはずだが
実
に
不思議
だ
こりゃ
変
だと
気
が
付
いてそこいらを
見渡
すと
驚
きましたね
水
の
中
へ
飛
び
込
んだつもりでいたところが
つい
間違
って
橋
の
真中
へ
飛
び
下
りたので
その
時
は
実
に
残念
でした
前
と
後
ろの
間違
だけであの
声
の
出
る
所
へ
行
く
事
が
出来
なかったのです
寒月
はにやにや
笑
いながら
例
のごとく
羽織
の
紐
を
荷厄介
にしている
ハハハハ
これは
面白
い
僕
の
経験
と
善
く
似
ているところが
奇
だ
やはり
ゼ
ムス
教授
の
材料
になるね
人間
の
感応
と
云
う
題
で
写生文
にしたらきっと
文壇
を
驚
かすよ
そしてその
子
さんの
病気
はどうなったかね
と
迷亭先生
が
追窮
する
二三日前年始
に
行
きましたら
門
の
内
で
下女
と
羽根
を
突
いていましたから
病気
は
全快
したものと
見
えます
主人
は
最前
から
沈思
の
体
であったが
この
時
ようやく
口
を
開
いて
僕
にもある
と
負
けぬ
気
を
出
す
あるって
何
があるんだい
迷亭
の
眼中
に
主人
などは
無論
ない
僕
のも
去年
の
暮
の
事
だ
みんな
去年
の
暮
は
暗合
で
妙
ですな
と
寒月
が
笑
う
欠
けた
前歯
のうちに
空也餅
が
着
いている
やはり
同日同刻
じゃないか
と
迷亭
がまぜ
返
す
いや
日
は
違
うようだ
何
でも
二十日頃
だよ
細君
が
御歳暮
の
代
りに
摂津大掾
を
聞
かしてくれろと
云
うから
連
れて
行
ってやらん
事
もないが
今日
の
語
り
物
は
何
だと
聞
いたら
細君
が
新聞
を
参考
して
鰻谷
だと
云
うのさ
鰻谷
は
嫌
いだから
今日
はよそうとその
日
はやめにした
翌日
になると
細君
がまた
新聞
を
持
って
来
て
今日
は
堀川
だからいいでしょうと
云
う
堀川
は
三味線
もので
賑
やかなばかりで
実
がないからよそうと
云
うと
細君
は
不平
な
顔
をして
引
き
下
がった
その
翌日
になると
細君
が
云
うには
今日
は
三十三間堂
です
私
は
是非摂津
の
三十三間堂
が
聞
きたい
あなたは
三十三間堂
も
御嫌
いか
知
らないが
私
に
聞
かせるのだからいっしょに
行
って
下
すっても
宜
いでしょうと
手詰
の
談判
をする
御前
がそんなに
行
きたいなら
行
っても
宜
ろしい
しかし
一世一代
と
云
うので
大変
な
大入
だから
到底突懸
けに
行
ったって
這入
れる
気遣
いはない
元来
ああ
云
う
場所
へ
行
くには
茶屋
と
云
うものが
在
ってそれと
交渉
して
相当
の
席
を
予約
するのが
正当
の
手続
きだから
それを
踏
まないで
常規
を
脱
した
事
をするのはよくない
残念
だが
今日
はやめようと
云
うと
細君
は
凄
い
眼付
をして
私
は
女
ですからそんなむずかしい
手続
きなんか
知
りませんが
大原
のお
母
あさんも
鈴木
の
君代
さんも
正当
の
手続
きを
踏
まないで
立派
に
聞
いて
来
たんですから
いくらあなたが
教師
だからって
そう
手数
のかかる
見物
をしないでもすみましょう
あなたはあんまりだと
泣
くような
声
を
出
す
それじゃ
駄目
でもまあ
行
く
事
にしよう
晩飯
をくって
電車
で
行
こうと
降参
をすると
行
くなら
四時
までに
向
うへ
着
くようにしなくっちゃいけません
そんなぐずぐずしてはいられませんと
急
に
勢
がいい
なぜ
四時
までに
行
かなくては
駄目
なんだと
聞
き
返
すと
そのくらい
早
く
行
って
場所
をとらなくちゃ
這入
れないからですと
鈴木
の
君代
さんから
教
えられた
通
りを
述
べる
それじゃ
四時
を
過
ぎればもう
駄目
なんだねと
念
を
押
して
見
たら
ええ
駄目
ですともと
答
える
すると
君不思議
な
事
にはその
時
から
急
に
悪寒
がし
出
してね
奥
さんがですか
と
寒月
が
聞
く
なに
細君
はぴんぴんしていらあね
僕
がさ
何
だか
穴
の
明
いた
風船玉
のように
一度
に
萎縮
する
感
じが
起
ると
思
うと
もう
眼
がぐらぐらして
動
けなくなった
急病
だね
と
迷亭
が
註釈
を
加
える
ああ
困
った
事
になった
細君
が
年
に
一度
の
願
だから
是非叶
えてやりたい
平生叱
りつけたり
口
を
聞
かなかったり
身上
の
苦労
をさせたり
小供
の
世話
をさせたりするばかりで
何一
つ
洒掃薪水
の
労
に
酬
いた
事
はない
今日
は
幸
い
時間
もある
嚢中
には
四五枚
の
堵物
もある
連
れて
行
けば
行
かれる
細君
も
行
きたいだろう
僕
も
連
れて
行
ってやりたい
是非連
れて
行
ってやりたいがこう
悪寒
がして
眼
がくらんでは
電車
へ
乗
るどころか
靴脱
へ
降
りる
事
も
出来
ない
ああ
気
の
毒
だ
気
の
毒
だと
思
うとなお
悪寒
がしてなお
眼
がくらんでくる
早
く
医者
に
見
てもらって
服薬
でもしたら
四時前
には
全快
するだろうと
それから
細君
と
相談
をして
甘木医学士
を
迎
いにやると
生憎昨夜
が
当番
でまだ
大学
から
帰
らない
二時頃
には
御帰
りになりますから
帰
り
次第
すぐ
上
げますと
云
う
返事
である
困
ったなあ
今杏仁水
でも
飲
めば
四時前
にはきっと
癒
るに
極
っているんだが
運
の
悪
い
時
には
何事
も
思
うように
行
かんもので
たまさか
妻君
の
喜
ぶ
笑顔
を
見
て
楽
もうと
云
う
予算
も
がらりと
外
れそうになって
来
る
細君
は
恨
めしい
顔付
をして
到底
いらっしゃれませんかと
聞
く
行
くよ
必
ず
行
くよ
四時
までにはきっと
直
って
見
せるから
安心
しているがいい
早
く
顔
でも
洗
って
着物
でも
着換
えて
待
っているがいい
と
口
では
云
ったようなものの
胸中
は
無限
の
感慨
である
悪寒
はますます
劇
しくなる
眼
はいよいよぐらぐらする
もしや
四時
までに
全快
して
約束
を
履行
する
事
が
出来
なかったら
気
の
狭
い
女
の
事
だから
何
をするかも
知
れない
情
けない
仕儀
になって
来
た
どうしたら
善
かろう
万一
の
事
を
考
えると
今
の
内
に
有為転変
の
理
生者必滅
の
道
を
説
き
聞
かして
もしもの
変
が
起
った
時取
り
乱
さないくらいの
覚悟
をさせるのも
夫
の
妻
に
対
する
義務
ではあるまいかと
考
え
出
した
僕
は
速
かに
細君
を
書斎
へ
呼
んだよ
呼
んで
御前
は
女
だけれども
と
云
う
西洋
の
諺
くらいは
心得
ているだろうと
聞
くと
そんな
横文字
なんか
誰
が
知
るもんですか
あなたは
人
が
英語
を
知
らないのを
御存
じの
癖
にわざと
英語
を
使
って
人
にからかうのだから
宜
しゅうございます
どうせ
英語
なんかは
出来
ないんですから
そんなに
英語
が
御好
きなら
なぜ
耶蘇学校
の
卒業生
かなんかをお
貰
いなさらなかったんです
あなたくらい
冷酷
な
人
はありはしないと
非常
な
権幕
なんで
僕
もせっかくの
計画
の
腰
を
折
られてしまった
君等
にも
弁解
するが
僕
の
英語
は
決
して
悪意
で
使
った
訳
じゃない
全
く
妻
を
愛
する
至情
から
出
たので
それを
妻
のように
解釈
されては
僕
も
立
つ
瀬
がない
それにさっきからの
悪寒
と
眩暈
で
少
し
脳
が
乱
れていたところへもって
来
て
早
く
有為転変
生者必滅
の
理
を
呑
み
込
ませようと
少
し
急
き
込
んだものだから
つい
細君
の
英語
を
知
らないと
云
う
事
を
忘
れて
何
の
気
も
付
かずに
使
ってしまった
訳
さ
考
えるとこれは
僕
が
悪
るい
全
く
手落
ちであった
この
失敗
で
悪寒
はますます
強
くなる
眼
はいよいよぐらぐらする
妻君
は
命
ぜられた
通
り
風呂場
へ
行
って
両肌
を
脱
いで
御化粧
をして
箪笥
から
着物
を
出
して
着換
える
もういつでも
出掛
けられますと
云
う
風情
で
待
ち
構
えている
僕
は
気
が
気
でない
早
く
甘木君
が
来
てくれれば
善
いがと
思
って
時計
を
見
るともう
三時
だ
四時
にはもう
一時間
しかない
そろそろ
出掛
けましょうか
と
妻君
が
書斎
の
開
き
戸
を
明
けて
顔
を
出
す
自分
の
妻
を
褒
めるのはおかしいようであるが
僕
はこの
時
ほど
細君
を
美
しいと
思
った
事
はなかった
もろ
肌
を
脱
いで
石鹸
で
磨
き
上
げた
皮膚
がぴかついて
黒縮緬
の
羽織
と
反映
している
その
顔
が
石鹸
と
摂津大掾
を
聞
こうと
云
う
希望
との
二
つで
有形無形
の
両方面
から
輝
やいて
見
える
どうしてもその
希望
を
満足
させて
出掛
けてやろうと
云
う
気
になる
それじゃ
奮発
して
行
こうかな
と
一
ぷくふかしているとようやく
甘木先生
が
来
た
うまい
注文通
りに
行
った
が
容体
をはなすと
甘木先生
は
僕
の
舌
を
眺
めて
手
を
握
って
胸
を
敲
いて
背
を
撫
でて
目縁
を
引
っ
繰
り
返
して
頭蓋骨
をさすって
しばらく
考
え
込
んでいる
どうも
少
し
険呑
のような
気
がしまして
と
僕
が
云
うと
先生
は
落
ちついて
いえ
格別
の
事
もございますまい
と
云
う
あのちょっとくらい
外出致
しても
差支
えはございますまいね
と
細君
が
聞
く
さよう
と
先生
はまた
考
え
込
む
御気分
さえ
御悪
くなければ
気分
は
悪
いですよ
と
僕
がいう
じゃともかくも
頓服
と
水薬
を
上
げますから
へえどうか
何
だかちと
危
ないようになりそうですな
いや
決
して
御心配
になるほどの
事
じゃございません
神経
を
御起
しになるといけませんよ
と
先生
が
帰
る
三時
は
三十分過
ぎた
下女
を
薬取
りにやる
細君
の
厳命
で
馳
け
出
して
行
って
馳
け
出
して
返
ってくる
四時十五分前
である
四時
にはまだ
十五分
ある
すると
四時十五分前頃
から
今
まで
何
とも
無
かったのに
急
に
嘔気
を
催
おして
来
た
細君
は
水薬
を
茶碗
へ
注
いで
僕
の
前
へ
置
いてくれたから
茶碗
を
取
り
上
げて
飲
もうとすると
胃
の
中
からげ
と
云
う
者
が
吶喊
して
出
てくる
やむをえず
茶碗
を
下
へ
置
く
細君
は
早
く
御飲
みになったら
宜
いでしょう
と
逼
る
早
く
飲
んで
早
く
出掛
けなくては
義理
が
悪
い
思
い
切
って
飲
んでしまおうとまた
茶碗
を
唇
へつけるとまた
ゲ
が
執念深
く
妨害
をする
飲
もうとしては
茶碗
を
置
き
飲
もうとしては
茶碗
を
置
いていると
茶
の
間
の
柱時計
が
チンチンチンチン
と
四時
を
打
った
さあ
四時
だ
愚図愚図
してはおられんと
茶碗
をまた
取
り
上
げると
不思議
だねえ
君
実
に
不思議
とはこの
事
だろう
四時
の
音
と
共
に
吐
き
気
がすっかり
留
まって
水薬
が
何
の
苦
なしに
飲
めたよ
それから
四時十分頃
になると
甘木先生
の
名医
という
事
も
始
めて
理解
する
事
が
出来
たんだが
背中
がぞくぞくするのも
眼
がぐらぐらするのも
夢
のように
消
えて
当分立
つ
事
も
出来
まいと
思
った
病気
がたちまち
全快
したのは
嬉
しかった
それから
歌舞伎座
へいっしょに
行
ったのかい
と
迷亭
が
要領
を
得
んと
云
う
顔付
をして
聞
く
行
きたかったが
四時
を
過
ぎちゃ
這入
れないと
云
う
細君
の
意見
なんだから
仕方
がない
やめにしたさ
もう
十五分
ばかり
早
く
甘木先生
が
来
てくれたら
僕
の
義理
も
立
つし
妻
も
満足
したろうに
わずか
十五分
の
差
でね
実
に
残念
な
事
をした
考
え
出
すとあぶないところだったと
今
でも
思
うのさ
語
り
了
った
主人
はようやく
自分
の
義務
をすましたような
風
をする
これで
両人
に
対
して
顔
が
立
つと
云
う
気
かも
知
れん
寒月
は
例
のごとく
欠
けた
歯
を
出
して
笑
いながら
それは
残念
でしたな
と
云
う
迷亭
はとぼけた
顔
をして
君
のような
親切
な
夫
を
持
った
妻君
は
実
に
仕合
せだな
と
独
り
言
のようにいう
障子
の
蔭
で
エヘン
と
云
う
細君
の
咳払
いが
聞
える
吾輩
はおとなしく
三人
の
話
しを
順番
に
聞
いていたがおかしくも
悲
しくもなかった
人間
というものは
時間
を
潰
すために
強
いて
口
を
運動
させて
おかしくもない
事
を
笑
ったり
面白
くもない
事
を
嬉
しがったりするほかに
能
もない
者
だと
思
った
吾輩
の
主人
の
我儘
で
偏狭
な
事
は
前
から
承知
していたが
平常
は
言葉数
を
使
わないので
何
だか
了解
しかねる
点
があるように
思
われていた
その
了解
しかねる
点
に
少
しは
恐
しいと
云
う
感
じもあったが
今
の
話
を
聞
いてから
急
に
軽蔑
したくなった
かれはなぜ
両人
の
話
しを
沈黙
して
聞
いていられないのだろう
負
けぬ
気
になって
愚
にもつかぬ
駄弁
を
弄
すれば
何
の
所得
があるだろう
エピクテタス
にそんな
事
をしろと
書
いてあるのか
知
らん
要
するに
主人
も
寒月
も
迷亭
も
太平
の
逸民
で
彼等
は
糸瓜
のごとく
風
に
吹
かれて
超然
と
澄
し
切
っているようなものの
その
実
はやはり
娑婆気
もあり
慾気
もある
競争
の
念
勝
とう
勝
とうの
心
は
彼等
が
日常
の
談笑中
にもちらちらとほのめいて
一歩進
めば
彼等
が
平常罵倒
している
俗骨共
と
一
つ
穴
の
動物
になるのは
猫
より
見
て
気
の
毒
の
至
りである
ただその
言語動作
が
普通
の
半可通
のごとく
文切
り
形
の
厭味
を
帯
びてないのはいささかの
取
り
得
でもあろう
こう
考
えると
急
に
三人
の
談話
が
面白
くなくなったので
三毛子
の
様子
でも
見
て
来
ようかと
二絃琴
の
御師匠
さんの
庭口
へ
廻
る
門松注目飾
りはすでに
取
り
払
われて
正月
も
早
や
十日
となったが
うららかな
春日
は
一流
れの
雲
も
見
えぬ
深
き
空
より
四海天下
を
一度
に
照
らして
十坪
に
足
らぬ
庭
の
面
も
元日
の
曙光
を
受
けた
時
より
鮮
かな
活気
を
呈
している
椽側
に
座蒲団
が
一
つあって
人影
も
見
えず
障子
も
立
て
切
ってあるのは
御師匠
さんは
湯
にでも
行
ったのか
知
らん
御師匠
さんは
留守
でも
構
わんが
三毛子
は
少
しは
宜
い
方
か
それが
気掛
りである
ひっそりして
人
の
気合
もしないから
泥足
のまま
椽側
へ
上
って
座蒲団
の
真中
へ
寝転
ろんで
見
るといい
心持
ちだ
ついうとうととして
三毛子
の
事
も
忘
れてうたた
寝
をしていると
急
に
障子
のうちで
人声
がする
御苦労
だった
出来
たかえ
御師匠
さんはやはり
留守
ではなかったのだ
はい
遅
くなりまして
仏師屋
へ
参
りましたらちょうど
出来上
ったところだと
申
しまして
どれお
見
せなさい
ああ
奇麗
に
出来
た
これで
三毛
も
浮
かばれましょう
金
は
剥
げる
事
はあるまいね
ええ
念
を
押
しましたら
上等
を
使
ったからこれなら
人間
の
位牌
よりも
持
つと
申
しておりました
それから
猫誉信女
の
誉
の
字
は
崩
した
方
が
恰好
がいいから
少
し
劃
を
易
えたと
申
しました
どれどれ
早速御仏壇
へ
上
げて
御線香
でもあげましょう
三毛子
は
どうかしたのかな
何
だか
様子
が
変
だと
蒲団
の
上
へ
立
ち
上
る
チ
ン
南無猫誉信女
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
と
御師匠
さんの
声
がする
御前
も
回向
をしておやりなさい
チ
ン
南無猫誉信女南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
と
今度
は
下女
の
声
がする
吾輩
は
急
に
動悸
がして
来
た
座蒲団
の
上
に
立
ったまま
木彫
の
猫
のように
眼
も
動
かさない
ほんとに
残念
な
事
を
致
しましたね
始
めはちょいと
風邪
を
引
いたんでございましょうがねえ
甘木
さんが
薬
でも
下
さると
よかったかも
知
れないよ
一体
あの
甘木
さんが
悪
うございますよ
あんまり
三毛
を
馬鹿
にし
過
ぎまさあね
そう
人様
の
事
を
悪
く
云
うものではない
これも
寿命
だから
三毛子
も
甘木先生
に
診察
して
貰
ったものと
見
える
つまるところ
表通
りの
教師
のうちの
野良猫
が
無暗
に
誘
い
出
したからだと
わたしは
思
うよ
ええあの
畜生
が
三毛
のかたきでございますよ
少
し
弁解
したかったが
ここが
我慢
のしどころと
唾
を
呑
んで
聞
いている
話
しはしばし
途切
れる
世
の
中
は
自由
にならん
者
でのう
三毛
のような
器量
よしは
早死
をするし
不器量
な
野良猫
は
達者
でいたずらをしているし
その
通
りでございますよ
三毛
のような
可愛
らしい
猫
は
鐘
と
太鼓
で
探
してあるいたって
二人
とはおりませんからね
二匹
と
云
う
代
りに
二
たりといった
下女
の
考
えでは
猫
と
人間
とは
同種族
ものと
思
っているらしい
そう
云
えばこの
下女
の
顔
は
吾等猫属
とはなはだ
類似
している
出来
るものなら
三毛
の
代
りに
あの
教師
の
所
の
野良
が
死
ぬと
御誂
え
通
りに
参
ったんでございますがねえ
御誂
え
通
りになっては
ちと
困
る
死
ぬと
云
う
事
はどんなものか
まだ
経験
した
事
がないから
好
きとも
嫌
いとも
云
えないが
先日
あまり
寒
いので
火消壺
の
中
へもぐり
込
んでいたら
下女
が
吾輩
がいるのも
知
らんで
上
から
蓋
をした
事
があった
その
時
の
苦
しさは
考
えても
恐
しくなるほどであった
白君
の
説明
によるとあの
苦
しみが
今少
し
続
くと
死
ぬのであるそうだ
三毛子
の
身代
りになるのなら
苦情
もないが
あの
苦
しみを
受
けなくては
死
ぬ
事
が
出来
ないのなら
誰
のためでも
死
にたくはない
しかし
猫
でも
坊
さんの
御経
を
読
んでもらったり
戒名
をこしらえてもらったのだから
心残
りはあるまい
そうでございますとも
全
く
果報者
でございますよ
ただ
慾
を
云
うとあの
坊
さんの
御経
があまり
軽少
だったようでございますね
少
し
短
か
過
ぎたようだったから
大変御早
うございますねと
御尋
ねをしたら
月桂寺
さんは
ええ
利目
のあるところをちょいとやっておきました
なに
猫
だからあのくらいで
充分浄土
へ
行
かれますとおっしゃったよ
あらまあ
しかしあの
野良
なんかは
吾輩
は
名前
はないとしばしば
断
っておくのに
この
下女
は
野良野良
と
吾輩
を
呼
ぶ
失敬
な
奴
だ
罪
が
深
いんですから
いくらありがたい
御経
だって
浮
かばれる
事
はございませんよ
吾輩
はその
後野良
が
何百遍繰
り
返
されたかを
知
らぬ
吾輩
はこの
際限
なき
談話
を
中途
で
聞
き
棄
てて
布団
をすべり
落
ちて
椽側
から
飛
び
下
りた
時
八万八千八百八十本
の
毛髪
を
一度
にたてて
身震
いをした
その
後二絃琴
の
御師匠
さんの
近所
へは
寄
りついた
事
がない
今頃
は
御師匠
さん
自身
が
月桂寺
さんから
軽少
な
御回向
を
受
けているだろう
近頃
は
外出
する
勇気
もない
何
だか
世間
が
慵
うく
感
ぜらるる
主人
に
劣
らぬほどの
無性猫
となった
主人
が
書斎
にのみ
閉
じ
籠
っているのを
人
が
失恋
だ
失恋
だと
評
するのも
無理
はないと
思
うようになった
鼠
はまだ
取
った
事
がないので
一時
は
御三
から
放逐論
さえ
呈出
された
事
もあったが
主人
は
吾輩
の
普通一般
の
猫
でないと
云
う
事
を
知
っているものだから
吾輩
はやはりのらくらしてこの
家
に
起臥
している
この
点
については
深
く
主人
の
恩
を
感謝
すると
同時
にその
活眼
に
対
して
敬服
の
意
を
表
するに
躊躇
しないつもりである
御三
が
吾輩
を
知
らずして
虐待
をするのは
別
に
腹
も
立
たない
今
に
左甚五郎
が
出
て
来
て
吾輩
の
肖像
を
楼門
の
柱
に
刻
み
日本
の
スタンラン
が
好
んで
吾輩
の
似顔
を
カンヴァス
の
上
に
描
くようになったら
彼等鈍瞎漢
は
始
めて
自己
の
不明
を
恥
ずるであろう
三
三毛子
は
死
ぬ
黒
は
相手
にならず
いささか
寂寞
の
感
はあるが
幸
い
人間
に
知己
が
出来
たのでさほど
退屈
とも
思
わぬ
せんだっては
主人
の
許
へ
吾輩
の
写真
を
送
ってくれと
手紙
で
依頼
した
男
がある
この
間
は
岡山
の
名産吉備団子
をわざわざ
吾輩
の
名宛
で
届
けてくれた
人
がある
だんだん
人間
から
同情
を
寄
せらるるに
従
って
己
が
猫
である
事
はようやく
忘却
してくる
猫
よりはいつの
間
にか
人間
の
方
へ
接近
して
来
たような
心持
になって
同族
を
糾合
して
二本足
の
先生
と
雌雄
を
決
しようなどと
云
う
量見
は
昨今
のところ
毛頭
ない
それのみか
折々
は
吾輩
もまた
人間世界
の
一人
だと
思
う
折
さえあるくらいに
進化
したのはたのもしい
あえて
同族
を
軽蔑
する
次第
ではない
ただ
性情
の
近
きところに
向
って
一身
の
安
きを
置
くは
勢
のしからしむるところで
これを
変心
とか
軽薄
とか
裏切
りとか
評
せられてはちと
迷惑
する
かような
言語
を
弄
して
人
を
罵詈
するものに
限
って
融通
の
利
かぬ
貧乏性
の
男
が
多
いようだ
こう
猫
の
習癖
を
脱化
して
見
ると
三毛子
や
黒
の
事
ばかり
荷厄介
にしている
訳
には
行
かん
やはり
人間同等
の
気位
で
彼等
の
思想
言行
を
評隲
したくなる
これも
無理
はあるまい
ただそのくらいな
見識
を
有
している
吾輩
をやはり
一般猫児
の
毛
の
生
えたものくらいに
思
って
主人
が
吾輩
に
一言
の
挨拶
もなく
吉備団子
をわが
物顔
に
喰
い
尽
したのは
残念
の
次第
である
写真
もまだ
撮
って
送
らぬ
容子
だ
これも
不平
と
云
えば
不平
だが
主人
は
主人
吾輩
は
吾輩
で
相互
の
見解
が
自然異
なるのは
致
し
方
もあるまい
吾輩
はどこまでも
人間
になりすましているのだから
交際
をせぬ
猫
の
動作
は
どうしてもちょいと
筆
に
上
りにくい
迷亭
寒月諸先生
の
評判
だけで
御免蒙
る
事
に
致
そう
今日
は
上天気
の
日曜
なので
主人
はのそのそ
書斎
から
出
て
来
て
吾輩
の
傍
へ
筆硯
と
原稿用紙
を
並
べて
腹這
になって
しきりに
何
か
唸
っている
大方草稿
を
書
き
卸
す
序開
きとして
妙
な
声
を
発
するのだろうと
注目
していると
ややしばらくして
筆太
に
香一
とかいた
はてな
詩
になるか
俳句
になるか
香一
とは
主人
にしては
少
し
洒落過
ぎているがと
思
う
間
もなく
彼
は
香一
を
書
き
放
しにして
新
たに
行
を
改
めて
さっきから
天然居士
の
事
をかこうと
考
えている
と
筆
を
走
らせた
筆
はそれだけではたと
留
ったぎり
動
かない
主人
は
筆
を
持
って
首
を
捻
ったが
別段名案
もないものと
見
えて
筆
の
穂
を
甞
めだした
唇
が
真黒
になったと
見
ていると
今度
はその
下
へちょいと
丸
をかいた
丸
の
中
へ
点
を
二
つうって
眼
をつける
真中
へ
小鼻
の
開
いた
鼻
をかいて
真一文字
に
口
を
横
へ
引張
った
これでは
文章
でも
俳句
でもない
主人
も
自分
で
愛想
が
尽
きたと
見
えて
そこそこに
顔
を
塗
り
消
してしまった
主人
はまた
行
を
改
める
彼
の
考
によると
行
さえ
改
めれば
詩
か
賛
か
語
か
録
か
何
かになるだろうとただ
宛
もなく
考
えているらしい
やがて
天然居士
は
空間
を
研究
し
論語
を
読
み
焼芋
を
食
い
鼻汁
を
垂
らす
人
である
と
言文一致体
で
一気呵成
に
書
き
流
した
何
となくごたごたした
文章
である
それから
主人
はこれを
遠慮
なく
朗読
して
いつになく
ハハハハ
面白
い
と
笑
ったが
鼻汁
を
垂
らすのは
ちと
酷
だから
消
そう
とその
句
だけへ
棒
を
引
く
一本
ですむところを
二本引
き
三本引
き
奇麗
な
併行線
を
描
く
線
がほかの
行
まで
食
み
出
しても
構
わず
引
いている
線
が
八本並
んでもあとの
句
が
出来
ないと
見
えて
今度
は
筆
を
捨
てて
髭
を
捻
って
見
る
文章
を
髭
から
捻
り
出
して
御覧
に
入
れますと
云
う
見幕
で
猛烈
に
捻
ってはねじ
上
げ
ねじ
下
ろしているところへ
茶
の
間
から
妻君
が
出
て
来
てぴたりと
主人
の
鼻
の
先
へ
坐
わる
あなたちょっと
と
呼
ぶ
なんだ
と
主人
は
水中
で
銅鑼
を
叩
くような
声
を
出
す
返事
が
気
に
入
らないと
見
えて
妻君
はまた
あなたちょっと
と
出直
す
なんだよ
と
今度
は
鼻
の
穴
へ
親指
と
人
さし
指
を
入
れて
鼻毛
をぐっと
抜
く
今月
はちっと
足
りませんが
足
りんはずはない
医者
へも
薬礼
はすましたし
本屋
へも
先月払
ったじゃないか
今月
は
余
らなければならん
とすまして
抜
き
取
った
鼻毛
を
天下
の
奇観
のごとく
眺
めている
それでもあなたが
御飯
を
召
し
上
らんで
麺麭
を
御食
べになったり
ジャム
を
御舐
めになるものですから
元来
ジャム
は
幾缶舐
めたのかい
今月
は
八
つ
入
りましたよ
八
つ
そんなに
舐
めた
覚
えはない
あなたばかりじゃありません
子供
も
舐
めます
いくら
舐
めたって
五六円
くらいなものだ
と
主人
は
平気
な
顔
で
鼻毛
を
一本一本丁寧
に
原稿紙
の
上
へ
植付
ける
肉
が
付
いているのでぴんと
針
を
立
てたごとくに
立
つ
主人
は
思
わぬ
発見
をして
感
じ
入
った
体
で
ふっと
吹
いて
見
る
粘着力
が
強
いので
決
して
飛
ばない
いやに
頑固
だな
と
主人
は
一生懸命
に
吹
く
ジャム
ばかりじゃないんです
ほかに
買
わなけりゃ
ならない
物
もあります
と
妻君
は
大
に
不平
な
気色
を
両頬
に
漲
らす
あるかも
知
れないさ
と
主人
はまた
指
を
突
っ
込
んでぐいと
鼻毛
を
抜
く
赤
いのや
黒
いのや
種々
の
色
が
交
る
中
に
一本真白
なのがある
大
に
驚
いた
様子
で
穴
の
開
くほど
眺
めていた
主人
は
指
の
股
へ
挟
んだまま
その
鼻毛
を
妻君
の
顔
の
前
へ
出
す
あら
いやだ
と
妻君
は
顔
をしかめて
主人
の
手
を
突
き
戻
す
ちょっと
見
ろ
鼻毛
の
白髪
だ
と
主人
は
大
に
感動
した
様子
である
さすがの
妻君
も
笑
いながら
茶
の
間
へ
這入
る
経済問題
は
断念
したらしい
主人
はまた
天然居士
に
取
り
懸
る
鼻毛
で
妻君
を
追払
った
主人
は
まずこれで
安心
と
云
わぬばかりに
鼻毛
を
抜
いては
原稿
をかこうと
焦
る
体
であるがなかなか
筆
は
動
かない
焼芋
を
食
うも
蛇足
だ
割愛
しよう
とついにこの
句
も
抹殺
する
香一
もあまり
唐突
だから
已
めろ
と
惜気
もなく
筆誅
する
余
す
所
は
天然居士
は
空間
を
研究
し
論語
を
読
む
人
である
と
云
う
一句
になってしまった
主人
はこれでは
何
だか
簡単過
ぎるようだなと
考
えていたが
ええ
面倒臭
い
文章
は
御廃
しにして
銘
だけにしろと
筆
を
十文字
に
揮
って
原稿紙
の
上
へ
下手
な
文人画
の
蘭
を
勢
よくかく
せっかくの
苦心
も
一字残
らず
落第
となった
それから
裏
を
返
して
空間
に
生
れ
空間
を
究
め
空間
に
死
す
空
たり
間
たり
天然居士噫
と
意味不明
な
語
を
連
ねているところへ
例
のごとく
迷亭
が
這入
って
来
る
迷亭
は
人
の
家
も
自分
の
家
も
同
じものと
心得
ているのか
案内
も
乞
わず
ずかずか
上
ってくる
のみならず
時
には
勝手口
から
飄然
と
舞
い
込
む
事
もある
心配
遠慮
気兼
苦労
を
生
れる
時
どこかへ
振
り
落
した
男
である
また
巨人引力
かね
と
立
ったまま
主人
に
聞
く
そう
いつでも
巨人引力
ばかり
書
いてはおらんさ
天然居士
の
墓銘
を
撰
しているところなんだ
と
大袈裟
な
事
を
云
う
天然居士
と
云
うなあやはり
偶然童子
のような
戒名
かね
と
迷亭
は
不相変出鱈目
を
云
う
偶然童子
と
云
うのもあるのかい
なに
有
りゃしないがまずその
見当
だろうと
思
っていらあね
偶然童子
と
云
うのは
僕
の
知
ったものじゃないようだが
天然居士
と
云
うのは
君
の
知
ってる
男
だぜ
一体
だれが
天然居士
なんて
名
を
付
けてすましているんだい
例
の
曾呂崎
の
事
だ
卒業
して
大学院
へ
這入
って
空間論
と
云
う
題目
で
研究
していたが
あまり
勉強
し
過
ぎて
腹膜炎
で
死
んでしまった
曾呂崎
はあれでも
僕
の
親友
なんだからな
親友
でもいいさ
決
して
悪
いと
云
やしない
しかしその
曾呂崎
を
天然居士
に
変化
させたのは
一体誰
の
所作
だい
僕
さ
僕
がつけてやったんだ
元来坊主
のつける
戒名
ほど
俗
なものは
無
いからな
と
天然居士
はよほど
雅
な
名
のように
自慢
する
迷亭
は
笑
いながら
まあその
墓碑銘
と
云
う
奴
を
見
せ
給
え
と
原稿
を
取
り
上
げて
何
だ
空間
に
生
れ
空間
を
究
め
空間
に
死
す
空
たり
間
たり
天然居士噫
と
大
きな
声
で
読
み
上
る
なるほどこりゃあ
善
い
天然居士相当
のところだ
主人
は
嬉
しそうに
善
いだろう
と
云
う
この
墓銘
を
沢庵石
へ
彫
り
付
けて
本堂
の
裏手
へ
力石
のように
抛
り
出
して
置
くんだね
雅
でいいや
天然居士
も
浮
かばれる
訳
だ
僕
もそうしようと
思
っているのさ
と
主人
は
至極真面目
に
答
えたが
僕
あちょっと
失敬
するよ
じき
帰
るから
猫
にでもからかっていてくれ
給
え
と
迷亭
の
返事
も
待
たず
風然
と
出
て
行
く
計
らずも
迷亭先生
の
接待掛
りを
命
ぜられて
無愛想
な
顔
もしていられないから
ニャ
ニャ
と
愛嬌
を
振
り
蒔
いて
膝
の
上
へ
這
い
上
って
見
た
すると
迷亭
は
イヨ
大分肥
ったな
どれ
と
無作法
にも
吾輩
の
襟髪
を
攫
んで
宙
へ
釣
るす
あと
足
をこうぶら
下
げては
鼠
は
取
れそうもない
どうです
奥
さんこの
猫
は
鼠
を
捕
りますかね
と
吾輩
ばかりでは
不足
だと
見
えて
隣
りの
室
の
妻君
に
話
しかける
鼠
どころじゃございません
御雑煮
を
食
べて
踊
りをおどるんですもの
と
妻君
は
飛
んだところで
旧悪
を
暴
く
吾輩
は
宙乗
りをしながらも
少々極
りが
悪
かった
迷亭
はまだ
吾輩
を
卸
してくれない
なるほど
踊
りでもおどりそうな
顔
だ
奥
さんこの
猫
は
油断
のならない
相好
ですぜ
昔
しの
草双紙
にある
猫又
に
似
ていますよ
と
勝手
な
事
を
言
いながら
しきりに
細君
に
話
しかける
細君
は
迷惑
そうに
針仕事
の
手
をやめて
座敷
へ
出
てくる
どうも
御退屈様
もう
帰
りましょう
と
茶
を
注
ぎ
易
えて
迷亭
の
前
へ
出
す
どこへ
行
ったんですかね
どこへ
参
るにも
断
わって
行
った
事
の
無
い
男
ですから
分
りかねますが
大方御医者
へでも
行
ったんでしょう
甘木
さんですか
甘木
さんもあんな
病人
に
捕
まっちゃ
災難
ですな
へえ
と
細君
は
挨拶
のしようもないと
見
えて
簡単
な
答
えをする
迷亭
は
一向頓着
しない
近頃
はどうです
少
しは
胃
の
加減
が
能
いんですか
能
いか
悪
いか
頓
と
分
りません
いくら
甘木
さんにかかったって
あんなに
ジャム
ばかり
甞
めては
胃病
の
直
る
訳
がないと
思
います
と
細君
は
先刻
の
不平
を
暗
に
迷亭
に
洩
らす
そんなに
ジャム
を
甞
めるんですかまるで
小供
のようですね
ジャム
ばかりじゃないんで
この
頃
は
胃病
の
薬
だとか
云
って
大根卸
しを
無暗
に
甞
めますので
驚
ろいたな
と
迷亭
は
感嘆
する
何
でも
大根卸
の
中
には
ジヤスタ
ゼ
が
有
るとか
云
う
話
しを
新聞
で
読
んでからです
なるほどそれで
ジャム
の
損害
を
償
おうと
云
う
趣向
ですな
なかなか
考
えていらあ
ハハハハ
と
迷亭
は
細君
の
訴
を
聞
いて
大
に
愉快
な
気色
である
この
間
などは
赤
ん
坊
にまで
甞
めさせまして
ジャム
をですか
いいえ
大根卸
を
あなた
坊
や
御父様
がうまいものをやるからおいでてって
たまに
小供
を
可愛
がってくれるかと
思
うとそんな
馬鹿
な
事
ばかりするんです
二三日前
には
中
の
娘
を
抱
いて
箪笥
の
上
へあげましてね
どう
云
う
趣向
がありました
と
迷亭
は
何
を
聞
いても
趣向
ずくめに
解釈
する
なに
趣向
も
何
も
有
りゃしません
ただその
上
から
飛
び
下
りて
見
ろと
云
うんですわ
三
つや
四
つの
女
の
子
ですもの
そんな
御転婆
な
事
が
出来
るはずがないです
なるほどこりゃ
趣向
が
無
さ
過
ぎましたね
しかしあれで
腹
の
中
は
毒
のない
善人
ですよ
あの
上腹
の
中
に
毒
があっちゃ
辛防
は
出来
ませんわ
と
細君
は
大
に
気焔
を
揚
げる
まあそんなに
不平
を
云
わんでも
善
いでさあ
こうやって
不足
なくその
日
その
日
が
暮
らして
行
かれれば
上
の
分
ですよ
苦沙弥君
などは
道楽
はせず
服装
にも
構
わず
地味
に
世帯向
きに
出来上
った
人
でさあ
と
迷亭
は
柄
にない
説教
を
陽気
な
調子
でやっている
ところがあなた
大違
いで
何
か
内々
でやりますかね
油断
のならない
世
の
中
だからね
と
飄然
とふわふわした
返事
をする
ほかの
道楽
はないですが
無暗
に
読
みもしない
本
ばかり
買
いましてね
それも
善
い
加減
に
見計
らって
買
ってくれると
善
いんですけれど
勝手
に
丸善
へ
行
っちゃ
何冊
でも
取
って
来
て
月末
になると
知
らん
顔
をしているんですもの
去年
の
暮
なんか
月々
のが
溜
って
大変困
りました
なあに
書物
なんか
取
って
来
るだけ
取
って
来
て
構
わんですよ
払
いをとりに
来
たら
今
にやる
今
にやると
云
っていりゃ
帰
ってしまいまさあ
それでも
そういつまでも
引張
る
訳
にも
参
りませんから
と
妻君
は
憮然
としている
それじゃ
訳
を
話
して
書籍費
を
削減
させるさ
どうして
そんな
言
を
云
ったって
なかなか
聞
くものですか
この
間
などは
貴様
は
学者
の
妻
にも
似合
わん
毫
も
書籍
の
価値
を
解
しておらん
昔
し
羅馬
にこう
云
う
話
しがある
後学
のため
聞
いておけと
云
うんです
そりゃ
面白
い
どんな
話
しですか
迷亭
は
乗気
になる
細君
に
同情
を
表
しているというよりむしろ
好奇心
に
駆
られている
何
んでも
昔
し
羅馬
に
樽金
とか
云
う
王様
があって
樽金
樽金
はちと
妙
ですぜ
私
は
唐人
の
名
なんかむずかしくて
覚
えられませんわ
何
でも
七代目
なんだそうです
なるほど
七代目樽金
は
妙
ですな
ふんその
七代目樽金
がどうかしましたかい
あら
あなたまで
冷
かしては
立
つ
瀬
がありませんわ
知
っていらっしゃるなら
教
えて
下
さればいいじゃありませんか
人
の
悪
い
と
細君
は
迷亭
へ
食
って
掛
る
何冷
かすなんて
そんな
人
の
悪
い
事
をする
僕
じゃない
ただ
七代目樽金
は
振
ってると
思
ってね
ええお
待
ちなさいよ
羅馬
の
七代目
の
王様
ですね
こうっとたしかには
覚
えていないが
タ
クイン
ゼ
プラウド
の
事
でしょう
まあ
誰
でもいい
その
王様
がどうしました
その
王様
の
所
へ
一人
の
女
が
本
を
九冊持
って
来
て
買
ってくれないかと
云
ったんだそうです
なるほど
王様
がいくらなら
売
るといって
聞
いたら
大変
な
高
い
事
を
云
うんですって
あまり
高
いもんだから
少
し
負
けないかと
云
うとその
女
がいきなり
九冊
の
内
の
三冊
を
火
にくべて
焚
いてしまったそうです
惜
しい
事
をしましたな
その
本
の
内
には
予言
か
何
かほかで
見
られない
事
が
書
いてあるんですって
へえ
王様
は
九冊
が
六冊
になったから
少
しは
価
も
減
ったろうと
思
って
六冊
でいくらだと
聞
くと
やはり
元
の
通
り
一文
も
引
かないそうです
それは
乱暴
だと
云
うと
その
女
はまた
三冊
をとって
火
にくべたそうです
王様
はまだ
未練
があったと
見
えて
余
った
三冊
をいくらで
売
ると
聞
くと
やはり
九冊分
のねだんをくれと
云
うそうです
九冊
が
六冊
になり
六冊
が
三冊
になっても
代価
は
元
の
通
り
一厘
も
引
かない
それを
引
かせようとすると
残
ってる
三冊
も
火
にくべるかも
知
れないので
王様
はとうとう
高
い
御金
を
出
して
焚
け
余
りの
三冊
を
買
ったんですって
どうだこの
話
しで
少
しは
書物
のありがた
味
が
分
ったろう
どうだと
力味
むのですけれど
私
にゃ
何
がありがたいんだか
まあ
分
りませんね
と
細君
は
一家
の
見識
を
立
てて
迷亭
の
返答
を
促
がす
さすがの
迷亭
も
少々窮
したと
見
えて
袂
から
ハンケチ
を
出
して
吾輩
をじゃらしていたが
しかし
奥
さん
と
急
に
何
か
考
えついたように
大
きな
声
を
出
す
あんなに
本
を
買
って
矢鱈
に
詰
め
込
むものだから
人
から
少
しは
学者
だとか
何
とか
云
われるんですよ
この
間
ある
文学雑誌
を
見
たら
苦沙弥君
の
評
が
出
ていましたよ
ほんとに
と
細君
は
向
き
直
る
主人
の
評判
が
気
にかかるのは
やはり
夫婦
と
見
える
何
とかいてあったんです
なあに
二三行
ばかりですがね
苦沙弥君
の
文
は
行雲流水
のごとしとありましたよ
細君
は
少
しにこにこして
それぎりですか
その
次
にね
出
ずるかと
思
えば
忽
ち
消
え
逝
いては
長
えに
帰
るを
忘
るとありましたよ
細君
は
妙
な
顔
をして
賞
めたんでしょうか
と
心元
ない
調子
である
まあ
賞
めた
方
でしょうな
と
迷亭
は
済
まして
ハンケチ
を
吾輩
の
眼
の
前
にぶら
下
げる
書物
は
商買道具
で
仕方
もござんすまいが
よっぽど
偏屈
でしてねえ
迷亭
はまた
別途
の
方面
から
来
たなと
思
って
偏屈
は
少々偏屈
ですね
学問
をするものはどうせあんなですよ
と
調子
を
合
わせるような
弁護
をするような
不即不離
の
妙答
をする
せんだってなどは
学校
から
帰
ってすぐわきへ
出
るのに
着物
を
着換
えるのが
面倒
だものですから
あなた
外套
も
脱
がないで
机
へ
腰
を
掛
けて
御飯
を
食
べるのです
御膳
を
火燵櫓
の
上
へ
乗
せまして
私
は
御櫃
を
抱
えて
坐
っておりましたがおかしくって
何
だか
ハイカラ
の
首実検
のようですな
しかしそんなところが
苦沙弥君
の
苦沙弥君
たるところで
とにかく
月並
でない
と
切
ない
褒
め
方
をする
月並
か
月並
でないか
女
には
分
りませんが
なんぼ
何
でも
あまり
乱暴
ですわ
しかし
月並
より
好
いですよ
と
無暗
に
加勢
すると
細君
は
不満
な
様子
で
一体
月並月並
と
皆
さんが
よくおっしゃいますが
どんなのが
月並
なんです
と
開
き
直
って
月並
の
定義
を
質問
する
月並
ですか
月並
と
云
うと
さようちと
説明
しにくいのですが
そんな
曖昧
なものなら
月並
だって
好
さそうなものじゃありませんか
と
細君
は
女人一流
の
論理法
で
詰
め
寄
せる
曖昧
じゃありませんよ
ちゃんと
分
っています
ただ
説明
しにくいだけの
事
でさあ
何
でも
自分
の
嫌
いな
事
を
月並
と
云
うんでしょう
と
細君
は
我知
らず
穿
った
事
を
云
う
迷亭
もこうなると
何
とか
月並
の
処置
を
付
けなければならぬ
仕儀
となる
奥
さん
月並
と
云
うのはね
まず
年
は
二八
か
二九
からぬと
言
わず
語
らず
物思
いの
間
に
寝転
んでいて
この
日
や
天気晴朗
とくると
必
ず
一瓢
を
携
えて
墨堤
に
遊
ぶ
連中
を
云
うんです
そんな
連中
があるでしょうか
と
細君
は
分
らんものだから
好加減
な
挨拶
をする
何
だかごたごたして
私
には
分
りませんわ
とついに
我
を
折
る
それじゃ
馬琴
の
胴
へ
メジョオ
ペンデニス
の
首
をつけて
一二年欧州
の
空気
で
包
んでおくんですね
そうすると
月並
が
出来
るでしょうか
迷亭
は
返事
をしないで
笑
っている
何
そんな
手数
のかかる
事
をしないでも
出来
ます
中学校
の
生徒
に
白木屋
の
番頭
を
加
えて
二
で
割
ると
立派
な
月並
が
出来上
ります
そうでしょうか
と
細君
は
首
を
捻
ったまま
納得
し
兼
ねたと
云
う
風情
に
見
える
君
まだいるのか
と
主人
はいつの
間
にやら
帰
って
来
て
迷亭
の
傍
へ
坐
わる
まだいるのかはちと
酷
だな
すぐ
帰
るから
待
ってい
給
えと
言
ったじゃないか
万事
あれなんですもの
と
細君
は
迷亭
を
顧
みる
今君
の
留守中
に
君
の
逸話
を
残
らず
聞
いてしまったぜ
女
はとかく
多弁
でいかん
人間
もこの
猫
くらい
沈黙
を
守
るといいがな
と
主人
は
吾輩
の
頭
を
撫
でてくれる
君
は
赤
ん
坊
に
大根卸
しを
甞
めさしたそうだな
ふむ
と
主人
は
笑
ったが
赤
ん
坊
でも
近頃
の
赤
ん
坊
はなかなか
利口
だぜ
それ
以来
坊
や
辛
いのはどこと
聞
くときっと
舌
を
出
すから
妙
だ
まるで
犬
に
芸
を
仕込
む
気
でいるから
残酷
だ
時
に
寒月
はもう
来
そうなものだな
寒月
が
来
るのかい
と
主人
は
不審
な
顔
をする
来
るんだ
午後一時
までに
苦沙弥
の
家
へ
来
いと
端書
を
出
しておいたから
人
の
都合
も
聞
かんで
勝手
な
事
をする
男
だ
寒月
を
呼
んで
何
をするんだい
なあに
今日
のはこっちの
趣向
じゃない
寒月先生自身
の
要求
さ
先生何
でも
理学協会
で
演説
をするとか
云
うのでね
その
稽古
をやるから
僕
に
聴
いてくれと
云
うから
そりゃちょうどいい
苦沙弥
にも
聞
かしてやろうと
云
うのでね
そこで
君
の
家
へ
呼
ぶ
事
にしておいたのさ
なあに
君
はひま
人
だからちょうどいいやね
差支
えなんぞある
男
じゃない
聞
くがいいさ
と
迷亭
は
独
りで
呑
み
込
んでいる
物理学
の
演説
なんか
僕
にゃ
分
らん
と
主人
は
少々迷亭
の
専断
を
憤
ったもののごとくに
云
う
ところがその
問題
が
マグネ
付
けられた
ノッズル
についてなどと
云
う
乾燥無味
なものじゃないんだ
首縊
りの
力学
と
云
う
脱俗超凡
な
演題
なのだから
傾聴
する
価値
があるさ
君
は
首
を
縊
り
損
くなった
男
だから
傾聴
するが
好
いが
僕
なんざあ
歌舞伎座
で
悪寒
がするくらいの
人間
だから
聞
かれないと
云
う
結論
は
出
そうもないぜ
と
例
のごとく
軽口
を
叩
く
妻君
は
ホホ
と
笑
って
主人
を
顧
みながら
次
の
間
へ
退
く
主人
は
無言
のまま
吾輩
の
頭
を
撫
でる
この
時
のみは
非常
に
丁寧
な
撫
で
方
であった
それから
約七分
くらいすると
注文通
り
寒月君
が
来
る
今日
は
晩
に
演舌
をするというので
例
になく
立派
な
フロック
を
着
て
洗濯
し
立
ての
白襟
を
聳
やかして
男振
りを
二割方上
げて
少
し
後
れまして
と
落
ちつき
払
って
挨拶
をする
さっきから
二人
で
大待
ちに
待
ったところなんだ
早速願
おう
なあ
君
と
主人
を
見
る
主人
もやむを
得
ず
うむ
と
生返事
をする
寒月君
はいそがない
コップ
へ
水
を
一杯頂戴
しましょう
と
云
う
いよ
本式
にやるのか
次
には
拍手
の
請求
とおいでなさるだろう
と
迷亭
は
独
りで
騒
ぎ
立
てる
寒月君
は
内隠
しから
草稿
を
取
り
出
して
徐
ろに
稽古
ですから
御遠慮
なく
御批評
を
願
います
と
前置
をして
いよいよ
演舌
の
御浚
いを
始
める
罪人
を
絞罪
の
刑
に
処
すると
云
う
事
は
重
に
アングロサクソン
民族間
に
行
われた
方法
でありまして
それより
古代
に
溯
って
考
えますと
首縊
りは
重
に
自殺
の
方法
として
行
われた
者
であります
猶太人中
に
在
っては
罪人
を
石
を
抛
げつけて
殺
す
習慣
であったそうでございます
旧約全書
を
研究
して
見
ますといわゆる
ハンギング
なる
語
は
罪人
の
死体
を
釣
るして
野獣
または
肉食鳥
の
餌食
とする
意義
と
認
められます
ヘロドタス
の
説
に
従
って
見
ますと
猶太人
は
エジプト
を
去
る
以前
から
夜中死骸
を
曝
されることを
痛
く
忌
み
嫌
ったように
思
われます
エジプト
人
は
罪人
の
首
を
斬
って
胴
だけを
十字架
に
釘付
けにして
夜中曝
し
物
にしたそうで
御座
います
波斯人
は
寒月君首縊
りと
縁
がだんだん
遠
くなるようだが
大丈夫
かい
と
迷亭
が
口
を
入
れる
これから
本論
に
這入
るところですから
少々御辛防
を
願
います
さて
波斯人
はどうかと
申
しますとこれもやはり
処刑
には
磔
を
用
いたようでございます
但
し
生
きているうちに
張付
けに
致
したものか
死
んでから
釘
を
打
ったものかその
辺
はちと
分
りかねます
そんな
事
は
分
らんでもいいさ
と
主人
は
退屈
そうに
欠伸
をする
まだいろいろ
御話
し
致
したい
事
もございますが
御迷惑
であらっしゃいましょうから
あらっしゃいましょうより
いらっしゃいましょうの
方
が
聞
きいいよ
ねえ
苦沙弥君
とまた
迷亭
が
咎
め
立
をすると
主人
は
どっちでも
同
じ
事
だ
と
気
のない
返事
をする
さていよいよ
本題
に
入
りまして
弁
じます
弁
じますなんか
講釈師
の
云
い
草
だ
演舌家
はもっと
上品
な
詞
を
使
って
貰
いたいね
と
迷亭先生
また
交
ぜ
返
す
弁
じますが
下品
なら
何
と
云
ったらいいでしょう
と
寒月君
は
少々
むっとした
調子
で
問
いかける
迷亭
のは
聴
いているのか
交
ぜ
返
しているのか
判然
しない
寒月君
そんな
弥次馬
に
構
わず
さっさとやるが
好
い
と
主人
はなるべく
早
く
難関
を
切
り
抜
けようとする
むっとして
弁
じましたる
柳
かな
かね
と
迷亭
はあいかわらず
飄然
たる
事
を
云
う
寒月
は
思
わず
吹
き
出
す
真
に
処刑
として
絞殺
を
用
いましたのは
私
の
調
べました
結果
によりますると
オディセ
の
二十二巻目
に
出
ております
即
ち
彼
の
テレマカス
が
ペネロピ
の
十二人
の
侍女
を
絞殺
するという
条
りでございます
希臘語
で
本文
を
朗読
しても
宜
しゅうございますが
ちと
衒
うような
気味
にもなりますからやめに
致
します
四百六十五行
から
四百七十三行
を
御覧
になると
分
ります
希臘語云々
はよした
方
がいい
さも
希臘語
が
出来
ますと
云
わんばかりだ
ねえ
苦沙弥君
それは
僕
も
賛成
だ
そんな
物欲
しそうな
事
は
言
わん
方
が
奥床
しくて
好
い
と
主人
はいつになく
直
ちに
迷亭
に
加担
する
両人
は
毫
も
希臘語
が
読
めないのである
それではこの
両三句
は
今晩抜
く
事
に
致
しまして
次
を
弁
じ
ええ
申
し
上
げます
この
絞殺
を
今
から
想像
して
見
ますと
これを
執行
するに
二
つの
方法
があります
第一
は
彼
の
テレマカス
が
ユ
ミアス
及
び
フ
リ
シャス
の
援
を
藉
りて
縄
の
一端
を
柱
へ
括
りつけます
そしてその
縄
の
所々
へ
結
び
目
を
穴
に
開
けてこの
穴
へ
女
の
頭
を
一
つずつ
入
れておいて
片方
の
端
をぐいと
引張
って
釣
し
上
げたものと
見
るのです
つまり
西洋洗濯屋
の
シャツ
のように
女
がぶら
下
ったと
見
れば
好
いんだろう
その
通
りで
それから
第二
は
縄
の
一端
を
前
のごとく
柱
へ
括
り
付
けて
他
の
一端
も
始
めから
天井
へ
高
く
釣
るのです
そしてその
高
い
縄
から
何本
か
別
の
縄
を
下
げて
それに
結
び
目
の
輪
になったのを
付
けて
女
の
頸
を
入
れておいて
いざと
云
う
時
に
女
の
足台
を
取
りはずすと
云
う
趣向
なのです
たとえて
云
うと
縄暖簾
の
先
へ
提灯玉
を
釣
したような
景色
と
思
えば
間違
はあるまい
提灯玉
と
云
う
玉
は
見
た
事
がないから
何
とも
申
されませんが
もしあるとすればその
辺
のところかと
思
います
それでこれから
力学的
に
第一
の
場合
は
到底成立
すべきものでないと
云
う
事
を
証拠立
てて
御覧
に
入
れます
面白
いな
と
迷亭
が
云
うと
うん
面白
い
と
主人
も
一致
する
まず
女
が
同距離
に
釣
られると
仮定
します
また
一番地面
に
近
い
二人
の
女
の
首
と
首
を
繋
いでいる
縄
は
ホリゾンタル
と
仮定
します
そこで
を
縄
が
地平線
と
形
づくる
角度
とし
を
縄
の
各部
が
受
ける
力
と
見做
し
は
縄
のもっとも
低
い
部分
の
受
ける
力
とします
は
勿論女
の
体重
と
御承知下
さい
どうです
御分
りになりましたか
迷亭
と
主人
は
顔
を
見合
せて
大抵分
った
と
云
う
但
しこの
大抵
と
云
う
度合
は
両人
が
勝手
に
作
ったのだから
他人
の
場合
には
応用
が
出来
ないかも
知
れない
さて
多角形
に
関
する
御存
じの
平均性理論
によりますと
下
のごとく
十二
の
方程式
が
立
ちます
方程式
はそのくらいで
沢山
だろう
と
主人
は
乱暴
な
事
を
云
う
実
はこの
式
が
演説
の
首脳
なんですが
と
寒月君
ははなはだ
残
り
惜
し
気
に
見
える
それじゃ
首脳
だけは
逐
って
伺
う
事
にしようじゃないか
と
迷亭
も
少々恐縮
の
体
に
見受
けられる
この
式
を
略
してしまうとせっかくの
力学的研究
がまるで
駄目
になるのですが
何
そんな
遠慮
はいらんから
ずんずん
略
すさ
と
主人
は
平気
で
云
う
それでは
仰
せに
従
って
無理
ですが
略
しましょう
それがよかろう
と
迷亭
が
妙
なところで
手
をぱちぱちと
叩
く
それから
英国
へ
移
って
論
じますと
ベオウルフ
の
中
に
絞首架即
ち
ガルガ
と
申
す
字
が
見
えますから
絞罪
の
刑
はこの
時代
から
行
われたものに
違
ないと
思
われます
ブラクスト
ン
の
説
によるともし
絞罪
に
処
せられる
罪人
が
万一縄
の
具合
で
死
に
切
れぬ
時
は
再度同様
の
刑罰
を
受
くべきものだとしてありますが
妙
な
事
には
ピヤ
ス
プロ
マン
の
中
には
仮令兇漢
でも
二度絞
める
法
はないと
云
う
句
があるのです
まあどっちが
本当
か
知
りませんが
悪
くすると
一度
で
死
ねない
事
が
往々実例
にあるので
千七百八十六年
に
有名
な
フ
ツ
ゼラルド
と
云
う
悪漢
を
絞
めた
事
がありました
ところが
妙
なはずみで
一度目
には
台
から
飛
び
降
りるときに
縄
が
切
れてしまったのです
またやり
直
すと
今度
は
縄
が
長過
ぎて
足
が
地面
へ
着
いたのでやはり
死
ねなかったのです
とうとう
三返目
に
見物人
が
手伝
って
往生
さしたと
云
う
話
しです
やれやれ
と
迷亭
はこんなところへくると
急
に
元気
が
出
る
本当
に
死
に
損
いだな
と
主人
まで
浮
かれ
出
す
まだ
面白
い
事
があります
首
を
縊
ると
背
が
一寸
ばかり
延
びるそうです
これはたしかに
医者
が
計
って
見
たのだから
間違
はありません
それは
新工夫
だね
どうだい
苦沙弥
などはちと
釣
って
貰
っちゃあ
一寸延
びたら
人間並
になるかも
知
れないぜ
と
迷亭
が
主人
の
方
を
向
くと
主人
は
案外真面目
で
寒月君
一寸
くらい
背
が
延
びて
生
き
返
る
事
があるだろうか
と
聞
く
それは
駄目
に
極
っています
釣
られて
脊髄
が
延
びるからなんで
早
く
云
うと
背
が
延
びると
云
うより
壊
れるんですからね
それじゃ
まあ
止
めよう
と
主人
は
断念
する
演説
の
続
きは
まだなかなか
長
くあって
寒月君
は
首縊
りの
生理作用
にまで
論及
するはずでいたが
迷亭
が
無暗
に
風来坊
のような
珍語
を
挟
むのと
主人
が
時々遠慮
なく
欠伸
をするので
ついに
中途
でやめて
帰
ってしまった
その
晩
は
寒月君
がいかなる
態度
で
いかなる
雄弁
を
振
ったか
遠方
で
起
った
出来事
の
事
だから
吾輩
には
知
れよう
訳
がない
二三日
は
事
もなく
過
ぎたが
或
る
日
の
午後二時頃
また
迷亭先生
は
例
のごとく
空々
として
偶然童子
のごとく
舞
い
込
んで
来
た
座
に
着
くと
いきなり
君
越智東風
の
高輪事件
を
聞
いたかい
と
旅順陥落
の
号外
を
知
らせに
来
たほどの
勢
を
示
す
知
らん
近頃
は
合
わんから
と
主人
は
平生
の
通
り
陰気
である
きょうはその
東風子
の
失策物語
を
御報道
に
及
ぼうと
思
って
忙
しいところをわざわざ
来
たんだよ
またそんな
仰山
な
事
を
云
う
君
は
全体不埒
な
男
だ
ハハハハハ
不埒
と
云
わんよりむしろ
無埒
の
方
だろう
それだけはちょっと
区別
しておいて
貰
わんと
名誉
に
関係
するからな
おんなし
事
だ
と
主人
は
嘯
いている
純然
たる
天然居士
の
再来
だ
この
前
の
日曜
に
東風子
が
高輪泉岳寺
に
行
ったんだそうだ
この
寒
いのによせばいいのに
第一今時泉岳寺
などへ
参
るのはさも
東京
を
知
らない
田舎者
のようじゃないか
それは
東風
の
勝手
さ
君
がそれを
留
める
権利
はない
なるほど
権利
は
正
にない
権利
はどうでもいいが
あの
寺内
に
義士遺物保存会
と
云
う
見世物
があるだろう
君知
ってるか
うんにゃ
知
らない
だって
泉岳寺
へ
行
った
事
はあるだろう
いいや
ない
こりゃ
驚
ろいた
道理
で
大変東風
を
弁護
すると
思
った
江戸
っ
子
が
泉岳寺
を
知
らないのは
情
けない
知
らなくても
教師
は
務
まるからな
と
主人
はいよいよ
天然居士
になる
そりゃ
好
いが
その
展覧場
へ
東風
が
這入
って
見物
していると
そこへ
独逸人
が
夫婦連
で
来
たんだって
それが
最初
は
日本語
で
東風
に
何
か
質問
したそうだ
ところが
先生例
の
通
り
独逸語
が
使
って
見
たくてたまらん
男
だろう
そら
二口三口
べらべらやって
見
たとさ
すると
存外
うまく
出来
たんだ
あとで
考
えるとそれが
災
の
本
さね
それからどうした
と
主人
はついに
釣
り
込
まれる
独逸人
が
大鷹源吾
の
蒔絵
の
印籠
を
見
て
これを
買
いたいが
売
ってくれるだろうかと
聞
くんだそうだ
その
時東風
の
返事
が
面白
いじゃないか
日本人
は
清廉
の
君子
ばかりだから
到底駄目
だと
云
ったんだとさ
その
辺
は
大分景気
がよかったが
それから
独逸人
の
方
では
恰好
な
通弁
を
得
たつもりでしきりに
聞
くそうだ
何
を
それがさ
何
だか
分
るくらいなら
心配
はないんだが
早口
で
無暗
に
問
い
掛
けるものだから
少
しも
要領
を
得
ないのさ
たまに
分
るかと
思
うと
鳶口
や
掛矢
の
事
を
聞
かれる
西洋
の
鳶口
や
掛矢
は
先生何
と
翻訳
して
善
いのか
習
った
事
が
無
いんだから
弱
わらあね
もっともだ
と
主人
は
教師
の
身
の
上
に
引
き
較
べて
同情
を
表
する
ところへ
閑人
が
物珍
しそうにぽつぽつ
集
ってくる
仕舞
には
東風
と
独逸人
を
四方
から
取
り
巻
いて
見物
する
東風
は
顔
を
赤
くしてへどもどする
初
めの
勢
に
引
き
易
えて
先生大弱
りの
体
さ
結局
どうなったんだい
仕舞
に
東風
が
我慢出来
なくなったと
見
えてさいならと
日本語
で
云
ってぐんぐん
帰
って
来
たそうだ
さいならは
少
し
変
だ
君
の
国
ではさよならをさいならと
云
うかって
聞
いて
見
たら
何
やっぱりさよならですが
相手
が
西洋人
だから
調和
を
計
るために
さいならにしたんだって
東風子
は
苦
しい
時
でも
調和
を
忘
れない
男
だと
感心
した
さいならはいいが
西洋人
はどうした
西洋人
はあっけに
取
られて
茫然
と
見
ていたそうだ
ハハハハ
面白
いじゃないか
別段面白
い
事
もないようだ
それをわざわざ
報知
に
来
る
君
の
方
がよっぽど
面白
いぜ
と
主人
は
巻煙草
の
灰
を
火桶
の
中
へはたき
落
す
折柄格子戸
の
ベル
が
飛
び
上
るほど
鳴
って
御免
なさい
と
鋭
どい
女
の
声
がする
迷亭
と
主人
は
思
わず
顔
を
見合
わせて
沈黙
する
主人
のうちへ
女客
は
稀有
だなと
見
ていると
かの
鋭
どい
声
の
所有主
は
縮緬
の
二枚重
ねを
畳
へ
擦
り
付
けながら
這入
って
来
る
年
は
四十
の
上
を
少
し
超
したくらいだろう
抜
け
上
った
生
え
際
から
前髪
が
堤防工事
のように
高
く
聳
えて
少
なくとも
顔
の
長
さの
二分
の
一
だけ
天
に
向
ってせり
出
している
眼
が
切
り
通
しの
坂
くらいな
勾配
で
直線
に
釣
るし
上
げられて
左右
に
対立
する
直線
とは
鯨
より
細
いという
形容
である
鼻
だけは
無暗
に
大
きい
人
の
鼻
を
盗
んで
来
て
顔
の
真中
へ
据
え
付
けたように
見
える
三坪
ほどの
小庭
へ
招魂社
の
石灯籠
を
移
した
時
のごとく
独
りで
幅
を
利
かしているが
何
となく
落
ちつかない
その
鼻
はいわゆる
鍵鼻
で
ひと
度
は
精一杯高
くなって
見
たが
これではあんまりだと
中途
から
謙遜
して
先
の
方
へ
行
くと
初
めの
勢
に
似
ず
垂
れかかって
下
にある
唇
を
覗
き
込
んでいる
かく
著
るしい
鼻
だから
この
女
が
物
を
言
うときは
口
が
物
を
言
うと
云
わんより
鼻
が
口
をきいているとしか
思
われない
吾輩
はこの
偉大
なる
鼻
に
敬意
を
表
するため
以来
はこの
女
を
称
して
鼻子鼻子
と
呼
ぶつもりである
鼻子
は
先
ず
初対面
の
挨拶
を
終
って
どうも
結構
な
御住居
ですこと
と
座敷中
を
睨
め
廻
わす
主人
は
嘘
をつけ
と
腹
の
中
で
言
ったまま
ぷかぷか
煙草
をふかす
迷亭
は
天井
を
見
ながら
君
ありゃ
雨洩
りか
板
の
木目
か
妙
な
模様
が
出
ているぜ
と
暗
に
主人
を
促
がす
無論雨
の
洩
りさ
と
主人
が
答
えると
結構
だなあ
と
迷亭
がすまして
云
う
鼻子
は
社交
を
知
らぬ
人達
だと
腹
の
中
で
憤
る
しばらくは
三人鼎坐
のまま
無言
である
ちと
伺
いたい
事
があって
参
ったんですが
と
鼻子
は
再
び
話
の
口
を
切
る
はあ
と
主人
が
極
めて
冷淡
に
受
ける
これではならぬと
鼻子
は
実
は
私
はつい
御近所
で
あの
向
う
横丁
の
角屋敷
なんですが
あの
大
きな
西洋館
の
倉
のあるうちですか
道理
であすこには
金田
と
云
う
標札
が
出
ていますな
と
主人
はようやく
金田
の
西洋館
と
金田
の
倉
を
認識
したようだが
金田夫人
に
対
する
尊敬
の
度合
は
前
と
同様
である
実
は
宿
が
出
まして
御話
を
伺
うんですが
会社
の
方
が
大変忙
がしいもんですから
と
今度
は
少
し
利
いたろうという
眼付
をする
主人
は
一向動
じない
鼻子
の
先刻
からの
言葉遣
いが
初対面
の
女
としてはあまり
存在過
ぎるのですでに
不平
なのである
会社
でも
一
つじゃ
無
いんです
二
つも
三
つも
兼
ねているんです
それにどの
会社
でも
重役
なんで
多分御存知
でしょうが
これでも
恐
れ
入
らぬかと
云
う
顔付
をする
元来
ここの
主人
は
博士
とか
大学教授
とかいうと
非常
に
恐縮
する
男
であるが
妙
な
事
には
実業家
に
対
する
尊敬
の
度
は
極
めて
低
い
実業家
よりも
中学校
の
先生
の
方
がえらいと
信
じている
よし
信
じておらんでも
融通
の
利
かぬ
性質
として
到底実業家
金満家
の
恩顧
を
蒙
る
事
は
覚束
ないと
諦
らめている
いくら
先方
が
勢力家
でも
財産家
でも
自分
が
世話
になる
見込
のないと
思
い
切
った
人
の
利害
には
極
めて
無頓着
である
それだから
学者社会
を
除
いて
他
の
方面
の
事
には
極
めて
迂濶
で
ことに
実業界
などでは
どこに
だれが
何
をしているか
一向知
らん
知
っても
尊敬畏服
の
念
は
毫
も
起
らんのである
鼻子
の
方
では
天
が
下
の
一隅
にこんな
変人
がやはり
日光
に
照
らされて
生活
していようとは
夢
にも
知
らない
今
まで
世
の
中
の
人間
にも
大分接
して
見
たが
金田
の
妻
ですと
名乗
って
急
に
取扱
いの
変
らない
場合
はない
どこの
会
へ
出
ても
どんな
身分
の
高
い
人
の
前
でも
立派
に
金田夫人
で
通
して
行
かれる
いわんやこんな
燻
り
返
った
老書生
においてをやで
私
の
家
は
向
う
横丁
の
角屋敷
ですとさえ
云
えば
職業
などは
聞
かぬ
先
から
驚
くだろうと
予期
していたのである
金田
って
人
を
知
ってるか
と
主人
は
無雑作
に
迷亭
に
聞
く
知
ってるとも
金田
さんは
僕
の
伯父
の
友達
だ
この
間
なんざ
園遊会
へおいでになった
と
迷亭
は
真面目
な
返事
をする
へえ
君
の
伯父
さんてえな
誰
だい
牧山男爵
さ
と
迷亭
はいよいよ
真面目
である
主人
が
何
か
云
おうとして
云
わぬ
先
に
鼻子
は
急
に
向
き
直
って
迷亭
の
方
を
見
る
迷亭
は
大島紬
に
古渡更紗
か
何
か
重
ねてすましている
おや
あなたが
牧山様
の
何
でいらっしゃいますか
ちっとも
存
じませんで
はなはだ
失礼
を
致
しました
牧山様
には
始終御世話
になると
宿
で
毎々御噂
を
致
しております
と
急
に
叮嚀
な
言葉使
をして
おまけに
御辞儀
までする
迷亭
は
へええ
何
ハハハハ
と
笑
っている
主人
はあっ
気
に
取
られて
無言
で
二人
を
見
ている
たしか
娘
の
縁辺
の
事
につきましてもいろいろ
牧山
さまへ
御心配
を
願
いましたそうで
へえ
そうですか
とこればかりは
迷亭
にもちと
唐突過
ぎたと
見
えてちょっと
魂消
たような
声
を
出
す
実
は
方々
からくれくれと
申
し
込
はございますが
こちらの
身分
もあるものでございますから
滅多
な
所
へも
片付
けられませんので
ごもっともで
と
迷亭
はようやく
安心
する
それについて
あなたに
伺
おうと
思
って
上
がったんですがね
と
鼻子
は
主人
の
方
を
見
て
急
に
存在
な
言葉
に
返
る
あなたの
所
へ
水島寒月
という
男
が
度々上
がるそうですが
あの
人
は
全体
どんな
風
な
人
でしょう
寒月
の
事
を
聞
いて
何
にするんです
と
主人
は
苦々
しく
云
う
やはり
御令嬢
の
御婚儀上
の
関係
で
寒月君
の
性行
の
一斑
を
御承知
になりたいという
訳
でしょう
と
迷亭
が
気転
を
利
かす
それが
伺
えれば
大変都合
が
宜
しいのでございますが
それじゃ
御令嬢
を
寒月
におやりになりたいとおっしゃるんで
やりたいなんてえんじゃ
無
いんです
と
鼻子
は
急
に
主人
を
参
らせる
ほかにもだんだん
口
が
有
るんですから
無理
に
貰
っていただかないだって
困
りゃしません
それじゃ
寒月
の
事
なんか
聞
かんでも
好
いでしょう
と
主人
も
躍起
となる
しかし
御隠
しなさる
訳
もないでしょう
と
鼻子
も
少々喧嘩腰
になる
迷亭
は
双方
の
間
に
坐
って
銀煙管
を
軍配団扇
のように
持
って
心
の
裡
で
八卦
よいやよいやと
怒鳴
っている
じゃあ
寒月
の
方
で
是非貰
いたいとでも
云
ったのですか
と
主人
が
正面
から
鉄砲
を
喰
わせる
貰
いたいと
云
ったんじゃないんですけれども
貰
いたいだろうと
思
っていらっしゃるんですか
と
主人
はこの
婦人鉄砲
に
限
ると
覚
ったらしい
話
しはそんなに
運
んでるんじゃありませんが
寒月
さんだって
満更嬉
しくない
事
もないでしょう
と
土俵際
で
持
ち
直
す
寒月
が
何
かその
御令嬢
に
恋着
したというような
事
でもありますか
あるなら
云
って
見
ろと
云
う
権幕
で
主人
は
反
り
返
る
まあ
そんな
見当
でしょうね
今度
は
主人
の
鉄砲
が
少
しも
功
を
奏
しない
今
まで
面白気
に
行司気取
りで
見物
していた
迷亭
も
鼻子
の
一言
に
好奇心
を
挑撥
されたものと
見
えて
煙管
を
置
いて
前
へ
乗
り
出
す
寒月
が
御嬢
さんに
付
け
文
でもしたんですか
こりゃ
愉快
だ
新年
になって
逸話
がまた
一
つ
殖
えて
話
しの
好材料
になる
と
一人
で
喜
んでいる
付
け
文
じゃないんです
もっと
烈
しいんでさあ
御二人
とも
御承知
じゃありませんか
と
鼻子
は
乙
にからまって
来
る
君知
ってるか
と
主人
は
狐付
きのような
顔
をして
迷亭
に
聞
く
迷亭
も
馬鹿気
た
調子
で
僕
は
知
らん
知
っていりゃ
君
だ
とつまらんところで
謙遜
する
いえ
御両人共御存
じの
事
ですよ
と
鼻子
だけ
大得意
である
へえ
と
御両人
は
一度
に
感
じ
入
る
御忘
れになったら
私
しから
御話
をしましょう
去年
の
暮向島
の
阿部
さんの
御屋敷
で
演奏会
があって
寒月
さんも
出掛
けたじゃありませんか
その
晩帰
りに
吾妻橋
で
何
かあったでしょう
詳
しい
事
は
言
いますまい
当人
の
御迷惑
になるかも
知
れませんから
あれだけの
証拠
がありゃ
充分
だと
思
いますが
どんなものでしょう
と
金剛石入
りの
指環
の
嵌
った
指
を
膝
の
上
へ
併
べて
つんと
居
ずまいを
直
す
偉大
なる
鼻
がますます
異彩
を
放
って
迷亭
も
主人
も
有
れども
無
きがごとき
有様
である
主人
は
無論
さすがの
迷亭
もこの
不意撃
には
胆
を
抜
かれたものと
見
えて
しばらくは
呆然
として
瘧
の
落
ちた
病人
のように
坐
っていたが
驚愕
の
箍
がゆるんでだんだん
持前
の
本態
に
復
すると
共
に
滑稽
と
云
う
感
じが
一度
に
吶喊
してくる
両人
は
申
し
合
せたごとく
ハハハハハ
と
笑
い
崩
れる
鼻子
ばかりは
少
し
当
てがはずれて
この
際笑
うのははなはだ
失礼
だと
両人
を
睨
みつける
あれが
御嬢
さんですか
なるほどこりゃいい
おっしゃる
通
りだ
ねえ
苦沙弥君
全
く
寒月
はお
嬢
さんを
恋
ってるに
相違
ないね
もう
隠
したってしようがないから
白状
しようじゃないか
ウフン
と
主人
は
云
ったままである
本当
に
御隠
しなさってもいけませんよ
ちゃんと
種
は
上
ってるんですからね
と
鼻子
はまた
得意
になる
こうなりゃ
仕方
がない
何
でも
寒月君
に
関
する
事実
は
御参考
のために
陳述
するさ
おい
苦沙弥君
君
が
主人
だのに
そう
にやにや
笑
っていては
埒
があかんじゃないか
実
に
秘密
というものは
恐
ろしいものだねえ
いくら
隠
しても
どこからか
露見
するからな
しかし
不思議
と
云
えば
不思議
ですねえ
金田
の
奥
さん
どうしてこの
秘密
を
御探知
になったんです
実
に
驚
ろきますな
と
迷亭
は
一人
で
喋舌
る
私
しの
方
だって
ぬかりはありませんやね
と
鼻子
はしたり
顔
をする
あんまり
ぬかりが
無
さ
過
ぎるようですぜ
一体誰
に
御聞
きになったんです
じきこの
裏
にいる
車屋
の
神
さんからです
あの
黒猫
のいる
車屋
ですか
と
主人
は
眼
を
丸
くする
ええ
寒月
さんの
事
じゃ
よっぽど
使
いましたよ
寒月
さんが
ここへ
来
る
度
に
どんな
話
しをするかと
思
って
車屋
の
神
さんを
頼
んで
一々知
らせて
貰
うんです
そりゃ
苛
い
と
主人
は
大
きな
声
を
出
す
なあに
あなたが
何
をなさろうとおっしゃろうと
それに
構
ってるんじゃないんです
寒月
さんの
事
だけですよ
寒月
の
事
だって
誰
の
事
だって
全体
あの
車屋
の
神
さんは
気
に
食
わん
奴
だ
と
主人
は
一人怒
り
出
す
しかしあなたの
垣根
のそとへ
来
て
立
っているのは
向
うの
勝手
じゃありませんか
話
しが
聞
えてわるけりゃもっと
小
さい
声
でなさるか
もっと
大
きなうちへ
御這入
んなさるがいいでしょう
と
鼻子
は
少
しも
赤面
した
様子
がない
車屋
ばかりじゃありません
新道
の
二絃琴
の
師匠
からも
大分
いろいろな
事
を
聞
いています
寒月
の
事
をですか
寒月
さんばかりの
事
じゃありません
と
少
し
凄
い
事
を
云
う
主人
は
恐
れ
入
るかと
思
うと
あの
師匠
はいやに
上品
ぶって
自分
だけ
人間
らしい
顔
をしている
馬鹿野郎
です
憚
り
様
女
ですよ
野郎
は
御門違
いです
と
鼻子
の
言葉使
いはますます
御里
をあらわして
来
る
これではまるで
喧嘩
をしに
来
たようなものであるが
そこへ
行
くと
迷亭
はやはり
迷亭
でこの
談判
を
面白
そうに
聞
いている
鉄枴仙人
が
軍鶏
の
蹴合
いを
見
るような
顔
をして
平気
で
聞
いている
悪口
の
交換
では
到底鼻子
の
敵
でないと
自覚
した
主人
は
しばらく
沈黙
を
守
るのやむを
得
ざるに
至
らしめられていたが
ようやく
思
い
付
いたか
あなたは
寒月
の
方
から
御嬢
さんに
恋着
したようにばかりおっしゃるが
私
の
聞
いたんじゃ
少
し
違
いますぜ
ねえ
迷亭君
と
迷亭
の
救
いを
求
める
うん
あの
時
の
話
しじゃ
御嬢
さんの
方
が
始
め
病気
になって
何
だか
譫語
をいったように
聞
いたね
なにそんな
事
はありません
と
金田夫人
は
判然
たる
直線流
の
言葉使
いをする
それでも
寒月
はたしかに
博士
の
夫人
から
聞
いたと
云
っていましたぜ
それがこっちの
手
なんでさあ
博士
の
奥
さんを
頼
んで
寒月
さんの
気
を
引
いて
見
たんでさあね
の
奥
さんは
それを
承知
で
引
き
受
けたんですか
ええ
引
き
受
けて
貰
うたって
ただじゃ
出来
ませんやね
それやこれやでいろいろ
物
を
使
っているんですから
是非寒月君
の
事
を
根堀
り
葉堀
り
御聞
きにならなくっちゃ
御帰
りにならないと
云
う
決心
ですかね
と
迷亭
も
少
し
気持
を
悪
くしたと
見
えて
いつになく
手障
りのあらい
言葉
を
使
う
いいや
君
話
したって
損
の
行
く
事
じゃなし
話
そうじゃないか
苦沙弥君
奥
さん
私
でも
苦沙弥
でも
寒月君
に
関
する
事実
で
差支
えのない
事
は
みんな
話
しますからね
そう
順
を
立
ててだんだん
聞
いて
下
さると
都合
がいいですね
鼻子
はようやく
納得
してそろそろ
質問
を
呈出
する
一時荒立
てた
言葉使
いも
迷亭
に
対
してはまたもとのごとく
叮嚀
になる
寒月
さんも
理学士
だそうですが
全体
どんな
事
を
専門
にしているのでございます
大学院
では
地球
の
磁気
の
研究
をやっています
と
主人
が
真面目
に
答
える
不幸
にしてその
意味
が
鼻子
には
分
らんものだから
へえ
とは
云
ったが
怪訝
な
顔
をしている
それを
勉強
すると
博士
になれましょうか
と
聞
く
博士
にならなければやれないとおっしゃるんですか
と
主人
は
不愉快
そうに
尋
ねる
ええ
ただの
学士
じゃね
いくらでもありますからね
と
鼻子
は
平気
で
答
える
主人
は
迷亭
を
見
ていよいよいやな
顔
をする
博士
になるかならんかは
僕等
も
保証
する
事
が
出来
んから
ほかの
事
を
聞
いていただく
事
にしよう
と
迷亭
もあまり
好
い
機嫌
ではない
近頃
でもその
地球
の
何
かを
勉強
しているんでございましょうか
二三日前
は
首縊
りの
力学
と
云
う
研究
の
結果
を
理学協会
で
演説
しました
と
主人
は
何
の
気
も
付
かずに
云
う
おやいやだ
首縊
りだなんて
よっぽど
変人
ですねえ
そんな
首縊
りや
何
かやってたんじゃ
とても
博士
にはなれますまいね
本人
が
首
を
縊
っちゃあむずかしいですが
首縊
りの
力学
なら
成
れないとも
限
らんです
そうでしょうか
と
今度
は
主人
の
方
を
見
て
顔色
を
窺
う
悲
しい
事
に
力学
と
云
う
意味
がわからんので
落
ちつきかねている
しかしこれしきの
事
を
尋
ねては
金田夫人
の
面目
に
関
すると
思
ってか
ただ
相手
の
顔色
で
八卦
を
立
てて
見
る
主人
の
顔
は
渋
い
そのほかになにか
分
り
易
いものを
勉強
しておりますまいか
そうですな
せんだって
団栗
の
スタビリチ
を
論
じて
併
せて
天体
の
運行
に
及
ぶと
云
う
論文
を
書
いた
事
があります
団栗
なんぞでも
大学校
で
勉強
するものでしょうか
さあ
僕
も
素人
だからよく
分
らんが
何
しろ
寒月君
がやるくらいなんだから
研究
する
価値
があると
見
えますな
と
迷亭
はすまして
冷
かす
鼻子
は
学問上
の
質問
は
手
に
合
わんと
断念
したものと
見
えて
今度
は
話題
を
転
ずる
御話
は
違
いますが
この
御正月
に
椎茸
を
食
べて
前歯
を
二枚折
ったそうじゃございませんか
ええその
欠
けたところに
空也餅
がくっ
付
いていましてね
と
迷亭
はこの
質問
こそ
吾縄張内
だと
急
に
浮
かれ
出
す
色気
のない
人
じゃございませんか
何
だって
楊子
を
使
わないんでしょう
今度逢
ったら
注意
しておきましょう
と
主人
がくすくす
笑
う
椎茸
で
歯
がかけるくらいじゃ
よほど
歯
の
性
が
悪
いと
思
われますが
如何
なものでしょう
善
いとは
言
われますまいな
ねえ
迷亭
善
い
事
はないがちょっと
愛嬌
があるよ
あれぎり
まだ
填
めないところが
妙
だ
今
だに
空也餅引掛所
になってるなあ
奇観
だぜ
歯
を
填
める
小遣
がないので
欠
けなりにしておくんですか
または
物好
きで
欠
けなりにしておくんでしょうか
何
も
永
く
前歯欠成
を
名乗
る
訳
でもないでしょうから
御安心
なさいよ
と
迷亭
の
機嫌
はだんだん
回復
してくる
鼻子
はまた
問題
を
改
める
何
か
御宅
に
手紙
かなんぞ
当人
の
書
いたものでもございますならちょっと
拝見
したいもんでございますが
端書
なら
沢山
あります
御覧
なさい
と
主人
は
書斎
から
三四十枚持
って
来
る
そんなに
沢山拝見
しないでも
その
内
の
二三枚
だけ
どれどれ
僕
が
好
いのを
撰
ってやろう
と
迷亭先生
は
これなざあ
面白
いでしょう
と
一枚
の
絵葉書
を
出
す
おや
絵
もかくんでございますか
なかなか
器用
ですね
どれ
拝見
しましょう
と
眺
めていたが
あらいやだ
狸
だよ
何
だって
撰
りに
撰
って
狸
なんぞかくんでしょうね
それでも
狸
と
見
えるから
不思議
だよ
と
少
し
感心
する
その
文句
を
読
んで
御覧
なさい
と
主人
が
笑
いながら
云
う
鼻子
は
下女
が
新聞
を
読
むように
読
み
出
す
旧暦
の
歳
の
夜
山
の
狸
が
園遊会
をやって
盛
に
舞踏
します
その
歌
に
曰
く
来
いさ
としの
夜
で
御山婦美
も
来
まいぞ
スッポコポンノポン
何
ですこりゃ
人
を
馬鹿
にしているじゃございませんか
と
鼻子
は
不平
の
体
である
この
天女
は
御気
に
入
りませんか
と
迷亭
がまた
一枚出
す
見
ると
天女
が
羽衣
を
着
て
琵琶
を
弾
いている
この
天女
の
鼻
が
少
し
小
さ
過
ぎるようですが
何
それが
人並
ですよ
鼻
より
文句
を
読
んで
御覧
なさい
文句
にはこうある
昔
しある
所
に
一人
の
天文学者
がありました
ある
夜
いつものように
高
い
台
に
登
って
一心
に
星
を
見
ていますと
空
に
美
しい
天女
が
現
われ
この
世
では
聞
かれぬほどの
微妙
な
音楽
を
奏
し
出
したので
天文学者
は
身
に
沁
む
寒
さも
忘
れて
聞
き
惚
れてしまいました
朝見
るとその
天文学者
の
死骸
に
霜
が
真白
に
降
っていました
これは
本当
の
噺
だと
あのうそつきの
爺
やが
申
しました
何
の
事
ですこりゃ
意味
も
何
もないじゃありませんか
これでも
理学士
で
通
るんですかね
ちっと
文芸倶楽部
でも
読
んだらよさそうなものですがねえ
と
寒月君
さんざんにやられる
迷亭
は
面白半分
に
こりゃどうです
と
三枚目
を
出
す
今度
は
活版
で
帆懸舟
が
印刷
してあって
例
のごとくその
下
に
何
か
書
き
散
らしてある
よべの
泊
りの
十六小女郎
親
がないとて
荒磯
の
千鳥
さよの
寝覚
の
千鳥
に
泣
いた
親
は
船乗
り
波
の
底
うまいのねえ
感心
だ
事
話
せるじゃありませんか
話
せますかな
ええこれなら
三味線
に
乗
りますよ
三味線
に
乗
りゃ
本物
だ
こりゃ
如何
です
と
迷亭
は
無暗
に
出
す
いえ
もうこれだけ
拝見
すれば
ほかのは
沢山
で
そんなに
野暮
でないんだと
云
う
事
は
分
りましたから
と
一人
で
合点
している
鼻子
はこれで
寒月
に
関
する
大抵
の
質問
を
卒
えたものと
見
えて
これははなはだ
失礼
を
致
しました
どうか
私
の
参
った
事
は
寒月
さんへは
内々
に
願
います
と
得手勝手
な
要求
をする
寒月
の
事
は
何
でも
聞
かなければならないが
自分
の
方
の
事
は
一切寒月
へ
知
らしてはならないと
云
う
方針
と
見
える
迷亭
も
主人
も
はあ
と
気
のない
返事
をすると
いずれその
内御礼
は
致
しますから
と
念
を
入
れて
言
いながら
立
つ
見送
りに
出
た
両人
が
席
へ
返
るや
否
や
迷亭
が
ありゃ
何
だい
と
云
うと
主人
も
ありゃ
何
だい
と
双方
から
同
じ
問
をかける
奥
の
部屋
で
細君
が
怺
え
切
れなかったと
見
えて
クツクツ
笑
う
声
が
聞
える
迷亭
は
大
きな
声
を
出
して
奥
さん
奥
さん
月並
の
標本
が
来
ましたぜ
月並
もあのくらいになるとなかなか
振
っていますなあ
さあ
遠慮
はいらんから
存分御笑
いなさい
主人
は
不満
な
口気
で
第一気
に
喰
わん
顔
だ
と
悪
らしそうに
云
うと
迷亭
はすぐ
引
きうけて
鼻
が
顔
の
中央
に
陣取
って
乙
に
構
えているなあ
とあとを
付
ける
しかも
曲
っていらあ
少
し
猫背
だね
猫背
の
鼻
は
ちと
奇抜過
ぎる
と
面白
そうに
笑
う
夫
を
剋
する
顔
だ
と
主人
はなお
口惜
しそうである
十九世紀
で
売
れ
残
って
二十世紀
で
店曝
しに
逢
うと
云
う
相
だ
と
迷亭
は
妙
な
事
ばかり
云
う
ところへ
妻君
が
奥
の
間
から
出
て
来
て
女
だけに
あんまり
悪口
をおっしゃると
また
車屋
の
神
さんにいつけられますよ
と
注意
する
少
しいつける
方
が
薬
ですよ
奥
さん
しかし
顔
の
讒訴
などをなさるのは
あまり
下等
ですわ
誰
だって
好
んであんな
鼻
を
持
ってる
訳
でもありませんから
それに
相手
が
婦人
ですからね
あんまり
苛
いわ
と
鼻子
の
鼻
を
弁護
すると
同時
に
自分
の
容貌
も
間接
に
弁護
しておく
何
ひどいものか
あんなのは
婦人
じゃない
愚人
だ
ねえ
迷亭君
愚人
かも
知
れんが
なかなかえら
者
だ
大分引
き
掻
かれたじゃないか
全体教師
を
何
と
心得
ているんだろう
裏
の
車屋
くらいに
心得
ているのさ
ああ
云
う
人物
に
尊敬
されるには
博士
になるに
限
るよ
一体博士
になっておかんのが
君
の
不了見
さ
ねえ
奥
さん
そうでしょう
と
迷亭
は
笑
いながら
細君
を
顧
みる
博士
なんて
到底駄目
ですよ
と
主人
は
細君
にまで
見離
される
これでも
今
になるかも
知
れん
軽蔑
するな
貴様
なぞは
知
るまいが
昔
し
アイソクラチス
と
云
う
人
は
九十四歳
で
大著述
をした
ソフォクリス
が
傑作
を
出
して
天下
を
驚
かしたのは
ほとんど
百歳
の
高齢
だった
シモニジス
は
八十
で
妙詩
を
作
った
おれだって
馬鹿馬鹿
しいわ
あなたのような
胃病
でそんなに
永
く
生
きられるものですか
と
細君
はちゃんと
主人
の
寿命
を
予算
している
失敬
な
甘木
さんへ
行
って
聞
いて
見
ろ
元来御前
がこんな
皺苦茶
な
黒木綿
の
羽織
や
つぎだらけの
着物
を
着
せておくから
あんな
女
に
馬鹿
にされるんだ
あしたから
迷亭
の
着
ているような
奴
を
着
るから
出
しておけ
出
しておけって
あんな
立派
な
御召
はござんせんわ
金田
の
奥
さんが
迷亭
さんに
叮嚀
になったのは
伯父
さんの
名前
を
聞
いてからですよ
着物
の
咎
じゃございません
と
細君
うまく
責任
を
逃
がれる
主人
は
伯父
さんと
云
う
言葉
を
聞
いて
急
に
思
い
出
したように
君
に
伯父
があると
云
う
事
は
今日始
めて
聞
いた
今
までついに
噂
をした
事
がないじゃないか
本当
にあるのかい
と
迷亭
に
聞
く
迷亭
は
待
ってたと
云
わぬばかりに
うんその
伯父
さ
その
伯父
が
馬鹿
に
頑物
でねえ
やはりその
十九世紀
から
連綿
と
今日
まで
生
き
延
びているんだがね
と
主人夫婦
を
半々
に
見
る
オホホホホホ
面白
い
事
ばかりおっしゃって
どこに
生
きていらっしゃるんです
静岡
に
生
きてますがね
それがただ
生
きてるんじゃ
無
いです
頭
にちょん
髷
を
頂
いて
生
きてるんだから
恐縮
しまさあ
帽子
を
被
れってえと
おれはこの
年
になるが
まだ
帽子
を
被
るほど
寒
さを
感
じた
事
はないと
威張
ってるんです
寒
いから
もっと
寝
ていらっしゃいと
云
うと
人間
は
四時間寝
れば
充分
だ
四時間以上寝
るのは
贅沢
の
沙汰
だって
朝暗
いうちから
起
きてくるんです
それでね
おれも
睡眠時間
を
四時間
に
縮
めるには
永年修業
をしたもんだ
若
いうちはどうしても
眠
たくていかなんだが
近頃
に
至
って
始
めて
随処任意
の
庶境
に
入
ってはなはだ
嬉
しいと
自慢
するんです
六十七
になって
寝
られなくなるなあ
当
り
前
でさあ
修業
も
糸瓜
も
入
ったものじゃないのに
当人
は
全
く
克己
の
力
で
成功
したと
思
ってるんですからね
それで
外出
する
時
には
きっと
鉄扇
をもって
出
るんですがね
なににするんだい
何
にするんだか
分
らない
ただ
持
って
出
るんだね
まあ
ステッキ
の
代
りくらいに
考
えてるかも
知
れんよ
ところがせんだって
妙
な
事
がありましてね
と
今度
は
細君
の
方
へ
話
しかける
へえ
と
細君
が
差
し
合
のない
返事
をする
此年
の
春突然手紙
を
寄
こして
山高帽子
と
フロックコ
ト
を
至急送
れと
云
うんです
ちょっと
驚
ろいたから
郵便
で
問
い
返
したところが
老人自身
が
着
ると
云
う
返事
が
来
ました
二十三日
に
静岡
で
祝捷会
があるからそれまでに
間
に
合
うように
至急調達
しろと
云
う
命令
なんです
ところがおかしいのは
命令中
にこうあるんです
帽子
は
好
い
加減
な
大
きさのを
買
ってくれ
洋服
も
寸法
を
見計
らって
大丸
へ
注文
してくれ
近頃
は
大丸
でも
洋服
を
仕立
てるのかい
なあに
先生
白木屋
と
間違
えたんだあね
寸法
を
見計
ってくれたって
無理
じゃないか
そこが
伯父
の
伯父
たるところさ
どうした
仕方
がないから
見計
らって
送
ってやった
君
も
乱暴
だな
それで
間
に
合
ったのかい
まあ
どうにか
こうにかおっついたんだろう
国
の
新聞
を
見
たら
当日牧山翁
は
珍
らしく
フロックコ
ト
にて
例
の
鉄扇
を
持
ち
鉄扇
だけは
離
さなかったと
見
えるね
うん
死
んだら
棺
の
中
へ
鉄扇
だけは
入
れてやろうと
思
っているよ
それでも
帽子
も
洋服
も
うまい
具合
に
着
られて
善
かった
ところが
大間違
さ
僕
も
無事
に
行
ってありがたいと
思
ってると
しばらくして
国
から
小包
が
届
いたから
何
か
礼
でもくれた
事
と
思
って
開
けて
見
たら
例
の
山高帽子
さ
手紙
が
添
えてあってね
せっかく
御求
め
被下候
えども
少々大
きく
候間
帽子屋
へ
御遣
わしの
上
御縮
め
被下度候
縮
め
賃
は
小為替
にて
此方
より
御送可申上候
とあるのさ
なるほど
迂濶
だな
と
主人
は
己
れより
迂濶
なものの
天下
にある
事
を
発見
して
大
に
満足
の
体
に
見
える
やがて
それから
どうした
と
聞
く
どうするったって
仕方
がないから
僕
が
頂戴
して
被
っていらあ
あの
帽子
かあ
と
主人
がにやにや
笑
う
その
方
が
男爵
でいらっしゃるんですか
と
細君
が
不思議
そうに
尋
ねる
誰
がです
その
鉄扇
の
伯父
さまが
なあに
漢学者
でさあ
若
い
時聖堂
で
朱子学
か
何
かにこり
固
まったものだから
電気灯
の
下
で
恭
しくちょん
髷
を
頂
いているんです
仕方
がありません
とやたらに
顋
を
撫
で
廻
す
それでも
君
は
さっきの
女
に
牧山男爵
と
云
ったようだぜ
そうおっしゃいましたよ
私
も
茶
の
間
で
聞
いておりました
と
細君
もこれだけは
主人
の
意見
に
同意
する
そうでしたかな
アハハハハハ
と
迷亭
は
訳
もなく
笑
う
そりゃ
嘘
ですよ
僕
に
男爵
の
伯父
がありゃ
今頃
は
局長
くらいになっていまさあ
と
平気
なものである
何
だか
変
だと
思
った
と
主人
は
嬉
しそうな
心配
そうな
顔付
をする
あらまあ
よく
真面目
であんな
嘘
が
付
けますねえ
あなたもよっぽど
法螺
が
御上手
でいらっしゃる
事
と
細君
は
非常
に
感心
する
僕
より
あの
女
の
方
が
上
わ
手
でさあ
あなただって
御負
けなさる
気遣
いはありません
しかし
奥
さん
僕
の
法螺
は
単
なる
法螺
ですよ
あの
女
のは
みんな
魂胆
があって
曰
く
付
きの
嘘
ですぜ
たちが
悪
いです
猿智慧
から
割
り
出
した
術数
と
天来
の
滑稽趣味
と
混同
されちゃ
コメディ
の
神様
も
活眼
の
士
なきを
嘆
ぜざるを
得
ざる
訳
に
立
ち
至
りますからな
主人
は
俯目
になって
どうだか
と
云
う
妻君
は
笑
いながら
同
じ
事
ですわ
と
云
う
吾輩
は
今
まで
向
う
横丁
へ
足
を
踏
み
込
んだ
事
はない
角屋敷
の
金田
とは
どんな
構
えか
見
た
事
は
無論
ない
聞
いた
事
さえ
今
が
始
めてである
主人
の
家
で
実業家
が
話頭
に
上
った
事
は
一返
もないので
主人
の
飯
を
食
う
吾輩
までがこの
方面
には
単
に
無関係
なるのみならず
はなはだ
冷淡
であった
しかるに
先刻図
らずも
鼻子
の
訪問
を
受
けて
余所
ながらその
談話
を
拝聴
し
その
令嬢
の
艶美
を
想像
し
またその
富貴
権勢
を
思
い
浮
べて
見
ると
猫
ながら
安閑
として
椽側
に
寝転
んでいられなくなった
しかのみならず
吾輩
は
寒月君
に
対
してはなはだ
同情
の
至
りに
堪
えん
先方
では
博士
の
奥
さんやら
車屋
の
神
さんやら
二絃琴
の
天璋院
まで
買収
して
知
らぬ
間
に
前歯
の
欠
けたのさえ
探偵
しているのに
寒月君
の
方
ではただ
ニヤニヤ
して
羽織
の
紐
ばかり
気
にしているのは
いかに
卒業
したての
理学士
にせよ
あまり
能
がなさ
過
ぎる
と
言
って
ああ
云
う
偉大
な
鼻
を
顔
の
中
に
安置
している
女
の
事
だから
滅多
な
者
では
寄
り
付
ける
訳
の
者
ではない
こう
云
う
事件
に
関
しては
主人
はむしろ
無頓着
でかつあまりに
銭
がなさ
過
ぎる
迷亭
は
銭
に
不自由
はしないが
あんな
偶然童子
だから
寒月
に
援
けを
与
える
便宜
は
尠
かろう
して
見
ると
可哀相
なのは
首縊
りの
力学
を
演説
する
先生
ばかりとなる
吾輩
でも
奮発
して
敵城
へ
乗
り
込
んでその
動静
を
偵察
してやらなくては
あまり
不公平
である
吾輩
は
猫
だけれど
エピクテタス
を
読
んで
机
の
上
へ
叩
きつけるくらいな
学者
の
家
に
寄寓
する
猫
で
世間一般
の
痴猫
愚猫
とは
少
しく
撰
を
殊
にしている
この
冒険
をあえてするくらいの
義侠心
は
固
より
尻尾
の
先
に
畳
み
込
んである
何
も
寒月君
に
恩
になったと
云
う
訳
もないが
これはただに
個人
のためにする
血気躁狂
の
沙汰
ではない
大
きく
云
えば
公平
を
好
み
中庸
を
愛
する
天意
を
現実
にする
天晴
な
美挙
だ
人
の
許諾
を
経
ずして
吾妻橋事件
などを
至
る
処
に
振
り
廻
わす
以上
は
人
の
軒下
に
犬
を
忍
ばして
その
報道
を
得々
として
逢
う
人
に
吹聴
する
以上
は
車夫
馬丁
無頼漢
ごろつき
書生
日雇婆
産婆
妖婆
按摩
頓馬
に
至
るまでを
使用
して
国家有用
の
材
に
煩
を
及
ぼして
顧
みざる
以上
は
猫
にも
覚悟
がある
幸
い
天気
も
好
い
霜解
は
少々閉口
するが
道
のためには
一命
もすてる
足
の
裏
へ
泥
が
着
いて
椽側
へ
梅
の
花
の
印
を
押
すくらいな
事
は
ただ
御三
の
迷惑
にはなるか
知
れんが
吾輩
の
苦痛
とは
申
されない
翌日
とも
云
わずこれから
出掛
けようと
勇猛精進
の
大決心
を
起
して
台所
まで
飛
んで
出
たが
待
てよ
と
考
えた
吾輩
は
猫
として
進化
の
極度
に
達
しているのみならず
脳力
の
発達
においてはあえて
中学
の
三年生
に
劣
らざるつもりであるが
悲
しいかな
咽喉
の
構造
だけはどこまでも
猫
なので
人間
の
言語
が
饒舌
れない
よし
首尾
よく
金田邸
へ
忍
び
込
んで
充分敵
の
情勢
を
見届
けたところで
肝心
の
寒月君
に
教
えてやる
訳
に
行
かない
主人
にも
迷亭先生
にも
話
せない
話
せないとすれば
土中
にある
金剛石
の
日
を
受
けて
光
らぬと
同
じ
事
で
せっかくの
智識
も
無用
の
長物
となる
これは
愚
だ
やめようかしらんと
上
り
口
で
佇
んで
見
た
しかし
一度思
い
立
った
事
を
中途
でやめるのは
白雨
が
来
るかと
待
っている
時黒雲共隣国
へ
通
り
過
ぎたように
何
となく
残
り
惜
しい
それも
非
がこっちにあれば
格別
だが
いわゆる
正義
のため
人道
のためなら
たとい
無駄死
をやるまでも
進
むのが
義務
を
知
る
男児
の
本懐
であろう
無駄骨
を
折
り
無駄足
を
汚
すくらいは
猫
として
適当
のところである
猫
と
生
れた
因果
で
寒月
迷亭
苦沙弥諸先生
と
三寸
の
舌頭
に
相互
の
思想
を
交換
する
技倆
はないが
猫
だけに
忍
びの
術
は
諸先生
より
達者
である
他人
の
出来
ぬ
事
を
成就
するのはそれ
自身
において
愉快
である
吾一箇
でも
金田
の
内幕
を
知
るのは
誰
も
知
らぬより
愉快
である
人
に
告
げられんでも
人
に
知
られているなと
云
う
自覚
を
彼等
に
与
うるだけが
愉快
である
こんなに
愉快
が
続々出
て
来
ては
行
かずにはいられない
やはり
行
く
事
に
致
そう
向
う
横町
へ
来
て
見
ると
聞
いた
通
りの
西洋館
が
角地面
を
吾物顔
に
占領
している
この
主人
もこの
西洋館
のごとく
傲慢
に
構
えているんだろうと
門
を
這入
ってその
建築
を
眺
めて
見
たがただ
人
を
威圧
しようと
二階作
りが
無意味
に
突
っ
立
っているほかに
何等
の
能
もない
構造
であった
迷亭
のいわゆる
月並
とはこれであろうか
玄関
を
右
に
見
て
植込
の
中
を
通
り
抜
けて
勝手口
へ
廻
る
さすがに
勝手
は
広
い
苦沙弥先生
の
台所
の
十倍
はたしかにある
せんだって
日本新聞
に
詳
しく
書
いてあった
大隈伯
の
勝手
にも
劣
るまいと
思
うくらい
整然
とぴかぴかしている
模範勝手
だな
と
這入
り
込
む
見
ると
漆喰
で
叩
き
上
げた
二坪
ほどの
土間
に
例
の
車屋
の
神
さんが
立
ちながら
御飯焚
きと
車夫
を
相手
にしきりに
何
か
弁
じている
こいつは
剣呑
だと
水桶
の
裏
へかくれる
あの
教師
あ
うちの
旦那
の
名
を
知
らないのかね
と
飯焚
が
云
う
知
らねえ
事
があるもんか
この
界隈
で
金田
さんの
御屋敷
を
知
らなけりゃ
眼
も
耳
もねえ
片輪
だあな
これは
抱
え
車夫
の
声
である
なんとも
云
えないよ
あの
教師
と
来
たら
本
よりほかに
何
にも
知
らない
変人
なんだからねえ
旦那
の
事
を
少
しでも
知
ってりゃ
恐
れるかも
知
れないが
駄目
だよ
自分
の
小供
の
歳
さえ
知
らないんだもの
と
神
さんが
云
う
金田
さんでも
恐
れねえかな
厄介
な
唐変木
だ
構
あ
事
あねえ
みんなで
威嚇
かしてやろうじゃねえか
それが
好
いよ
奥様
の
鼻
が
大
き
過
ぎるの
顔
が
気
に
喰
わないのって
そりゃあ
酷
い
事
を
云
うんだよ
自分
の
面
あ
今戸焼
の
狸見
たような
癖
に
あれで
一人前
だと
思
っているんだからやれ
切
れないじゃないか
顔
ばかりじゃない
手拭
を
提
げて
湯
に
行
くところからして
いやに
高慢
ちきじゃないか
自分
くらいえらい
者
は
無
いつもりでいるんだよ
と
苦沙弥先生
は
飯焚
にも
大
に
不人望
である
何
でも
大勢
であいつの
垣根
の
傍
へ
行
って
悪口
をさんざんいってやるんだね
そうしたらきっと
恐
れ
入
るよ
しかしこっちの
姿
を
見
せちゃあ
面白
くねえから
声
だけ
聞
かして
勉強
の
邪魔
をした
上
に
出来
るだけじらしてやれって
さっき
奥様
が
言
い
付
けておいでなすったぜ
そりゃ
分
っているよ
と
神
さんは
悪口
の
三分
の
一
を
引
き
受
けると
云
う
意味
を
示
す
なるほどこの
手合
が
苦沙弥先生
を
冷
やかしに
来
るなと
三人
の
横
を
そっと
通
り
抜
けて
奥
へ
這入
る
猫
の
足
はあれども
無
きがごとし
どこを
歩
いても
不器用
な
音
のした
試
しがない
空
を
踏
むがごとく
雲
を
行
くがごとく
水中
に
磬
を
打
つがごとく
洞裏
に
瑟
を
鼓
するがごとく
醍醐
の
妙味
を
甞
めて
言詮
のほかに
冷暖
を
自知
するがごとし
月並
な
西洋館
もなく
模範勝手
もなく
車屋
の
神
さんも
権助
も
飯焚
も
御嬢
さまも
仲働
きも
鼻子夫人
も
夫人
の
旦那様
もない
行
きたいところへ
行
って
聞
きたい
話
を
聞
いて
舌
を
出
し
尻尾
を
掉
って
髭
をぴんと
立
てて
悠々
と
帰
るのみである
ことに
吾輩
はこの
道
に
掛
けては
日本一
の
堪能
である
草双紙
にある
猫又
の
血脈
を
受
けておりはせぬかと
自
ら
疑
うくらいである
蟇
の
額
には
夜光
の
明珠
があると
云
うが
吾輩
の
尻尾
には
神祇釈教恋無常
は
無論
の
事
満天下
の
人間
を
馬鹿
にする
一家相伝
の
妙薬
が
詰
め
込
んである
金田家
の
廊下
を
人
の
知
らぬ
間
に
横行
するくらいは
仁王様
が
心太
を
踏
み
潰
すよりも
容易
である
この
時吾輩
は
我
ながら
わが
力量
に
感服
して
これも
普段大事
にする
尻尾
の
御蔭
だなと
気
が
付
いて
見
るとただ
置
かれない
吾輩
の
尊敬
する
尻尾大明神
を
礼拝
して
ニャン
運長久
を
祈
らばやと
ちょっと
低頭
して
見
たが
どうも
少
し
見当
が
違
うようである
なるべく
尻尾
の
方
を
見
て
三拝
しなければならん
尻尾
の
方
を
見
ようと
身体
を
廻
すと
尻尾
も
自然
と
廻
る
追付
こうと
思
って
首
をねじると
尻尾
も
同
じ
間隔
をとって
先
へ
馳
け
出
す
なるほど
天地玄黄
を
三寸裏
に
収
めるほどの
霊物
だけあって
到底吾輩
の
手
に
合
わない
尻尾
を
環
る
事七度
び
半
にして
草臥
れたからやめにした
少々眼
がくらむ
どこにいるのだかちょっと
方角
が
分
らなくなる
構
うものかと
滅茶苦茶
にあるき
廻
る
障子
の
裏
で
鼻子
の
声
がする
ここだと
立
ち
留
まって
左右
の
耳
をはすに
切
って
息
を
凝
らす
貧乏教師
の
癖
に
生意気
じゃありませんか
と
例
の
金切
り
声
を
振
り
立
てる
うん
生意気
な
奴
だ
ちと
懲
らしめのためにいじめてやろう
あの
学校
にゃ
国
のものもいるからな
誰
がいるの
津木
ピン
助
や
福地
キシャゴ
がいるから
頼
んでからかわしてやろう
吾輩
は
金田君
の
生国
は
分
らんが
妙
な
名前
の
人間
ばかり
揃
った
所
だと
少々驚
いた
金田君
はなお
語
をついで
あいつは
英語
の
教師
かい
と
聞
く
はあ
車屋
の
神
さんの
話
では
英語
の
リ
ドル
か
何
か
専門
に
教
えるんだって
云
います
どうせ
碌
な
教師
じゃあるめえ
あるめえにも
尠
なからず
感心
した
この
間
ピン
助
に
遇
ったら
私
の
学校
にゃ
妙
な
奴
がおります
生徒
から
先生番茶
は
英語
で
何
と
云
いますと
聞
かれて
番茶
は
であると
真面目
に
答
えたんで
教員間
の
物笑
いとなっています
どうもあんな
教員
があるから
ほかのものの
迷惑
になって
困
りますと
云
ったが
大方
あいつの
事
だぜ
あいつに
極
っていまさあ
そんな
事
を
云
いそうな
面構
えですよ
いやに
髭
なんか
生
やして
怪
しからん
奴
だ
髭
を
生
やして
怪
しからなければ
猫
などは
一疋
だって
怪
しかりようがない
それにあの
迷亭
とか
へべれけとか
云
う
奴
は
まあ
何
てえ
頓狂
な
跳返
りなんでしょう
伯父
の
牧山男爵
だなんて
あんな
顔
に
男爵
の
伯父
なんざ
有
るはずがないと
思
ったんですもの
御前
がどこの
馬
の
骨
だか
分
らんものの
言
う
事
を
真
に
受
けるのも
悪
い
悪
いって
あんまり
人
を
馬鹿
にし
過
ぎるじゃありませんか
と
大変残念
そうである
不思議
な
事
には
寒月君
の
事
は
一言半句
も
出
ない
吾輩
の
忍
んで
来
る
前
に
評判記
はすんだものか
またはすでに
落第
と
事
が
極
って
念頭
にないものか
その
辺
は
懸念
もあるが
仕方
がない
しばらく
佇
んでいると
廊下
を
隔
てて
向
うの
座敷
で
ベル
の
音
がする
そらあすこにも
何
か
事
がある
後
れぬ
先
に
とその
方角
へ
歩
を
向
ける
来
て
見
ると
女
が
独
りで
何
か
大声
で
話
している
その
声
が
鼻子
とよく
似
ているところをもって
推
すと
これが
即
ち
当家
の
令嬢寒月君
をして
未遂入水
をあえてせしめたる
代物
だろう
惜哉障子越
しで
玉
の
御姿
を
拝
する
事
が
出来
ない
従
って
顔
の
真中
に
大
きな
鼻
を
祭
り
込
んでいるか
どうだか
受合
えない
しかし
談話
の
模様
から
鼻息
の
荒
いところなどを
綜合
して
考
えて
見
ると
満更人
の
注意
を
惹
かぬ
獅鼻
とも
思
われない
女
はしきりに
喋舌
っているが
相手
の
声
が
少
しも
聞
えないのは
噂
にきく
電話
というものであろう
御前
は
大和
かい
明日
ね
行
くんだからね
鶉
の
三
を
取
っておいておくれ
いいかえ
分
ったかい
なに
分
らない
おやいやだ
鶉
の
三
を
取
るんだよ
なんだって
取
れない
取
れないはずはない
とるんだよ
へへへへへ
御冗談
をだって
何
が
御冗談
なんだよ
いやに
人
をおひゃらかすよ
全体御前
は
誰
だい
長吉
だ
長吉
なんぞじゃ
訳
が
分
らない
お
神
さんに
電話口
へ
出
ろって
御云
いな
なに
私
しで
何
でも
弁
じます
お
前
は
失敬
だよ
妾
しを
誰
だか
知
ってるのかい
金田
だよ
へへへへへ
善
く
存
じておりますだって
ほんとに
馬鹿
だよこの
人
あ
金田
だってえばさ
なに
毎度御贔屓
にあずかりましてありがとうございます
何
がありがたいんだね
御礼
なんか
聞
きたかあないやね
おやまた
笑
ってるよ
お
前
はよっぽど
愚物
だね
仰
せの
通
りだって
あんまり
人
を
馬鹿
にすると
電話
を
切
ってしまうよ
いいのかい
困
らないのかよ
黙
ってちゃ
分
らないじゃないか
何
とか
御云
いなさいな
電話
は
長吉
の
方
から
切
ったものか
何
の
返事
もないらしい
令嬢
は
癇癪
を
起
してやけに
ベル
を
ジャラジャラ
と
廻
す
足元
で
狆
が
驚
ろいて
急
に
吠
え
出
す
これは
迂濶
に
出来
ないと
急
に
飛
び
下
りて
椽
の
下
へもぐり
込
む
折柄廊下
を
近
く
足音
がして
障子
を
開
ける
音
がする
誰
か
来
たなと
一生懸命
に
聞
いていると
御嬢様
旦那様
と
奥様
が
呼
んでいらっしゃいます
と
小間使
らしい
声
がする
知
らないよ
と
令嬢
は
剣突
を
食
わせる
ちょっと
用
があるから
嬢
を
呼
んで
来
いとおっしゃいました
うるさいね
知
らないてば
と
令嬢
は
第二
の
剣突
を
食
わせる
水島寒月
さんの
事
で
御用
があるんだそうでございます
と
小間使
は
気
を
利
かして
機嫌
を
直
そうとする
寒月
でも
水月
でも
知
らないんだよ
大嫌
いだわ
糸瓜
が
戸迷
いをしたような
顔
をして
第三
の
剣突
は
憐
れなる
寒月君
が
留守中
に
頂戴
する
おや
御前
いつ
束髪
に
結
ったの
小間使
はほっと
一息
ついて
今日
となるべく
単簡
な
挨拶
をする
生意気
だねえ
小間使
の
癖
に
と
第四
の
剣突
を
別方面
から
食
わす
そうして
新
しい
半襟
を
掛
けたじゃないか
へえ
せんだって
御嬢様
からいただきましたので
結構過
ぎて
勿体
ないと
思
って
行李
の
中
へしまっておきましたが
今
までのがあまり
汚
れましたからかけ
易
えました
いつ
そんなものを
上
げた
事
があるの
この
御正月
白木屋
へいらっしゃいまして
御求
め
遊
ばしたので
鶯茶
へ
相撲
の
番附
を
染
め
出
したのでございます
妾
しには
地味過
ぎていやだから
御前
に
上
げようとおっしゃった
あれでございます
あらいやだ
善
く
似合
うのね
にくらしいわ
恐
れ
入
ります
褒
めたんじゃない
にくらしいんだよ
へえ
そんなによく
似合
うものをなぜだまって
貰
ったんだい
へえ
御前
にさえ
そのくらい
似合
うなら
妾
しにだっておかしい
事
あないだろうじゃないか
きっとよく
御似合
い
遊
ばします
似
あうのが
分
ってる
癖
になぜ
黙
っているんだい
そうしてすまして
掛
けているんだよ
人
の
悪
い
剣突
は
留
めどもなく
連発
される
このさき
事局
はどう
発展
するかと
謹聴
している
時
向
うの
座敷
で
富子
や
富子
や
と
大
きな
声
で
金田君
が
令嬢
を
呼
ぶ
令嬢
はやむを
得
ず
はい
と
電話室
を
出
て
行
く
吾輩
より
少
し
大
きな
狆
が
顔
の
中心
に
眼
と
口
を
引
き
集
めたような
面
をして
付
いて
行
く
吾輩
は
例
の
忍
び
足
で
再
び
勝手
から
往来
へ
出
て
急
いで
主人
の
家
に
帰
る
探険
はまず
十二分
の
成績
である
帰
って
見
ると
奇麗
な
家
から
急
に
汚
ない
所
へ
移
ったので
何
だか
日当
りの
善
い
山
の
上
から
薄黒
い
洞窟
の
中
へ
入
り
込
んだような
心持
ちがする
探険中
は
ほかの
事
に
気
を
奪
われて
部屋
の
装飾
襖
障子
の
具合
などには
眼
も
留
らなかったが
わが
住居
の
下等
なるを
感
ずると
同時
に
彼
のいわゆる
月並
が
恋
しくなる
教師
よりもやはり
実業家
がえらいように
思
われる
吾輩
も
少
し
変
だと
思
って
例
の
尻尾
に
伺
いを
立
てて
見
たら
その
通
りその
通
りと
尻尾
の
先
から
御託宣
があった
座敷
へ
這入
って
見
ると
驚
いたのは
迷亭先生
まだ
帰
らない
巻煙草
の
吸
い
殻
を
蜂
の
巣
のごとく
火鉢
の
中
へ
突
き
立
てて
大胡坐
で
何
か
話
し
立
てている
いつの
間
にか
寒月君
さえ
来
ている
主人
は
手枕
をして
天井
の
雨洩
を
余念
もなく
眺
めている
あいかわらず
太平
の
逸民
の
会合
である
寒月君
君
の
事
を
譫語
にまで
言
った
婦人
の
名
は
当時秘密
であったようだが
もう
話
しても
善
かろう
と
迷亭
がからかい
出
す
御話
しをしても
私
だけに
関
する
事
なら
差支
えないんですが
先方
の
迷惑
になる
事
ですから
まだ
駄目
かなあ
それに
博士夫人
に
約束
をしてしまったもんですから
他言
をしないと
云
う
約束
かね
ええ
と
寒月君
は
例
のごとく
羽織
の
紐
をひねくる
その
紐
は
売品
にあるまじき
紫色
である
その
紐
の
色
は
ちと
天保調
だな
と
主人
が
寝
ながら
云
う
主人
は
金田事件
などには
無頓着
である
そうさ
到底日露戦争時代
のものではないな
陣笠
に
立葵
の
紋
の
付
いたぶっ
割
き
羽織
でも
着
なくっちゃ
納
まりの
付
かない
紐
だ
織田信長
が
聟入
をするとき
頭
の
髪
を
茶筌
に
結
ったと
云
うがその
節用
いたのは
たしかそんな
紐
だよ
と
迷亭
の
文句
はあいかわらず
長
い
実際
これは
爺
が
長州征伐
の
時
に
用
いたのです
と
寒月君
は
真面目
である
もういい
加減
に
博物館
へでも
献納
してはどうだ
首縊
りの
力学
の
演者
理学士水島寒月君
ともあろうものが
売
れ
残
りの
旗本
のような
出
で
立
をするのはちと
体面
に
関
する
訳
だから
御忠告
の
通
りに
致
してもいいのですが
この
紐
が
大変
よく
似合
うと
云
ってくれる
人
もありますので
誰
だい
そんな
趣味
のない
事
を
云
うのは
と
主人
は
寝返
りを
打
ちながら
大
きな
声
を
出
す
それは
御存
じの
方
なんじゃないんで
御存
じでなくてもいいや
一体誰
だい
去
る
女性
なんです
ハハハハハ
よほど
茶人
だなあ
当
てて
見
ようか
やはり
隅田川
の
底
から
君
の
名
を
呼
んだ
女
なんだろう
その
羽織
を
着
てもう
一返御駄仏
を
極
め
込
んじゃどうだい
と
迷亭
が
横合
から
飛
び
出
す
へへへへへもう
水底
から
呼
んではおりません
ここから
乾
の
方角
にあたる
清浄
な
世界
で
あんまり
清浄
でもなさそうだ
毒々
しい
鼻
だぜ
へえ
と
寒月
は
不審
な
顔
をする
向
う
横丁
の
鼻
がさっき
押
しかけて
来
たんだよ
ここへ
実
に
僕等二人
は
驚
いたよ
ねえ
苦沙弥君
うむ
と
主人
は
寝
ながら
茶
を
飲
む
鼻
って
誰
の
事
です
君
の
親愛
なる
久遠
の
女性
の
御母堂様
だ
へえ
金田
の
妻
という
女
が
君
の
事
を
聞
きに
来
たよ
と
主人
が
真面目
に
説明
してやる
驚
くか
嬉
しがるか
恥
ずかしがるかと
寒月君
の
様子
を
窺
って
見
ると
別段
の
事
もない
例
の
通
り
静
かな
調子
で
どうか
私
に
あの
娘
を
貰
ってくれと
云
う
依頼
なんでしょう
と
また
紫
の
紐
をひねくる
ところが
大違
さ
その
御母堂
なるものが
偉大
なる
鼻
の
所有主
でね
迷亭
が
半
ば
言
い
懸
けると
主人
が
おい
君
僕
はさっきから
あの
鼻
について
俳体詩
を
考
えているんだがね
と
木
に
竹
を
接
いだような
事
を
云
う
隣
の
室
で
妻君
がくすくす
笑
い
出
す
随分君
も
呑気
だなあ
出来
たのかい
少
し
出来
た
第一句
がこの
顔
に
鼻祭
りと
云
うのだ
それから
次
がこの
鼻
に
神酒供
えというのさ
次
の
句
は
まだそれぎりしか
出来
ておらん
面白
いですな
と
寒月君
がにやにや
笑
う
次
へ
穴二
つ
幽
かなりと
付
けちゃどうだ
と
迷亭
はすぐ
出来
る
すると
寒月
が
奥深
く
毛
も
見
えずはいけますまいか
と
各々出鱈目
を
並
べていると
垣根
に
近
く
往来
で
今戸焼
の
狸今戸焼
の
狸
と
四五人
わいわい
云
う
声
がする
主人
も
迷亭
もちょっと
驚
ろいて
表
の
方
を
垣
の
隙
からすかして
見
ると
ワハハハハハ
と
笑
う
声
がして
遠
くへ
散
る
足
の
音
がする
今戸焼
の
狸
というな
何
だい
と
迷亭
が
不思議
そうに
主人
に
聞
く
何
だか
分
らん
と
主人
が
答
える
なかなか
振
っていますな
と
寒月君
が
批評
を
加
える
迷亭
は
何
を
思
い
出
したか
急
に
立
ち
上
って
吾輩
は
年来美学上
の
見地
からこの
鼻
について
研究
した
事
がございますから
その
一斑
を
披瀝
して
御両君
の
清聴
を
煩
わしたいと
思
います
と
演舌
の
真似
をやる
主人
はあまりの
突然
にぼんやりして
無言
のまま
迷亭
を
見
ている
寒月
は
是非承
りたいものです
と
小声
で
云
う
いろいろ
調
べて
見
ましたが
鼻
の
起源
はどうも
確
と
分
りません
第一
の
不審
は
もしこれを
実用上
の
道具
と
仮定
すれば
穴
が
二
つでたくさんである
何
もこんなに
横風
に
真中
から
突
き
出
して
見
る
必用
がないのである
ところがどうしてだんだん
御覧
のごとく
斯様
にせり
出
して
参
ったか
と
自分
の
鼻
を
抓
んで
見
せる
あんまりせり
出
してもおらんじゃないか
と
主人
は
御世辞
のないところを
云
う
とにかく
引
っ
込
んではおりませんからな
ただ
二個
の
孔
が
併
んでいる
状体
と
混同
なすっては
誤解
を
生
ずるに
至
るかも
計
られませんから
予
め
御注意
をしておきます
で
愚見
によりますと
鼻
の
発達
は
吾々人間
が
鼻汁
をかむと
申
す
微細
なる
行為
の
結果
が
自然
と
蓄積
してかく
著明
なる
現象
を
呈出
したものでございます
佯
りのない
愚見
だ
とまた
主人
が
寸評
を
挿入
する
御承知
の
通
り
鼻汁
をかむ
時
は
是非鼻
を
抓
みます
鼻
を
抓
んで
ことにこの
局部
だけに
刺激
を
与
えますと
進化論
の
大原則
によって
この
局部
はこの
刺激
に
応
ずるがため
他
に
比例
して
不相当
な
発達
を
致
します
皮
も
自然堅
くなります
肉
も
次第
に
硬
くなります
ついに
凝
って
骨
となります
それは
少
し
そう
自由
に
肉
が
骨
に
一足飛
に
変化
は
出来
ますまい
と
理学士
だけあって
寒月君
が
抗議
を
申
し
込
む
迷亭
は
何喰
わぬ
顔
で
陳
べ
続
ける
いや
御不審
はごもっともですが
論
より
証拠
この
通
り
骨
があるから
仕方
がありません
すでに
骨
が
出来
る
骨
は
出来
ても
鼻汁
は
出
ますな
出
ればかまずにはいられません
この
作用
で
骨
の
左右
が
削
り
取
られて
細
い
高
い
隆起
と
変化
して
参
ります
実
に
恐
ろしい
作用
です
点滴
の
石
を
穿
つがごとく
賓頭顱
の
頭
が
自
から
光明
を
放
つがごとく
不思議薫不思議臭
の
喩
のごとく
斯様
に
鼻筋
が
通
って
堅
くなります
それでも
君
のなんぞ
ぶくぶくだぜ
演者自身
の
局部
は
回護
の
恐
れがありますから
わざと
論
じません
かの
金田
の
御母堂
の
持
たせらるる
鼻
のごときは
もっとも
発達
せるもっとも
偉大
なる
天下
の
珍品
として
御両君
に
紹介
しておきたいと
思
います
寒月君
は
思
わず
ヒヤヤヤ
と
云
う
しかし
物
も
極度
に
達
しますと
偉観
には
相違
ございませんが
何
となく
怖
しくて
近
づき
難
いものであります
あの
鼻梁
などは
素晴
しいには
違
いございませんが
少々峻嶮過
ぎるかと
思
われます
古人
のうちにても
ソクラチス
ゴ
ルドスミス
もしくは
サッカレ
の
鼻
などは
構造
の
上
から
云
うと
随分申
し
分
はございましょうがその
申
し
分
のあるところに
愛嬌
がございます
鼻高
きが
故
に
貴
からず
奇
なるがために
貴
しとはこの
故
でもございましょうか
下世話
にも
鼻
より
団子
と
申
しますれば
美的価値
から
申
しますとまず
迷亭
くらいのところが
適当
かと
存
じます
寒月
と
主人
は
フフフフ
と
笑
い
出
す
迷亭自身
も
愉快
そうに
笑
う
さてただ
今
まで
弁
じましたのは
先生弁
じましたは
少
し
講釈師
のようで
下品
ですから
よしていただきましょう
と
寒月君
は
先日
の
復讐
をやる
さようしからば
顔
を
洗
って
出直
しましょうかな
ええ
これから
鼻
と
顔
の
権衡
に
一言論及
したいと
思
います
他
に
関係
なく
単独
に
鼻論
をやりますと
かの
御母堂
などはどこへ
出
しても
恥
ずかしからぬ
鼻
鞍馬山
で
展覧会
があっても
恐
らく
一等賞
だろうと
思
われるくらいな
鼻
を
所有
していらせられますが
悲
しいかなあれは
眼
口
その
他
の
諸先生
と
何等
の
相談
もなく
出来上
った
鼻
であります
ジュリアス
シ
ザ
の
鼻
は
大
したものに
相違
ございません
しかし
シ
ザ
の
鼻
を
鋏
でちょん
切
って
当家
の
猫
の
顔
へ
安置
したらどんな
者
でございましょうか
喩
えにも
猫
の
額
と
云
うくらいな
地面
へ
英雄
の
鼻柱
が
突兀
として
聳
えたら
碁盤
の
上
へ
奈良
の
大仏
を
据
え
付
けたようなもので
少
しく
比例
を
失
するの
極
その
美的価値
を
落
す
事
だろうと
思
います
御母堂
の
鼻
は
シ
ザ
のそれのごとく
正
しく
英姿颯爽
たる
隆起
に
相違
ございません
しかしその
周囲
を
囲繞
する
顔面的条件
は
如何
な
者
でありましょう
無論当家
の
猫
のごとく
劣等
ではない
しかし
癲癇病
みの
御
かめのごとく
眉
の
根
に
八字
を
刻
んで
細
い
眼
を
釣
るし
上
げらるるのは
事実
であります
諸君
この
顔
にしてこの
鼻
ありと
嘆
ぜざるを
得
んではありませんか
迷亭
の
言葉
が
少
し
途切
れる
途端
裏
の
方
で
まだ
鼻
の
話
しをしているんだよ
何
てえ
剛突
く
張
だろう
と
云
う
声
が
聞
える
車屋
の
神
さんだ
と
主人
が
迷亭
に
教
えてやる
迷亭
はまたやり
初
める
計
らざる
裏手
にあたって
新
たに
異性
の
傍聴者
のある
事
を
発見
したのは
演者
の
深
く
名誉
と
思
うところであります
ことに
宛転
たる
嬌音
をもって
乾燥
なる
講筵
に
一点
の
艶味
を
添
えられたのは
実
に
望外
の
幸福
であります
なるべく
通俗的
に
引
き
直
して
佳人淑女
の
眷顧
に
背
かざらん
事
を
期
する
訳
でありますが
これからは
少々力学上
の
問題
に
立
ち
入
りますので
勢御婦人方
には
御分
りにくいかも
知
れません
どうか
御辛防
を
願
います
寒月君
は
力学
と
云
う
語
を
聞
いてまたにやにやする
私
の
証拠立
てようとするのは
この
鼻
とこの
顔
は
到底調和
しない
ツァイシング
の
黄金律
を
失
していると
云
う
事
なんで
それを
厳格
に
力学上
の
公式
から
演繹
して
御覧
に
入
れようと
云
うのであります
まず
を
鼻
の
高
さとします
は
鼻
と
顔
の
平面
の
交叉
より
生
ずる
角度
であります
は
無論鼻
の
重量
と
御承知下
さい
どうです
大抵
お
分
りになりましたか
分
るものか
と
主人
が
云
う
寒月君
はどうだい
私
にもちと
分
りかねますな
そりゃ
困
ったな
苦沙弥
はとにかく
君
は
理学士
だから
分
るだろうと
思
ったのに
この
式
が
演説
の
首脳
なんだからこれを
略
しては
今
までやった
甲斐
がないのだが
まあ
仕方
がない
公式
は
略
して
結論
だけ
話
そう
結論
があるか
と
主人
が
不思議
そうに
聞
く
当
り
前
さ
結論
のない
演舌
は
デザ
ト
のない
西洋料理
のようなものだ
いいか
両君能
く
聞
き
給
え
これからが
結論
だぜ
さて
以上
の
公式
に
ウィルヒョウ
ワイスマン
諸家
の
説
を
参酌
して
考
えて
見
ますと
先天的形体
の
遺伝
は
無論
の
事許
さねばなりません
またこの
形体
に
追陪
して
起
る
心意的状況
は
たとい
後天性
は
遺伝
するものにあらずとの
有力
なる
説
あるにも
関
せず
ある
程度
までは
必然
の
結果
と
認
めねばなりません
従
ってかくのごとく
身分
に
不似合
なる
鼻
の
持主
の
生
んだ
子
には
その
鼻
にも
何
か
異状
がある
事
と
察
せられます
寒月君
などは
まだ
年
が
御若
いから
金田令嬢
の
鼻
の
構造
において
特別
の
異状
を
認
められんかも
知
れませんが
かかる
遺伝
は
潜伏期
の
長
いものでありますから
いつ
何時気候
の
劇変
と
共
に
急
に
発達
して
御母堂
のそれのごとく
咄嗟
の
間
に
膨脹
するかも
知
れません
それ
故
にこの
御婚儀
は
迷亭
の
学理的論証
によりますと
今
の
中御断念
になった
方
が
安全
かと
思
われます
これには
当家
の
御主人
は
無論
の
事
そこに
寝
ておらるる
猫又殿
にも
御異存
は
無
かろうと
存
じます
主人
はようよう
起
き
返
って
そりゃ
無論
さ
あんなものの
娘
を
誰
が
貰
うものか
寒月君
もらっちゃいかんよ
と
大変熱心
に
主張
する
吾輩
もいささか
賛成
の
意
を
表
するためににゃ
にゃ
と
二声
ばかり
鳴
いて
見
せる
寒月君
は
別段騒
いだ
様子
もなく
先生方
の
御意向
がそうなら
私
は
断念
してもいいんですが
もし
当人
がそれを
気
にして
病気
にでもなったら
罪
ですから
ハハハハハ
艶罪
と
云
う
訳
だ
主人
だけは
大
にむきになって
そんな
馬鹿
があるものか
あいつの
娘
なら
碌
な
者
でないに
極
ってらあ
初
めて
人
のうちへ
来
ておれをやり
込
めに
掛
った
奴
だ
傲慢
な
奴
だ
と
独
りでぷんぷんする
するとまた
垣根
のそばで
三四人
が
ワハハハハハ
と
云
う
声
がする
一人
が
高慢
ちきな
唐変木
だ
と
云
うと
一人
が
もっと
大
きな
家
へ
這入
りてえだろう
と
云
う
また
一人
が
御気
の
毒
だが
いくら
威張
ったって
蔭弁慶
だ
と
大
きな
声
をする
主人
は
椽側
へ
出
て
負
けないような
声
で
やかましい
何
だわざわざそんな
塀
の
下
へ
来
て
と
怒鳴
る
ワハハハハハサヴェジ
チ
だ
サヴェジ
チ
だ
と
口々
に
罵
しる
主人
は
大
に
逆鱗
の
体
で
突然起
って
ステッキ
を
持
って
往来
へ
飛
び
出
す
迷亭
は
手
を
拍
って
面白
い
やれやれ
と
云
う
寒月
は
羽織
の
紐
を
撚
ってにやにやする
吾輩
は
主人
のあとを
付
けて
垣
の
崩
れから
往来
へ
出
て
見
たら
真中
に
主人
が
手持無沙汰
に
ステッキ
を
突
いて
立
っている
人通
りは
一人
もない
ちょっと
狐
に
抓
まれた
体
である
四
例
によって
金田邸
へ
忍
び
込
む
例
によってとは
今更解釈
する
必要
もない
しばしばを
自乗
したほどの
度合
を
示
す
語
である
一度
やった
事
は
二度
やりたいもので
二度試
みた
事
は
三度試
みたいのは
人間
にのみ
限
らるる
好奇心
ではない
猫
といえどもこの
心理的特権
を
有
してこの
世界
に
生
れ
出
でたものと
認定
していただかねばならぬ
三度以上繰返
す
時始
めて
習慣
なる
語
を
冠
せられて
この
行為
が
生活上
の
必要
と
進化
するのもまた
人間
と
相違
はない
何
のために
かくまで
足繁
く
金田邸
へ
通
うのかと
不審
を
起
すならその
前
にちょっと
人間
に
反問
したい
事
がある
なぜ
人間
は
口
から
煙
を
吸
い
込
んで
鼻
から
吐
き
出
すのであるか
腹
の
足
しにも
血
の
道
の
薬
にもならないものを
恥
かし
気
もなく
吐呑
して
憚
からざる
以上
は
吾輩
が
金田
に
出入
するのを
あまり
大
きな
声
で
咎
め
立
てをして
貰
いたくない
金田邸
は
吾輩
の
煙草
である
忍
び
込
むと
云
うと
語弊
がある
何
だか
泥棒
か
間男
のようで
聞
き
苦
しい
吾輩
が
金田邸
へ
行
くのは
招待
こそ
受
けないが
決
して
鰹
の
切身
をちょろまかしたり
眼鼻
が
顔
の
中心
に
痙攣的
に
密着
している
狆君
などと
密談
するためではない
何探偵
もってのほかの
事
である
およそ
世
の
中
に
何
が
賤
しい
家業
だと
云
って
探偵
と
高利貸
ほど
下等
な
職
はないと
思
っている
なるほど
寒月君
のために
猫
にあるまじきほどの
義侠心
を
起
して
一度
は
金田家
の
動静
を
余所
ながら
窺
った
事
はあるが
それはただの
一遍
で
その
後
は
決
して
猫
の
良心
に
恥
ずるような
陋劣
な
振舞
を
致
した
事
はない
そんなら
なぜ
忍
び
込
むと
云
うような
胡乱
な
文字
を
使用
した
さあ
それがすこぶる
意味
のある
事
だて
元来吾輩
の
考
によると
大空
は
万物
を
覆
うため
大地
は
万物
を
載
せるために
出来
ている
いかに
執拗
な
議論
を
好
む
人間
でもこの
事実
を
否定
する
訳
には
行
くまい
さてこの
大空大地
を
製造
するために
彼等人類
はどのくらいの
労力
を
費
やしているかと
云
うと
尺寸
の
手伝
もしておらぬではないか
自分
が
製造
しておらぬものを
自分
の
所有
と
極
める
法
はなかろう
自分
の
所有
と
極
めても
差
し
支
えないが
他
の
出入
を
禁
ずる
理由
はあるまい
この
茫々
たる
大地
を
小賢
しくも
垣
を
囲
らし
棒杭
を
立
てて
某々所有地
などと
劃
し
限
るのはあたかもかの
蒼天
に
縄張
して
この
部分
は
我
の
天
あの
部分
は
彼
の
天
と
届
け
出
るような
者
だ
もし
土地
を
切
り
刻
んで
一坪
いくらの
所有権
を
売買
するなら
我等
が
呼吸
する
空気
を
一尺立方
に
割
って
切売
をしても
善
い
訳
である
空気
の
切売
が
出来
ず
空
の
縄張
が
不当
なら
地面
の
私有
も
不合理
ではないか
如是観
によりて
如是法
を
信
じている
吾輩
はそれだからどこへでも
這入
って
行
く
もっとも
行
きたくない
処
へは
行
かぬが
志
す
方角
へは
東西南北
の
差別
は
入
らぬ
平気
な
顔
をして
のそのそと
参
る
金田
ごときものに
遠慮
をする
訳
がない
しかし
猫
の
悲
しさは
力
ずくでは
到底人間
には
叶
わない
強勢
は
権利
なりとの
格言
さえあるこの
浮世
に
存在
する
以上
は
いかにこっちに
道理
があっても
猫
の
議論
は
通
らない
無理
に
通
そうとすると
車屋
の
黒
のごとく
不意
に
肴屋
の
天秤棒
を
喰
う
恐
れがある
理
はこっちにあるが
権力
は
向
うにあると
云
う
場合
に
理
を
曲
げて
一
も
二
もなく
屈従
するか
または
権力
の
目
を
掠
めて
我理
を
貫
くかと
云
えば
吾輩
は
無論後者
を
択
ぶのである
天秤棒
は
避
けざるべからざるが
故
に
忍
ばざるべからず
人
の
邸内
へは
這入
り
込
んで
差支
えなき
故込
まざるを
得
ず
この
故
に
吾輩
は
金田邸
へ
忍
び
込
むのである
忍
び
込
む
度
が
重
なるにつけ
探偵
をする
気
はないが
自然金田君一家
の
事情
が
見
たくもない
吾輩
の
眼
に
映
じて
覚
えたくもない
吾輩
の
脳裏
に
印象
を
留
むるに
至
るのはやむを
得
ない
鼻子夫人
が
顔
を
洗
うたんびに
念
を
入
れて
鼻
だけ
拭
く
事
や
富子令嬢
が
阿倍川餅
を
無暗
に
召
し
上
がらるる
事
や
それから
金田君自身
が
金田君
は
妻君
に
似合
わず
鼻
の
低
い
男
である
単
に
鼻
のみではない
顔全体
が
低
い
小供
の
時分喧嘩
をして
餓鬼大将
のために
頸筋
を
捉
まえられて
うんと
精一杯
に
土塀
へ
圧
し
付
けられた
時
の
顔
が
四十年後
の
今日
まで
因果
をなしておりはせぬかと
怪
まるるくらい
平坦
な
顔
である
至極穏
かで
危険
のない
顔
には
相違
ないが
何
となく
変化
に
乏
しい
いくら
怒
っても
平
かな
顔
である
その
金田君
が
鮪
の
刺身
を
食
って
自分
で
自分
の
禿頭
をぴちゃぴちゃ
叩
く
事
や
それから
顔
が
低
いばかりでなく
背
が
低
いので
無暗
に
高
い
帽子
と
高
い
下駄
を
穿
く
事
や
それを
車夫
がおかしがって
書生
に
話
す
事
や
書生
がなるほど
君
の
観察
は
機敏
だと
感心
する
事
や
一々数
え
切
れない
近頃
は
勝手口
の
横
を
庭
へ
通
り
抜
けて
築山
の
陰
から
向
うを
見渡
して
障子
が
立
て
切
って
物静
かであるなと
見極
めがつくと
徐々上
り
込
む
もし
人声
が
賑
かであるか
座敷
から
見透
かさるる
恐
れがあると
思
えば
池
を
東
へ
廻
って
雪隠
の
横
から
知
らぬ
間
に
椽
の
下
へ
出
る
悪
い
事
をした
覚
はないから
何
も
隠
れる
事
も
恐
れる
事
もないのだが
そこが
人間
と
云
う
無法者
に
逢
っては
不運
と
諦
めるより
仕方
がないので
もし
世間
が
熊坂長範
ばかりになったらいかなる
盛徳
の
君子
もやはり
吾輩
のような
態度
に
出
ずるであろう
金田君
は
堂々
たる
実業家
であるから
固
より
熊坂長範
のように
五尺三寸
を
振
り
廻
す
気遣
はあるまいが
承
る
処
によれば
人
を
人
と
思
わぬ
病気
があるそうである
人
を
人
と
思
わないくらいなら
猫
を
猫
とも
思
うまい
して
見
れば
猫
たるものはいかなる
盛徳
の
猫
でも
彼
の
邸内
で
決
して
油断
は
出来
ぬ
訳
である
しかしその
油断
の
出来
ぬところが
吾輩
にはちょっと
面白
いので
吾輩
がかくまでに
金田家
の
門
を
出入
するのも
ただこの
危険
が
冒
して
見
たいばかりかも
知
れぬ
それは
追
って
篤
と
考
えた
上
猫
の
脳裏
を
残
りなく
解剖
し
得
た
時改
めて
御吹聴仕
ろう
今日
はどんな
模様
だなと
例
の
築山
の
芝生
の
上
に
顎
を
押
しつけて
前面
を
見渡
すと
十五畳
の
客間
を
弥生
の
春
に
明
け
放
って
中
には
金田夫婦
と
一人
の
来客
との
御話最中
である
生憎鼻子夫人
の
鼻
がこっちを
向
いて
池越
しに
吾輩
の
額
の
上
を
正面
から
睨
め
付
けている
鼻
に
睨
まれたのは
生
れて
今日
が
始
めてである
金田君
は
幸
い
横顔
を
向
けて
客
と
相対
しているから
例
の
平坦
な
部分
は
半分
かくれて
見
えぬが
その
代
り
鼻
の
在所
が
判然
しない
ただ
胡麻塩色
の
口髯
が
好
い
加減
な
所
から
乱雑
に
茂生
しているので
あの
上
に
孔
が
二
つあるはずだと
結論
だけは
苦
もなく
出来
る
春風
もああ
云
う
滑
かな
顔
ばかり
吹
いていたら
定
めて
楽
だろうと
ついでながら
想像
を
逞
しゅうして
見
た
御客
さんは
三人
の
中
で
一番普通
な
容貌
を
有
している
ただし
普通
なだけに
これぞと
取
り
立
てて
紹介
するに
足
るような
雑作
は
一
つもない
普通
と
云
うと
結構
なようだが
普通
の
極平凡
の
堂
に
上
り
庸俗
の
室
に
入
ったのはむしろ
憫然
の
至
りだ
かかる
無意味
な
面構
を
有
すべき
宿命
を
帯
びて
明治
の
昭代
に
生
れて
来
たのは
誰
だろう
例
のごとく
椽
の
下
まで
行
ってその
談話
を
承
わらなくては
分
らぬ
それで
妻
がわざわざあの
男
の
所
まで
出掛
けて
行
って
容子
を
聞
いたんだがね
と
金田君
は
例
のごとく
横風
な
言葉使
である
横風
ではあるが
毫
も
峻嶮
なところがない
言語
も
彼
の
顔面
のごとく
平板尨大
である
なるほどあの
男
が
水島
さんを
教
えた
事
がございますので
なるほど
よい
御思
い
付
きで
なるほど
となるほどずくめのは
御客
さんである
ところが
何
だか
要領
を
得
んので
ええ
苦沙弥
じゃ
要領
を
得
ない
訳
で
あの
男
は
私
がいっしょに
下宿
をしている
時分
から
実
に
煮
え
切
らない
そりゃ
御困
りでございましたろう
と
御客
さんは
鼻子夫人
の
方
を
向
く
困
るの
困
らないのってあなた
私
しゃこの
年
になるまで
人
のうちへ
行
って
あんな
不取扱
を
受
けた
事
はありゃしません
と
鼻子
は
例
によって
鼻嵐
を
吹
く
何
か
無礼
な
事
でも
申
しましたか
昔
しから
頑固
な
性分
で
何
しろ
十年一日
のごとく
リ
ドル
専門
の
教師
をしているのでも
大体御分
りになりましょう
と
御客
さんは
体
よく
調子
を
合
せている
いや
御話
しにもならんくらいで
妻
が
何
か
聞
くとまるで
剣
もほろろの
挨拶
だそうで
それは
怪
しからん
訳
で
一体少
し
学問
をしているととかく
慢心
が
萌
すもので
その
上貧乏
をすると
負
け
惜
しみが
出
ますから
いえ
世
の
中
には
随分無法
な
奴
がおりますよ
自分
の
働
きのないのにゃ
気
が
付
かないで
無暗
に
財産
のあるものに
喰
って
掛
るなんてえのが
まるで
彼等
の
財産
でも
捲
き
上
げたような
気分
ですから
驚
きますよ
あははは
と
御客
さんは
大恐悦
の
体
である
いや
まことに
言語同断
で
ああ
云
うのは
必竟世間見
ずの
我儘
から
起
るのだから
ちっと
懲
らしめのためにいじめてやるが
好
かろうと
思
って
少
し
当
ってやったよ
なるほどそれでは
大分答
えましたろう
全
く
本人
のためにもなる
事
ですから
と
御客
さんはいかなる
当
り
方
か
承
らぬ
先
からすでに
金田君
に
同意
している
ところが
鈴木
さん
まあなんて
頑固
な
男
なんでしょう
学校
へ
出
ても
福地
さんや
津木
さんには
口
も
利
かないんだそうです
恐
れ
入
って
黙
っているのかと
思
ったらこの
間
は
罪
もない
宅
の
書生
を
ステッキ
を
持
って
追
っ
懸
けたってんです
三十面
さげて
よく
まあ
そんな
馬鹿
な
真似
が
出来
たもんじゃありませんか
全
くやけで
少
し
気
が
変
になってるんですよ
へえどうしてまたそんな
乱暴
な
事
をやったんで
とこれには
さすがの
御客
さんも
少
し
不審
を
起
したと
見
える
なあに
ただあの
男
の
前
を
何
とか
云
って
通
ったんだそうです
すると
いきなり
ステッキ
を
持
って
跣足
で
飛
び
出
して
来
たんだそうです
よしんば
ちっとやそっと
何
か
云
ったって
小供
じゃありませんか
髯面
の
大僧
の
癖
にしかも
教師
じゃありませんか
さよう
教師
ですからな
と
御客
さんが
云
うと
金田君
も
教師
だからな
と
云
う
教師
たる
以上
はいかなる
侮辱
を
受
けても
木像
のようにおとなしくしておらねばならぬとはこの
三人
の
期
せずして
一致
した
論点
と
見
える
それに
あの
迷亭
って
男
はよっぽどな
酔興人
ですね
役
にも
立
たない
嘘八百
を
並
べ
立
てて
私
しゃあんな
変梃
な
人
にゃ
初
めて
逢
いましたよ
ああ
迷亭
ですか
あいかわらず
法螺
を
吹
くと
見
えますね
やはり
苦沙弥
の
所
で
御逢
いになったんですか
あれに
掛
っちゃたまりません
あれも
昔
し
自炊
の
仲間
でしたがあんまり
人
を
馬鹿
にするものですから
能
く
喧嘩
をしましたよ
誰
だって
怒
りまさあね
あんなじゃ
そりゃ
嘘
をつくのも
宜
うござんしょうさ
ね
義理
が
悪
るいとか
ばつを
合
せなくっちゃあならないとか
そんな
時
には
誰
しも
心
にない
事
を
云
うもんでさあ
しかしあの
男
のは
吐
かなくってすむのに
矢鱈
に
吐
くんだから
始末
に
了
えないじゃありませんか
何
が
欲
しくって
あんな
出鱈目
を
よくまあ
しらじらしく
云
えると
思
いますよ
ごもっともで
全
く
道楽
からくる
嘘
だから
困
ります
せっかくあなた
真面目
に
聞
きに
行
った
水島
の
事
も
滅茶滅茶
になってしまいました
私
ゃ
剛腹
で
忌々
しくって
それでも
義理
は
義理
でさあ
人
のうちへ
物
を
聞
きに
行
って
知
らん
顔
の
半兵衛
もあんまりですから
後
で
車夫
に
ビ
ル
を
一
ダ
ス
持
たせてやったんです
ところがあなたどうでしょう
こんなものを
受取
る
理由
がない
持
って
帰
れって
云
うんだそうで
いえ
御礼
だから
どうか
御取
り
下
さいって
車夫
が
云
ったら
悪
くいじゃあありませんか
俺
は
ジャム
は
毎日舐
めるが
ビ
ル
のような
苦
い
者
は
飲
んだ
事
がないって
ふいと
奥
へ
這入
ってしまったって
言
い
草
に
事
を
欠
いて
まあどうでしょう
失礼
じゃありませんか
そりゃ
ひどい
と
御客
さんも
今度
は
本気
に
苛
いと
感
じたらしい
そこで
今日
わざわざ
君
を
招
いたのだがね
としばらく
途切
れて
金田君
の
声
が
聞
える
そんな
馬鹿者
は
陰
から
からかってさえいればすむようなものの
少々
それでも
困
る
事
があるじゃて
と
鮪
の
刺身
を
食
う
時
のごとく
禿頭
をぴちゃぴちゃ
叩
く
もっとも
吾輩
は
椽
の
下
にいるから
実際叩
いたか
叩
かないか
見
えようはずがないが
この
禿頭
の
音
は
近来大分聞馴
れている
比丘尼
が
木魚
の
音
を
聞
き
分
けるごとく
椽
の
下
からでも
音
さえたしかであればすぐ
禿頭
だなと
出所
を
鑑定
する
事
が
出来
る
そこでちょっと
君
を
煩
わしたいと
思
ってな
私
に
出来
ます
事
なら
何
でも
御遠慮
なくどうか
今度東京勤務
と
云
う
事
になりましたのも
全
くいろいろ
御心配
を
掛
けた
結果
にほかならん
訳
でありますから
と
御客
さんは
快
よく
金田君
の
依頼
を
承諾
する
この
口調
で
見
るとこの
御客
さんはやはり
金田君
の
世話
になる
人
と
見
える
いやだんだん
事件
が
面白
く
発展
してくるな
今日
はあまり
天気
が
宜
いので
来
る
気
もなしに
来
たのであるが
こう
云
う
好材料
を
得
ようとは
全
く
思
い
掛
けなんだ
御彼岸
にお
寺詣
りをして
偶然方丈
で
牡丹餅
の
御馳走
になるような
者
だ
金田君
はどんな
事
を
客人
に
依頼
するかなと
椽
の
下
から
耳
を
澄
して
聞
いている
あの
苦沙弥
と
云
う
変物
が
どう
云
う
訳
か
水島
に
入
れ
智慧
をするので
あの
金田
の
娘
を
貰
っては
行
かんなどとほのめかすそうだ
なあ
鼻子
そうだな
ほのめかすどころじゃないんです
あんな
奴
の
娘
を
貰
う
馬鹿
がどこの
国
にあるものか
寒月君決
して
貰
っちゃいかんよって
云
うんです
あんな
奴
とは
何
だ
失敬
な
そんな
乱暴
な
事
を
云
ったのか
云
ったどころじゃありません
ちゃんと
車屋
の
神
さんが
知
らせに
来
てくれたんです
鈴木君
どうだい
御聞
の
通
りの
次第
さ
随分厄介
だろうが
困
りますね
ほかの
事
と
違
って
こう
云
う
事
には
他人
が
妄
りに
容喙
するべきはずの
者
ではありませんからな
そのくらいな
事
はいかな
苦沙弥
でも
心得
ているはずですが
一体
どうした
訳
なんでしょう
それでの
君
は
学生時代
から
苦沙弥
と
同宿
をしていて
今
はとにかく
昔
は
親密
な
間柄
であったそうだから
御依頼
するのだが
君当人
に
逢
ってな
よく
利害
を
諭
して
見
てくれんか
何
か
怒
っているかも
知
れんが
怒
るのは
向
が
悪
るいからで
先方
がおとなしくしてさえいれば
一身上
の
便宜
も
充分計
ってやるし
気
に
障
わるような
事
もやめてやる
しかし
向
が
向
ならこっちもこっちと
云
う
気
になるからな
つまりそんな
我
を
張
るのは
当人
の
損
だからな
ええ
全
くおっしゃる
通
り
愚
な
抵抗
をするのは
本人
の
損
になるばかりで
何
の
益
もない
事
ですから
善
く
申
し
聞
けましょう
それから
娘
はいろいろと
申
し
込
もある
事
だから
必
ず
水島
にやると
極
める
訳
にも
行
かんが
だんだん
聞
いて
見
ると
学問
も
人物
も
悪
くもないようだから
もし
当人
が
勉強
して
近
い
内
に
博士
にでもなったらあるいはもらう
事
が
出来
るかも
知
れんくらいはそれとなくほのめかしても
構
わん
そう
云
ってやったら
当人
も
励
みになって
勉強
する
事
でしょう
宜
しゅうございます
それから
あの
妙
な
事
だが
水島
にも
似合
わん
事
だと
思
うが
あの
変物
の
苦沙弥
を
先生先生
と
云
って
苦沙弥
の
云
う
事
は
大抵聞
く
様子
だから
困
る
なにそりゃ
何
も
水島
に
限
る
訳
では
無論
ないのだから
苦沙弥
が
何
と
云
って
邪魔
をしようと
わしの
方
は
別
に
差支
えもせんが
水島
さんが
可哀
そうですからね
と
鼻子夫人
が
口
を
出
す
水島
と
云
う
人
には
逢
った
事
もございませんが
とにかくこちらと
御縁組
が
出来
れば
生涯
の
幸福
で
本人
は
無論異存
はないのでしょう
ええ
水島
さんは
貰
いたがっているんですが
苦沙弥
だの
迷亭
だのって
変
り
者
が
何
だとか
かんだとか
云
うものですから
そりゃ
善
くない
事
で
相当
の
教育
のあるものにも
似合
わん
所作
ですな
よく
私
が
苦沙弥
の
所
へ
参
って
談
じましょう
ああ
どうか
御面倒
でも
一
つ
願
いたい
それから
実
は
水島
の
事
も
苦沙弥
が
一番詳
しいのだがせんだって
妻
が
行
った
時
は
今
の
始末
で
碌々聞
く
事
も
出来
なかった
訳
だから
君
から
今一応本人
の
性行学才等
をよく
聞
いて
貰
いたいて
かしこまりました
今日
は
土曜
ですからこれから
廻
ったら
もう
帰
っておりましょう
近頃
はどこに
住
んでおりますか
知
らん
ここの
前
を
右
へ
突
き
当
って
左
へ
一丁
ばかり
行
くと
崩
れかかった
黒塀
のあるうちです
と
鼻子
が
教
える
それじゃ
つい
近所
ですな
訳
はありません
帰
りにちょっと
寄
って
見
ましょう
なあに
大体分
りましょう
標札
を
見
れば
標札
はあるときと
ないときとありますよ
名刺
を
御饌粒
で
門
へ
貼
り
付
けるのでしょう
雨
がふると
剥
がれてしまいましょう
すると
御天気
の
日
にまた
貼
り
付
けるのです
だから
標札
は
当
にゃなりませんよ
あんな
面倒臭
い
事
をするよりせめて
木札
でも
懸
けたらよさそうなもんですがねえ
ほんとうにどこまでも
気
の
知
れない
人
ですよ
どうも
驚
きますな
しかし
崩
れた
黒塀
のうちと
聞
いたら
大概分
るでしょう
ええあんな
汚
ないうちは
町内
に
一軒
しかないから
すぐ
分
りますよ
あ
そうそうそれで
分
らなければ
好
い
事
がある
何
でも
屋根
に
草
が
生
えたうちを
探
して
行
けば
間違
っこありませんよ
よほど
特色
のある
家
ですな
アハハハハ
鈴木君
が
御光来
になる
前
に
帰
らないと
少
し
都合
が
悪
い
談話
もこれだけ
聞
けば
大丈夫沢山
である
椽
の
下
を
伝
わって
雪隠
を
西
へ
廻
って
築山
の
陰
から
往来
へ
出
て
急
ぎ
足
で
屋根
に
草
の
生
えているうちへ
帰
って
来
て
何喰
わぬ
顔
をして
座敷
の
椽
へ
廻
る
主人
は
椽側
へ
白毛布
を
敷
いて
腹這
になって
麗
かな
春日
に
甲羅
を
干
している
太陽
の
光線
は
存外公平
なもので
屋根
に
ペンペン
草
の
目標
のある
陋屋
でも
金田君
の
客間
のごとく
陽気
に
暖
かそうであるが
気
の
毒
な
事
には
毛布
だけが
春
らしくない
製造元
では
白
のつもりで
織
り
出
して
唐物屋
でも
白
の
気
で
売
り
捌
いたのみならず
主人
も
白
と
云
う
注文
で
買
って
来
たのであるが
何
しろ
十二三年以前
の
事
だから
白
の
時代
はとくに
通
り
越
してただ
今
は
濃灰色
なる
変色
の
時期
に
遭遇
しつつある
この
時期
を
経過
して
他
の
暗黒色
に
化
けるまで
毛布
の
命
が
続
くかどうだかは
疑問
である
今
でもすでに
万遍
なく
擦
り
切
れて
竪横
の
筋
は
明
かに
読
まれるくらいだから
毛布
と
称
するのはもはや
僭上
の
沙汰
であって
毛
の
字
は
省
いて
単
に
ット
とでも
申
すのが
適当
である
しかし
主人
の
考
えでは
一年持
ち
二年持
ち
五年持
ち
十年持
った
以上
は
生涯持
たねばならぬと
思
っているらしい
随分呑気
な
事
である
さてその
因縁
のある
毛布
の
上
へ
前申
す
通
り
腹這
になって
何
をしているかと
思
うと
両手
で
出張
った
顋
を
支
えて
右手
の
指
の
股
に
巻煙草
を
挟
んでいる
ただそれだけである
もっとも
彼
が
フケ
だらけの
頭
の
裏
には
宇宙
の
大真理
が
火
の
車
のごとく
廻転
しつつあるかも
知
れないが
外部
から
拝見
したところでは
そんな
事
とは
夢
にも
思
えない
煙草
の
火
はだんだん
吸口
の
方
へ
逼
って
一寸
ばかり
燃
え
尽
した
灰
の
棒
がぱたりと
毛布
の
上
に
落
つるのも
構
わず
主人
は
一生懸命
に
煙草
から
立
ち
上
る
煙
の
行末
を
見詰
めている
その
煙
りは
春風
に
浮
きつ
沈
みつ
流
れる
輪
を
幾重
にも
描
いて
紫深
き
細君
の
洗髪
の
根本
へ
吹
き
寄
せつつある
おや
細君
の
事
を
話
しておくはずだった
忘
れていた
細君
は
主人
に
尻
を
向
けて
なに
失礼
な
細君
だ
別
に
失礼
な
事
はないさ
礼
も
非礼
も
相互
の
解釈次第
でどうでもなる
事
だ
主人
は
平気
で
細君
の
尻
のところへ
頬杖
を
突
き
細君
は
平気
で
主人
の
顔
の
先
へ
荘厳
なる
尻
を
据
えたまでの
事
で
無礼
も
糸瓜
もないのである
御両人
は
結婚後一
ヵ
年
も
立
たぬ
間
に
礼儀作法
などと
窮屈
な
境遇
を
脱却
せられた
超然的夫婦
である
さてかくのごとく
主人
に
尻
を
向
けた
細君
はどう
云
う
了見
か
今日
の
天気
に
乗
じて
尺
に
余
る
緑
の
黒髪
を
麩海苔
と
生卵
で
ゴシゴシ
洗濯
せられた
者
と
見
えて
癖
のない
奴
を
見
よがしに
肩
から
背
へ
振
りかけて
無言
のまま
小供
の
袖
なしを
熱心
に
縫
っている
実
はその
洗髪
を
乾
かすために
唐縮緬
の
布団
と
針箱
を
椽側
へ
出
して
恭
しく
主人
に
尻
を
向
けたのである
あるいは
主人
の
方
で
尻
のある
見当
へ
顔
を
持
って
来
たのかも
知
れない
そこで
先刻御話
しをした
煙草
の
煙
りが
豊
かに
靡
く
黒髪
の
間
に
流
れ
流
れて
時
ならぬ
陽炎
の
燃
えるところを
主人
は
余念
もなく
眺
めている
しかしながら
煙
は
固
より
一所
に
停
まるものではない
その
性質
として
上
へ
上
へと
立
ち
登
るのだから
主人
の
眼
もこの
煙
りの
髪毛
と
縺
れ
合
う
奇観
を
落
ちなく
見
ようとすれば
是非共眼
を
動
かさなければならない
主人
はまず
腰
の
辺
から
観察
を
始
めて
徐々
と
背中
を
伝
って
肩
から
頸筋
に
掛
ったが
それを
通
り
過
ぎてようよう
脳天
に
達
した
時
覚
えずあっと
驚
いた
主人
が
偕老同穴
を
契
った
夫人
の
脳天
の
真中
には
真丸
な
大
きな
禿
がある
しかもその
禿
が
暖
かい
日光
を
反射
して
今
や
時
を
得顔
に
輝
いている
思
わざる
辺
にこの
不思議
な
大発見
をなした
時
の
主人
の
眼
は
眩
ゆい
中
に
充分
の
驚
きを
示
して
烈
しい
光線
で
瞳孔
の
開
くのも
構
わず
一心不乱
に
見
つめている
主人
がこの
禿
を
見
た
時
第一彼
の
脳裏
に
浮
んだのはかの
家伝来
の
仏壇
に
幾世
となく
飾
り
付
けられたる
御灯明皿
である
彼
の
一家
は
真宗
で
真宗
では
仏壇
に
身分不相応
な
金
を
掛
けるのが
古例
である
主人
は
幼少
の
時
その
家
の
倉
の
中
に
薄暗
く
飾
り
付
けられたる
金箔厚
き
厨子
があって
その
厨子
の
中
にはいつでも
真鍮
の
灯明皿
がぶら
下
って
その
灯明皿
には
昼
でもぼんやりした
灯
がついていた
事
を
記憶
している
周囲
が
暗
い
中
にこの
灯明皿
が
比較的明瞭
に
輝
やいていたので
小供心
にこの
灯
を
何遍
となく
見
た
時
の
印象
が
細君
の
禿
に
喚
び
起
されて
突然飛
び
出
したものであろう
灯明皿
は
一分立
たぬ
間
に
消
えた
この
度
は
観音様
の
鳩
の
事
を
思
い
出
す
観音様
の
鳩
と
細君
の
禿
とは
何等
の
関係
もないようであるが
主人
の
頭
では
二
つの
間
に
密接
な
聯想
がある
同
じく
小供
の
時分
に
浅草
へ
行
くと
必
ず
鳩
に
豆
を
買
ってやった
豆
は
一皿
が
文久二
つで
赤
い
土器
へ
這入
っていた
その
土器
が
色
と
云
い
大
さと
云
いこの
禿
によく
似
ている
なるほど
似
ているな
と
主人
が
さも
感心
したらしく
云
うと
何
がです
と
細君
は
見向
きもしない
何
だって
御前
の
頭
にゃ
大
きな
禿
があるぜ
知
ってるか
ええ
と
細君
は
依然
として
仕事
の
手
をやめずに
答
える
別段露見
を
恐
れた
様子
もない
超然
たる
模範妻君
である
嫁
にくるときからあるのか
結婚後新
たに
出来
たのか
と
主人
が
聞
く
もし
嫁
にくる
前
から
禿
げているなら
欺
されたのであると
口
へは
出
さないが
心
の
中
で
思
う
いつ
出来
たんだか
覚
えちゃいませんわ
禿
なんざどうだって
宜
いじゃありませんか
と
大
に
悟
ったものである
どうだって
宜
いって
自分
の
頭
じゃないか
と
主人
は
少々怒気
を
帯
びている
自分
の
頭
だから
どうだって
宜
いんだわ
と
云
ったが
さすが
少
しは
気
になると
見
えて
右
の
手
を
頭
に
乗
せて
くるくる
禿
を
撫
でて
見
る
おや
大分大
きくなった
事
こんなじゃ
無
いと
思
っていた
と
言
ったところをもって
見
ると
年
に
合
わして
禿
があまり
大
き
過
ぎると
云
う
事
をようやく
自覚
したらしい
女
は
髷
に
結
うと
ここが
釣
れますから
誰
でも
禿
げるんですわ
と
少
しく
弁護
しだす
そんな
速度
で
みんな
禿
げたら
四十
くらいになれば
から
薬缶
ばかり
出来
なければならん
そりゃ
病気
に
違
いない
伝染
するかも
知
れん
今
のうち
早
く
甘木
さんに
見
て
貰
え
と
主人
はしきりに
自分
の
頭
を
撫
で
廻
して
見
る
そんなに
人
の
事
をおっしゃるが
あなただって
鼻
の
孔
へ
白髪
が
生
えてるじゃありませんか
禿
が
伝染
するなら
白髪
だって
伝染
しますわ
と
細君少々
ぷりぷりする
鼻
の
中
の
白髪
は
見
えんから
害
はないが
脳天
が
ことに
若
い
女
の
脳天
がそんなに
禿
げちゃ
見苦
しい
不具
だ
不具
なら
なぜ
御貰
いになったのです
御自分
が
好
きで
貰
っておいて
不具
だなんて
知
らなかったからさ
全
く
今日
まで
知
らなかったんだ
そんなに
威張
るなら
なぜ
嫁
に
来
る
時頭
を
見
せなかったんだ
馬鹿
な
事
を
どこの
国
に
頭
の
試験
をして
及第
したら
嫁
にくるなんて
ものが
在
るもんですか
禿
はまあ
我慢
もするが
御前
は
背
いが
人並外
れて
低
い
はなはだ
見苦
しくていかん
背
いは
見
ればすぐ
分
るじゃありませんか
背
の
低
いのは
最初
から
承知
で
御貰
いになったんじゃありませんか
それは
承知
さ
承知
には
相違
ないがまだ
延
びるかと
思
ったから
貰
ったのさ
廿
にもなって
背
いが
延
びるなんて
あなたもよっぽど
人
を
馬鹿
になさるのね
と
細君
は
袖
なしを
抛
り
出
して
主人
の
方
に
捩
じ
向
く
返答次第
ではその
分
にはすまさんと
云
う
権幕
である
廿
になったって
背
いが
延
びてならんと
云
う
法
はあるまい
嫁
に
来
てから
滋養分
でも
食
わしたら
少
しは
延
びる
見込
みがあると
思
ったんだ
と
真面目
な
顔
をして
妙
な
理窟
を
述
べていると
門口
の
ベル
が
勢
よく
鳴
り
立
てて
頼
むと
云
う
大
きな
声
がする
いよいよ
鈴木君
が
ペンペン
草
を
目的
に
苦沙弥先生
の
臥竜窟
を
尋
ねあてたと
見
える
細君
は
喧嘩
を
後日
に
譲
って
倉皇針箱
と
袖
なしを
抱
えて
茶
の
間
へ
逃
げ
込
む
主人
は
鼠色
の
毛布
を
丸
めて
書斎
へ
投
げ
込
む
やがて
下女
が
持
って
来
た
名刺
を
見
て
主人
はちょっと
驚
ろいたような
顔付
であったが
こちらへ
御通
し
申
してと
言
い
棄
てて
名刺
を
握
ったまま
後架
へ
這入
った
何
のために
後架
へ
急
に
這入
ったか
一向要領
を
得
ん
何
のために
鈴木藤十郎君
の
名刺
を
後架
まで
持
って
行
ったのかなおさら
説明
に
苦
しむ
とにかく
迷惑
なのは
臭
い
所
へ
随行
を
命
ぜられた
名刺君
である
下女
が
更紗
の
座布団
を
床
の
前
へ
直
して
どうぞこれへと
引
き
下
がった
跡
で
鈴木君
は
一応室内
を
見廻
わす
床
に
掛
けた
花開万国春
とある
木菴
の
贋物
や
京製
の
安青磁
に
活
けた
彼岸桜
などを
一々順番
に
点検
したあとで
ふと
下女
の
勧
めた
布団
の
上
を
見
るといつの
間
にか
一疋
の
猫
がすまして
坐
っている
申
すまでもなくそれはかく
申
す
吾輩
である
この
時鈴木君
の
胸
のうちにちょっとの
間顔色
にも
出
ぬほどの
風波
が
起
った
この
布団
は
疑
いもなく
鈴木君
のために
敷
かれたものである
自分
のために
敷
かれた
布団
の
上
に
自分
が
乗
らぬ
先
から
断
りもなく
妙
な
動物
が
平然
と
蹲踞
している
これが
鈴木君
の
心
の
平均
を
破
る
第一
の
条件
である
もしこの
布団
が
勧
められたまま
主
なくして
春風
の
吹
くに
任
せてあったなら
鈴木君
はわざと
謙遜
の
意
を
表
して
主人
がさあどうぞと
云
うまでは
堅
い
畳
の
上
で
我慢
していたかも
知
れない
しかし
早晩自分
の
所有
すべき
布団
の
上
に
挨拶
もなく
乗
ったものは
誰
であろう
人間
なら
譲
る
事
もあろうが
猫
とは
怪
しからん
乗
り
手
が
猫
であると
云
うのが
一段
と
不愉快
を
感
ぜしめる
これが
鈴木君
の
心
の
平均
を
破
る
第二
の
条件
である
最後
にその
猫
の
態度
がもっとも
癪
に
障
る
少
しは
気
の
毒
そうにでもしている
事
か
乗
る
権利
もない
布団
の
上
に
傲然
と
構
えて
丸
い
無愛嬌
な
眼
をぱちつかせて
御前
は
誰
だいと
云
わぬばかりに
鈴木君
の
顔
を
見
つめている
これが
平均
を
破壊
する
第三
の
条件
である
これほど
不平
があるなら
吾輩
の
頸根
っこを
捉
えて
引
きずり
卸
したら
宜
さそうなものだが
鈴木君
はだまって
見
ている
堂々
たる
人間
が
猫
に
恐
れて
手出
しをせぬと
云
う
事
は
有
ろうはずがないのに
なぜ
早
く
吾輩
を
処分
して
自分
の
不平
を
洩
らさないかと
云
うと
これは
全
く
鈴木君
が
一個
の
人間
として
自己
の
体面
を
維持
する
自重心
の
故
であると
察
せらるる
もし
腕力
に
訴
えたなら
三尺
の
童子
も
吾輩
を
自由
に
上下
し
得
るであろうが
体面
を
重
んずる
点
より
考
えるといかに
金田君
の
股肱
たる
鈴木藤十郎
その
人
もこの
二尺四方
の
真中
に
鎮座
まします
猫大明神
を
如何
ともする
事
が
出来
ぬのである
いかに
人
の
見
ていぬ
場所
でも
猫
と
座席争
いをしたとあってはいささか
人間
の
威厳
に
関
する
真面目
に
猫
を
相手
にして
曲直
を
争
うのはいかにも
大人気
ない
滑稽
である
この
不名誉
を
避
けるためには
多少
の
不便
は
忍
ばねばならぬ
しかし
忍
ばねばならぬだけそれだけ
猫
に
対
する
憎悪
の
念
は
増
す
訳
であるから
鈴木君
は
時々吾輩
の
顔
を
見
ては
苦
い
顔
をする
吾輩
は
鈴木君
の
不平
な
顔
を
拝見
するのが
面白
いから
滑稽
の
念
を
抑
えてなるべく
何喰
わぬ
顔
をしている
吾輩
と
鈴木君
の
間
に
かくのごとき
無言劇
が
行
われつつある
間
に
主人
は
衣紋
をつくろって
後架
から
出
て
来
て
やあ
と
席
に
着
いたが
手
に
持
っていた
名刺
の
影
さえ
見
えぬところをもって
見
ると
鈴木藤十郎君
の
名前
は
臭
い
所
へ
無期徒刑
に
処
せられたものと
見
える
名刺
こそ
飛
んだ
厄運
に
際会
したものだと
思
う
間
もなく
主人
はこの
野郎
と
吾輩
の
襟
がみを
攫
んでえいとばかりに
椽側
へ
擲
きつけた
さあ
敷
きたまえ
珍
らしいな
いつ
東京
へ
出
て
来
た
と
主人
は
旧友
に
向
って
布団
を
勧
める
鈴木君
はちょっとこれを
裏返
した
上
で
それへ
坐
る
ついまだ
忙
がしいものだから
報知
もしなかったが
実
はこの
間
から
東京
の
本社
の
方
へ
帰
るようになってね
それは
結構
だ
大分長
く
逢
わなかったな
君
が
田舎
へ
行
ってから
始
めてじゃないか
うん
もう
十年近
くになるね
なにその
後時々東京
へは
出
て
来
る
事
もあるんだが
つい
用事
が
多
いもんだから
いつでも
失敬
するような
訳
さ
悪
るく
思
ってくれたもうな
会社
の
方
は
君
の
職業
とは
違
って
随分忙
がしいんだから
十年立
つうちには
大分違
うもんだな
と
主人
は
鈴木君
を
見上
げたり
見下
ろしたりしている
鈴木君
は
頭
を
美麗
に
分
けて
英国仕立
の
トウィ
ド
を
着
て
派手
な
襟飾
りをして
胸
に
金鎖
りさえ
ピカ
つかせている
体裁
どうしても
苦沙弥君
の
旧友
とは
思
えない
うん
こんな
物
までぶら
下
げなくちゃ
ならんようになってね
と
鈴木君
はしきりに
金鎖
りを
気
にして
見
せる
そりゃ
本
ものかい
と
主人
は
無作法
な
質問
をかける
十八金
だよ
と
鈴木君
は
笑
いながら
答
えたが
君
も
大分年
を
取
ったね
たしか
小供
があるはずだったが
一人
かい
いいや
二人
いいや
まだあるのか
じゃ
三人
か
うん
三人
ある
この
先幾人出来
るか
分
らん
相変
らず
気楽
な
事
を
云
ってるぜ
一番大
きいのはいくつになるかね
もうよっぽどだろう
うん
いくつか
能
く
知
らんが
大方六
つか
七
つかだろう
ハハハ
教師
は
呑気
でいいな
僕
も
教員
にでもなれば
善
かった
なって
見
ろ
三日
で
嫌
になるから
そうかな
何
だか
上品
で
気楽
で
閑暇
があって
すきな
勉強
が
出来
て
よさそうじゃないか
実業家
も
悪
くもないが
我々
のうちは
駄目
だ
実業家
になるならずっと
上
にならなくっちゃいかん
下
の
方
になるとやはりつまらん
御世辞
を
振
り
撒
いたり
好
かん
猪口
をいただきに
出
たり
随分愚
なもんだよ
僕
は
実業家
は
学校時代
から
大嫌
だ
金
さえ
取
れれば
何
でもする
昔
で
云
えば
素町人
だからな
と
実業家
を
前
に
控
えて
太平楽
を
並
べる
まさか
そうばかりも
云
えんがね
少
しは
下品
なところもあるのさ
とにかく
金
と
情死
をする
覚悟
でなければやり
通
せないから
ところがその
金
と
云
う
奴
が
曲者
で
今
もある
実業家
の
所
へ
行
って
聞
いて
来
たんだが
金
を
作
るにも
三角術
を
使
わなくちゃいけないと
云
うのさ
義理
をかく
人情
をかく
恥
をかくこれで
三角
になるそうだ
面白
いじゃないか
アハハハハ
誰
だそんな
馬鹿
は
馬鹿
じゃない
なかなか
利口
な
男
なんだよ
実業界
でちょっと
有名
だがね
君知
らんかしら
ついこの
先
の
横丁
にいるんだが
金田
か
何
んだあんな
奴
大変怒
ってるね
なあに
そりゃ
ほんの
冗談
だろうがね
そのくらいにせんと
金
は
溜
らんと
云
う
喩
さ
君
のようにそう
真面目
に
解釈
しちゃ
困
る
三角術
は
冗談
でもいいが
あすこの
女房
の
鼻
はなんだ
君行
ったんなら
見
て
来
たろう
あの
鼻
を
細君
か
細君
はなかなかさばけた
人
だ
鼻
だよ
大
きな
鼻
の
事
を
云
ってるんだ
せんだって
僕
はあの
鼻
について
俳体詩
を
作
ったがね
何
だい
俳体詩
と
云
うのは
俳体詩
を
知
らないのか
君
も
随分時勢
に
暗
いな
ああ
僕
のように
忙
がしいと
文学
などは
到底駄目
さ
それに
以前
からあまり
数奇
でない
方
だから
君
シャ
レマン
の
鼻
の
恰好
を
知
ってるか
アハハハハ
随分気楽
だな
知
らんよ
エルリントン
は
部下
のものから
鼻々
と
異名
をつけられていた
君知
ってるか
鼻
の
事
ばかり
気
にして
どうしたんだい
好
いじゃないか
鼻
なんか
丸
くても
尖
んがってても
決
してそうでない
君
パスカル
の
事
を
知
ってるか
また
知
ってるかか
まるで
試験
を
受
けに
来
たようなものだ
パスカル
がどうしたんだい
パスカル
がこんな
事
を
云
っている
どんな
事
を
もし
クレオパトラ
の
鼻
が
少
し
短
かかったならば
世界
の
表面
に
大変化
を
来
したろうと
なるほど
それだから
君
のようにそう
無雑作
に
鼻
を
馬鹿
にしてはいかん
まあいいさ
これから
大事
にするから
そりゃそうとして
今日来
たのは
少
し
君
に
用事
があって
来
たんだがね
あの
元君
の
教
えたとか
云
う
水島
ええ
水島
ええちょっと
思
い
出
せない
そら
君
の
所
へ
始終来
ると
云
うじゃないか
寒月
か
そうそう
寒月寒月
あの
人
の
事
についてちょっと
聞
きたい
事
があって
来
たんだがね
結婚事件
じゃないか
まあ
多少
それに
類似
の
事
さ
今日金田
へ
行
ったら
この
間鼻
が
自分
で
来
た
そうか
そうだって
細君
もそう
云
っていたよ
苦沙弥
さんに
よく
伺
おうと
思
って
上
ったら
生憎迷亭
が
来
ていて
茶々
を
入
れて
何
が
何
だか
分
らなくしてしまったって
あんな
鼻
をつけて
来
るから
悪
るいや
いえ
君
の
事
を
云
うんじゃないよ
あの
迷亭君
がおったもんだから
そう
立
ち
入
った
事
を
聞
く
訳
にも
行
かなかったので
残念
だったから
もう
一遍僕
に
行
ってよく
聞
いて
来
てくれないかって
頼
まれたものだからね
僕
も
今
までこんな
世話
はした
事
はないが
もし
当人同士
が
嫌
やでないなら
中
へ
立
って
纏
めるのも
決
して
悪
い
事
はないからね
それでやって
来
たのさ
御苦労様
と
主人
は
冷淡
に
答
えたが
腹
の
内
では
当人同士
と
云
う
語
を
聞
いて
どう
云
う
訳
か
分
らんが
ちょっと
心
を
動
かしたのである
蒸
し
熱
い
夏
の
夜
に
一縷
の
冷風
が
袖口
を
潜
ったような
気分
になる
元来
この
主人
はぶっ
切
ら
棒
の
頑固光沢消
しを
旨
として
製造
された
男
であるが
さればと
云
って
冷酷不人情
な
文明
の
産物
とは
自
からその
撰
を
異
にしている
彼
が
何
ぞと
云
うと
むかっ
腹
をたててぷんぷんするのでも
這裏
の
消息
は
会得
できる
先日鼻
と
喧嘩
をしたのは
鼻
が
気
に
食
わぬからで
鼻
の
娘
には
何
の
罪
もない
話
しである
実業家
は
嫌
いだから
実業家
の
片割
れなる
金田某
も
嫌
に
相違
ないがこれも
娘
その
人
とは
没交渉
の
沙汰
と
云
わねばならぬ
娘
には
恩
も
恨
みもなくて
寒月
は
自分
が
実
の
弟
よりも
愛
している
門下生
である
もし
鈴木君
の
云
うごとく
当人同志
が
好
いた
仲
なら
間接
にもこれを
妨害
するのは
君子
のなすべき
所作
でない
苦沙弥先生
はこれでも
自分
を
君子
と
思
っている
もし
当人同志
が
好
いているなら
しかしそれが
問題
である
この
事件
に
対
して
自己
の
態度
を
改
めるには
まずその
真相
から
確
めなければならん
君
その
娘
は
寒月
の
所
へ
来
たがってるのか
金田
や
鼻
はどうでも
構
わんが
娘自身
の
意向
はどうなんだ
そりゃ
その
何
だね
何
でも
え
来
たがってるんだろうじゃないか
鈴木君
の
挨拶
は
少々曖昧
である
実
は
寒月君
の
事
だけ
聞
いて
復命
さえすればいいつもりで
御嬢
さんの
意向
までは
確
かめて
来
なかったのである
従
って
円転滑脱
の
鈴木君
もちょっと
狼狽
の
気味
に
見
える
だろうた
判然
しない
言葉
だ
と
主人
は
何事
によらず
正面
から
どやし
付
けないと
気
がすまない
いや
これゃちょっと
僕
の
云
いようがわるかった
令嬢
の
方
でもたしかに
意
があるんだよ
いえ
全
くだよ
え
細君
が
僕
にそう
云
ったよ
何
でも
時々
は
寒月君
の
悪口
を
云
う
事
もあるそうだがね
あの
娘
がか
ああ
怪
しからん
奴
だ
悪口
を
云
うなんて
第一
それじゃ
寒月
に
意
がないんじゃないか
そこがさ
世
の
中
は
妙
なもので
自分
の
好
いている
人
の
悪口
などは
殊更云
って
見
る
事
もあるからね
そんな
愚
な
奴
がどこの
国
にいるものか
と
主人
は
斯様
な
人情
の
機微
に
立
ち
入
った
事
を
云
われても
頓
と
感
じがない
その
愚
な
奴
が
随分世
の
中
にゃあるから
仕方
がない
現
に
金田
の
妻君
もそう
解釈
しているのさ
戸惑
いをした
糸瓜
のようだなんて
時々寒月
さんの
悪口
を
云
いますから
よっぽど
心
の
中
では
思
ってるに
相違
ありませんと
主人
はこの
不可思議
な
解釈
を
聞
いて
あまり
思
い
掛
けないものだから
眼
を
丸
くして
返答
もせず
鈴木君
の
顔
を
大道易者
のように
眤
と
見
つめている
鈴木君
はこいつ
この
様子
では
ことによるとやり
損
なうなと
疳
づいたと
見
えて
主人
にも
判断
の
出来
そうな
方面
へと
話頭
を
移
す
君考
えても
分
るじゃないか
あれだけの
財産
があってあれだけの
器量
なら
どこへだって
相応
の
家
へやれるだろうじゃないか
寒月
だってえらいかも
知
れんが
身分
から
云
や
いや
身分
と
云
っちゃ
失礼
かも
知
れない
財産
と
云
う
点
から
云
や
まあ
だれが
見
たって
釣
り
合
わんのだからね
それを
僕
がわざわざ
出張
するくらい
両親
が
気
を
揉
んでるのは
本人
が
寒月君
に
意
があるからの
事
じゃあないか
と
鈴木君
はなかなかうまい
理窟
をつけて
説明
を
与
える
今度
は
主人
にも
納得
が
出来
たらしいのでようやく
安心
したが
こんなところにまごまごしているとまた
吶喊
を
喰
う
危険
があるから
早
く
話
しの
歩
を
進
めて
一刻
も
早
く
使命
を
完
うする
方
が
万全
の
策
と
心付
いた
それでね
今云
う
通
りの
訳
であるから
先方
で
云
うには
何
も
金銭
や
財産
はいらんからその
代
り
当人
に
附属
した
資格
が
欲
しい
資格
と
云
うと
まあ
肩書
だね
博士
になったらやってもいいなんて
威張
ってる
次第
じゃない
誤解
しちゃいかん
せんだって
細君
の
来
た
時
は
迷亭君
がいて
妙
な
事
ばかり
云
うものだから
いえ
君
が
悪
いのじゃない
細君
も
君
の
事
を
御世辞
のない
正直
ないい
方
だと
賞
めていたよ
全
く
迷亭君
がわるかったんだろう
それでさ
本人
が
博士
にでもなってくれれば
先方
でも
世間
へ
対
して
肩身
が
広
い
面目
があると
云
うんだがね
どうだろう
近々
の
内水島君
は
博士論文
でも
呈出
して
博士
の
学位
を
受
けるような
運
びには
行
くまいか
なあに
金田
だけなら
博士
も
学士
もいらんのさ
ただ
世間
と
云
う
者
があるとね
そう
手軽
にも
行
かんからな
こう
云
われて
見
ると
先方
で
博士
を
請求
するのも
あながち
無理
でもないように
思
われて
来
る
無理
ではないように
思
われて
来
れば
鈴木君
の
依頼通
りにしてやりたくなる
主人
を
活
かすのも
殺
すのも
鈴木君
の
意
のままである
なるほど
主人
は
単純
で
正直
な
男
だ
それじゃ
今度寒月
が
来
たら
博士論文
をかくように
僕
から
勧
めて
見
よう
しかし
当人
が
金田
の
娘
を
貰
うつもりかどうだか
それからまず
問
い
正
して
見
なくちゃいかんからな
問
い
正
すなんて
君
そんな
角張
った
事
をして
物
が
纏
まるものじゃない
やっぱり
普通
の
談話
の
際
にそれとなく
気
を
引
いて
見
るのが
一番近道
だよ
気
を
引
いて
見
る
うん
気
を
引
くと
云
うと
語弊
があるかも
知
れん
なに
気
を
引
かんでもね
話
しをしていると
自然分
るもんだよ
君
にゃ
分
るかも
知
れんが
僕
にゃ
判然
と
聞
かん
事
は
分
らん
分
らなけりゃ
まあ
好
いさ
しかし
迷亭君見
たように
余計
な
茶々
を
入
れて
打
ち
壊
わすのは
善
くないと
思
う
仮令勧
めないまでも
こんな
事
は
本人
の
随意
にすべきはずのものだからね
今度寒月君
が
来
たらなるべくどうか
邪魔
をしないようにしてくれ
給
え
いえ
君
の
事
じゃない
あの
迷亭君
の
事
さ
あの
男
の
口
にかかると
到底助
かりっこないんだから
と
主人
の
代理
に
迷亭
の
悪口
をきいていると
噂
をすれば
陰
の
喩
に
洩
れず
迷亭先生例
のごとく
勝手口
から
飄然
と
春風
に
乗
じて
舞
い
込
んで
来
る
いや
珍客
だね
僕
のような
狎客
になると
苦沙弥
はとかく
粗略
にしたがっていかん
何
でも
苦沙弥
のうちへは
十年
に
一遍
くらいくるに
限
る
この
菓子
はいつもより
上等
じゃないか
と
藤村
の
羊羹
を
無雑作
に
頬張
る
鈴木君
はもじもじしている
主人
はにやにやしている
迷亭
は
口
をもがもがさしている
吾輩
はこの
瞬時
の
光景
を
椽側
から
拝見
して
無言劇
と
云
うものは
優
に
成立
し
得
ると
思
った
禅家
で
無言
の
問答
をやるのが
以心伝心
であるなら
この
無言
の
芝居
も
明
かに
以心伝心
の
幕
である
すこぶる
短
かいけれどもすこぶる
鋭
どい
幕
である
君
は
一生旅烏
かと
思
ってたら
いつの
間
にか
舞
い
戻
ったね
長生
はしたいもんだな
どんな
僥倖
に
廻
り
合
わんとも
限
らんからね
と
迷亭
は
鈴木君
に
対
しても
主人
に
対
するごとく
毫
も
遠慮
と
云
う
事
を
知
らぬ
いかに
自炊
の
仲間
でも
十年
も
逢
わなければ
何
となく
気
のおけるものだが
迷亭君
に
限
って
そんな
素振
も
見
えぬのは
えらいのだか
馬鹿
なのかちょっと
見当
がつかぬ
可哀
そうに
そんなに
馬鹿
にしたものでもない
と
鈴木君
は
当
らず
障
らずの
返事
はしたが
何
となく
落
ちつきかねて
例
の
金鎖
を
神経的
にいじっている
君電気鉄道
へ
乗
ったか
と
主人
は
突然鈴木君
に
対
して
奇問
を
発
する
今日
は
諸君
からひやかされに
来
たようなものだ
なんぼ
田舎者
だって
これでも
街鉄
を
六十株持
ってるよ
そりゃ
馬鹿
に
出来
ないな
僕
は
八百八十八株半持
っていたが
惜
しい
事
に
大方虫
が
喰
ってしまって
今
じゃ
半株
ばかりしかない
もう
少
し
早
く
君
が
東京
へ
出
てくれば
虫
の
喰
わないところを
十株
ばかりやるところだったが
惜
しい
事
をした
相変
らず
口
が
悪
るい
しかし
冗談
は
冗談
として
ああ
云
う
株
は
持
ってて
損
はないよ
年々高
くなるばかりだから
そうだ
仮令半株
だって
千年
も
持
ってるうちにゃ
倉
が
三
つくらい
建
つからな
君
も
僕
もその
辺
にぬかりはない
当世
の
才子
だが
そこへ
行
くと
苦沙弥
などは
憐
れなものだ
株
と
云
えば
大根
の
兄弟分
くらいに
考
えているんだから
とまた
羊羹
をつまんで
主人
の
方
を
見
ると
主人
も
迷亭
の
食
い
気
が
伝染
して
自
ずから
菓子皿
の
方
へ
手
が
出
る
世
の
中
では
万事積極的
のものが
人
から
真似
らるる
権利
を
有
している
株
などはどうでも
構
わんが
僕
は
曾呂崎
に
一度
でいいから
電車
へ
乗
らしてやりたかった
と
主人
は
喰
い
欠
けた
羊羹
の
歯痕
を
撫然
として
眺
める
曾呂崎
が
電車
へ
乗
ったら
乗
るたんびに
品川
まで
行
ってしまうは
それよりやっぱり
天然居士
で
沢庵石
へ
彫
り
付
けられてる
方
が
無事
でいい
曾呂崎
と
云
えば
死
んだそうだな
気
の
毒
だねえ
いい
頭
の
男
だったが
惜
しい
事
をした
と
鈴木君
が
云
うと
迷亭
は
直
ちに
引
き
受
けて
頭
は
善
かったが
飯
を
焚
く
事
は
一番下手
だったぜ
曾呂崎
の
当番
の
時
には
僕
あいつでも
外出
をして
蕎麦
で
凌
いでいた
ほんとに
曾呂崎
の
焚
いた
飯
は
焦
げくさくって
心
があって
僕
も
弱
った
御負
けに
御菜
に
必
ず
豆腐
をなまで
食
わせるんだから
冷
たくて
食
われやせん
と
鈴木君
も
十年前
の
不平
を
記憶
の
底
から
喚
び
起
す
苦沙弥
はあの
時代
から
曾呂崎
の
親友
で
毎晩
いっしょに
汁粉
を
食
いに
出
たが
その
祟
りで
今
じゃ
慢性胃弱
になって
苦
しんでいるんだ
実
を
云
うと
苦沙弥
の
方
が
汁粉
の
数
を
余計食
ってるから
曾呂崎
より
先
へ
死
んで
宜
い
訳
なんだ
そんな
論理
がどこの
国
にあるものか
俺
の
汁粉
より
君
は
運動
と
号
して
毎晩竹刀
を
持
って
裏
の
卵塔婆
へ
出
て
石塔
を
叩
いてるところを
坊主
に
見
つかって
剣突
を
食
ったじゃないか
と
主人
も
負
けぬ
気
になって
迷亭
の
旧悪
を
曝
く
アハハハ
そうそう
坊主
が
仏様
の
頭
を
叩
いては
安眠
の
妨害
になるからよしてくれって
言
ったっけ
しかし
僕
のは
竹刀
だが
この
鈴木将軍
のは
手暴
だぜ
石塔
と
相撲
をとって
大小三個
ばかり
転
がしてしまったんだから
あの
時
の
坊主
の
怒
り
方
は
実
に
烈
しかった
是非元
のように
起
せと
云
うから
人足
を
傭
うまで
待
ってくれと
云
ったら
人足
じゃいかん
懺悔
の
意
を
表
するためにあなたが
自身
で
起
さなくては
仏
の
意
に
背
くと
云
うんだからね
その
時
の
君
の
風采
はなかったぜ
金巾
のしゃつに
越中褌
で
雨上
りの
水溜
りの
中
でうんうん
唸
って
それを
君
がすました
顔
で
写生
するんだから
苛
い
僕
はあまり
腹
を
立
てた
事
のない
男
だが
あの
時
ばかりは
失敬
だと
心
から
思
ったよ
あの
時
の
君
の
言草
をまだ
覚
えているが
君
は
知
ってるか
十年前
の
言草
なんか
誰
が
覚
えているものか
しかしあの
石塔
に
帰泉院殿黄鶴大居士安永五年辰正月
と
彫
ってあったのだけはいまだに
記憶
している
あの
石塔
は
古雅
に
出来
ていたよ
引
き
越
す
時
に
盗
んで
行
きたかったくらいだ
実
に
美学上
の
原理
に
叶
って
ゴシック
趣味
な
石塔
だった
と
迷亭
はまた
好
い
加減
な
美学
を
振
り
廻
す
そりゃいいが
君
の
言草
がさ
こうだぜ
吾輩
は
美学
を
専攻
するつもりだから
天地間
の
面白
い
出来事
はなるべく
写生
しておいて
将来
の
参考
に
供
さなければならん
気
の
毒
だの
可哀相
だのと
云
う
私情
は
学問
に
忠実
なる
吾輩
ごときものの
口
にすべきところでないと
平気
で
云
うのだろう
僕
もあんまりな
不人情
な
男
だと
思
ったから
泥
だらけの
手
で
君
の
写生帖
を
引
き
裂
いてしまった
僕
の
有望
な
画才
が
頓挫
して
一向振
わなくなったのも
全
くあの
時
からだ
君
に
機鋒
を
折
られたのだね
僕
は
君
に
恨
がある
馬鹿
にしちゃいけない
こっちが
恨
めしいくらいだ
迷亭
はあの
時分
から
法螺吹
だったな
と
主人
は
羊羹
を
食
い
了
って
再
び
二人
の
話
の
中
に
割
り
込
んで
来
る
約束
なんか
履行
した
事
がない
それで
詰問
を
受
けると
決
して
詫
びた
事
がない
何
とか
蚊
とか
云
う
あの
寺
の
境内
に
百日紅
が
咲
いていた
時分
この
百日紅
が
散
るまでに
美学原論
と
云
う
著述
をすると
云
うから
駄目
だ
到底出来
る
気遣
はないと
云
ったのさ
すると
迷亭
の
答
えに
僕
はこう
見
えても
見掛
けに
寄
らぬ
意志
の
強
い
男
である
そんなに
疑
うなら
賭
をしようと
云
うから
僕
は
真面目
に
受
けて
何
でも
神田
の
西洋料理
を
奢
りっこかなにかに
極
めた
きっと
書物
なんか
書
く
気遣
はないと
思
ったから
賭
をしたようなものの
内心
は
少々恐
ろしかった
僕
に
西洋料理
なんか
奢
る
金
はないんだからな
ところが
先生一向稿
を
起
す
景色
がない
七日立
っても
二十日立
っても
一枚
も
書
かない
いよいよ
百日紅
が
散
って
一輪
の
花
もなくなっても
当人平気
でいるから
いよいよ
西洋料理
に
有
りついたなと
思
って
契約履行
を
逼
ると
迷亭
すまして
取
り
合
わない
また
何
とか
理窟
をつけたのかね
と
鈴木君
が
相
の
手
を
入
れる
うん
実
にずうずうしい
男
だ
吾輩
はほかに
能
はないが
意志
だけは
決
して
君方
に
負
けはせんと
剛情
を
張
るのさ
一枚
も
書
かんのにか
と
今度
は
迷亭君自身
が
質問
をする
無論
さ
その
時君
はこう
云
ったぜ
吾輩
は
意志
の
一点
においてはあえて
何人
にも
一歩
も
譲
らん
しかし
残念
な
事
には
記憶
が
人一倍無
い
美学原論
を
著
わそうとする
意志
は
充分
あったのだがその
意志
を
君
に
発表
した
翌日
から
忘
れてしまった
それだから
百日紅
の
散
るまでに
著書
が
出来
なかったのは
記憶
の
罪
で
意志
の
罪
ではない
意志
の
罪
でない
以上
は
西洋料理
などを
奢
る
理由
がないと
威張
っているのさ
なるほど
迷亭君一流
の
特色
を
発揮
して
面白
い
と
鈴木君
はなぜだか
面白
がっている
迷亭
のおらぬ
時
の
語気
とはよほど
違
っている
これが
利口
な
人
の
特色
かも
知
れない
何
が
面白
いものか
と
主人
は
今
でも
怒
っている
様子
である
それは
御気
の
毒様
それだからその
埋合
せをするために
孔雀
の
舌
なんかを
金
と
太鼓
で
探
しているじゃないか
まあそう
怒
らずに
待
っているさ
しかし
著書
と
云
えば
君
今日
は
一大珍報
を
齎
らして
来
たんだよ
君
はくるたびに
珍報
を
齎
らす
男
だから
油断
が
出来
ん
ところが
今日
の
珍報
は
真
の
珍報
さ
正札付一厘
も
引
けなしの
珍報
さ
君寒月
が
博士論文
の
稿
を
起
したのを
知
っているか
寒月
はあんな
妙
に
見識張
った
男
だから
博士論文
なんて
無趣味
な
労力
はやるまいと
思
ったら
あれでやっぱり
色気
があるからおかしいじゃないか
君
あの
鼻
に
是非通知
してやるがいい
この
頃
は
団栗博士
の
夢
でも
見
ているかも
知
れない
鈴木君
は
寒月
の
名
を
聞
いて
話
してはいけぬ
話
してはいけぬと
顋
と
眼
で
主人
に
合図
する
主人
には
一向意味
が
通
じない
さっき
鈴木君
に
逢
って
説法
を
受
けた
時
は
金田
の
娘
の
事
ばかりが
気
の
毒
になったが
今迷亭
から
鼻々
と
云
われるとまた
先日喧嘩
をした
事
を
思
い
出
す
思
い
出
すと
滑稽
でもあり
また
少々
は
悪
らしくもなる
しかし
寒月
が
博士論文
を
草
しかけたのは
何
よりの
御見
やげで
こればかりは
迷亭先生自賛
のごとくまずまず
近来
の
珍報
である
啻
に
珍報
のみならず
嬉
しい
快
よい
珍報
である
金田
の
娘
を
貰
おうが
貰
うまいがそんな
事
はまずどうでもよい
とにかく
寒月
の
博士
になるのは
結構
である
自分
のように
出来損
いの
木像
は
仏師屋
の
隅
で
虫
が
喰
うまで
白木
のまま
燻
っていても
遺憾
はないが
これは
旨
く
仕上
がったと
思
う
彫刻
には
一日
も
早
く
箔
を
塗
ってやりたい
本当
に
論文
を
書
きかけたのか
と
鈴木君
の
合図
はそっち
除
けにして
熱心
に
聞
く
よく
人
の
云
う
事
を
疑
ぐる
男
だ
もっとも
問題
は
団栗
だか
首縊
りの
力学
だか
確
と
分
らんがね
とにかく
寒月
の
事
だから
鼻
の
恐縮
するようなものに
違
いない
さっきから
迷亭
が
鼻々
と
無遠慮
に
云
うのを
聞
くたんびに
鈴木君
は
不安
の
様子
をする
迷亭
は
少
しも
気
が
付
かないから
平気
なものである
その
後鼻
についてまた
研究
をしたが
この
頃
トリストラム
シャンデ
の
中
に
鼻論
があるのを
発見
した
金田
の
鼻
なども
スタ
ン
に
見
せたら
善
い
材料
になったろうに
残念
な
事
だ
鼻名
を
千載
に
垂
れる
資格
は
充分
ありながら
あのままで
朽
ち
果
つるとは
不憫千万
だ
今度
ここへ
来
たら
美学上
の
参考
のために
写生
してやろう
と
相変
らず
口
から
出任
せに
喋舌
り
立
てる
しかしあの
娘
は
寒月
の
所
へ
来
たいのだそうだ
と
主人
が
今鈴木君
から
聞
いた
通
りを
述
べると
鈴木君
はこれは
迷惑
だと
云
う
顔付
をしてしきりに
主人
に
目
くばせをするが
主人
は
不導体
のごとく
一向電気
に
感染
しない
ちょっと
乙
だな
あんな
者
の
子
でも
恋
をするところが
しかし
大
した
恋
じゃなかろう
大方鼻恋
くらいなところだぜ
鼻恋
でも
寒月
が
貰
えばいいが
貰
えばいいがって
君
は
先日大反対
だったじゃないか
今日
はいやに
軟化
しているぜ
軟化
はせん
僕
は
決
して
軟化
はせんしかし
しかしどうかしたんだろう
ねえ
鈴木
君
も
実業家
の
末席
を
汚
す
一人
だから
参考
のために
言
って
聞
かせるがね
あの
金田某
なる
者
さ
あの
某
なるものの
息女
などを
天下
の
秀才水島寒月
の
令夫人
と
崇
め
奉
るのは
少々提灯
と
釣鐘
と
云
う
次第
で
我々朋友
たる
者
が
冷々黙過
する
訳
に
行
かん
事
だと
思
うんだが
たとい
実業家
の
君
でもこれには
異存
はあるまい
相変
らず
元気
がいいね
結構
だ
君
は
十年前
と
容子
が
少
しも
変
っていないからえらい
と
鈴木君
は
柳
に
受
けて
胡麻化
そうとする
えらいと
褒
めるなら
もう
少
し
博学
なところを
御目
にかけるがね
昔
しの
希臘人
は
非常
に
体育
を
重
んじたものであらゆる
競技
に
貴重
なる
懸賞
を
出
して
百方奨励
の
策
を
講
じたものだ
しかるに
不思議
な
事
には
学者
の
智識
に
対
してのみは
何等
の
褒美
も
与
えたと
云
う
記録
がなかったので
今日
まで
実
は
大
に
怪
しんでいたところさ
なるほど
少
し
妙
だね
と
鈴木君
はどこまでも
調子
を
合
せる
しかるについ
両三日前
に
至
って
美学研究
の
際
ふとその
理由
を
発見
したので
多年
の
疑団
は
一度
に
氷解
漆桶
を
抜
くがごとく
痛快
なる
悟
りを
得
て
歓天喜地
の
至境
に
達
したのさ
あまり
迷亭
の
言葉
が
仰山
なので
さすが
御上手者
の
鈴木君
も
こりゃ
手
に
合
わないと
云
う
顔付
をする
主人
はまた
始
まったなと
云
わぬばかりに
象牙
の
箸
で
菓子皿
の
縁
をかんかん
叩
いて
俯
つ
向
いている
迷亭
だけは
大得意
で
弁
じつづける
そこでこの
矛盾
なる
現象
の
説明
を
明記
して
暗黒
の
淵
から
吾人
の
疑
を
千載
の
下
に
救
い
出
してくれた
者
は
誰
だと
思
う
学問
あって
以来
の
学者
と
称
せらるる
彼
の
希臘
の
哲人
逍遥派
の
元祖
アリスト
トル
その
人
である
彼
の
説明
に
曰
くさ
おい
菓子皿
などを
叩
かんで
謹聴
していなくちゃいかん
彼等希臘人
が
競技
において
得
るところの
賞与
は
彼等
が
演
ずる
技芸
その
物
より
貴重
なものである
それ
故
に
褒美
にもなり
奨励
の
具
ともなる
しかし
智識
その
物
に
至
ってはどうである
もし
智識
に
対
する
報酬
として
何物
をか
与
えんとするならば
智識以上
の
価値
あるものを
与
えざるべからず
しかし
智識以上
の
珍宝
が
世
の
中
にあろうか
無論
あるはずがない
下手
なものをやれば
智識
の
威厳
を
損
する
訳
になるばかりだ
彼等
は
智識
に
対
して
千両箱
を
オリムパス
の
山
ほど
積
み
クリ
サス
の
富
を
傾
け
尽
しても
相当
の
報酬
を
与
えんとしたのであるが
いかに
考
えても
到底釣
り
合
うはずがないと
云
う
事
を
観破
して
それより
以来
と
云
うものは
奇麗
さっぱり
何
にもやらない
事
にしてしまった
黄白青銭
が
智識
の
匹敵
でない
事
はこれで
十分理解出来
るだろう
さてこの
原理
を
服膺
した
上
で
時事問題
に
臨
んで
見
るがいい
金田某
は
何
だい
紙幣
に
眼鼻
をつけただけの
人間
じゃないか
奇警
なる
語
をもって
形容
するならば
彼
は
一個
の
活動紙幣
に
過
ぎんのである
活動紙幣
の
娘
なら
活動切手
くらいなところだろう
翻
って
寒月君
は
如何
と
見
ればどうだ
辱
けなくも
学問最高
の
府
を
第一位
に
卒業
して
毫
も
倦怠
の
念
なく
長州征伐時代
の
羽織
の
紐
をぶら
下
げて
日夜団栗
の
スタビリチ
を
研究
し
それでもなお
満足
する
様子
もなく
近々
の
中
ロ
ド
ケルヴィン
を
圧倒
するほどな
大論文
を
発表
しようとしつつあるではないか
たまたま
吾妻橋
を
通
り
掛
って
身投
げの
芸
を
仕損
じた
事
はあるが
これも
熱誠
なる
青年
に
有
りがちの
発作的所為
で
毫
も
彼
が
智識
の
問屋
たるに
煩
いを
及
ぼすほどの
出来事
ではない
迷亭一流
の
喩
をもって
寒月君
を
評
すれば
彼
は
活動図書館
である
智識
をもって
捏
ね
上
げたる
二十八珊
の
弾丸
である
この
弾丸
が
一
たび
時機
を
得
て
学界
に
爆発
するなら
もし
爆発
して
見給
え
爆発
するだろう
迷亭
はここに
至
って
迷亭一流
と
自称
する
形容詞
が
思
うように
出
て
来
ないので
俗
に
云
う
竜頭蛇尾
の
感
に
多少
ひるんで
見
えたがたちまち
活動切手
などは
何千万枚
あったって
粉
な
微塵
になってしまうさ
それだから
寒月
には
あんな
釣
り
合
わない
女性
は
駄目
だ
僕
が
不承知
だ
百獣
の
中
でもっとも
聡明
なる
大象
と
もっとも
貪婪
なる
小豚
と
結婚
するようなものだ
そうだろう
苦沙弥君
と
云
って
退
けると
主人
はまた
黙
って
菓子皿
を
叩
き
出
す
鈴木君
は
少
し
凹
んだ
気味
で
そんな
事
も
無
かろう
と
術
なげに
答
える
さっきまで
迷亭
の
悪口
を
随分
ついた
揚句
ここで
無暗
な
事
を
云
うと
主人
のような
無法者
はどんな
事
を
素
っ
破抜
くか
知
れない
なるべくここは
好加減
に
迷亭
の
鋭鋒
をあしらって
無事
に
切
り
抜
けるのが
上分別
なのである
鈴木君
は
利口者
である
いらざる
抵抗
は
避
けらるるだけ
避
けるのが
当世
で
無要
の
口論
は
封建時代
の
遺物
と
心得
ている
人生
の
目的
は
口舌
ではない
実行
にある
自己
の
思
い
通
りに
着々事件
が
進捗
すれば
それで
人生
の
目的
は
達
せられたのである
苦労
と
心配
と
争論
とがなくて
事件
が
進捗
すれば
人生
の
目的
は
極楽流
に
達
せられるのである
鈴木君
は
卒業後
この
極楽主義
によって
成功
し
この
極楽主義
によって
金時計
をぶら
下
げ
この
極楽主義
で
金田夫婦
の
依頼
をうけ
同
じくこの
極楽主義
でまんまと
首尾
よく
苦沙弥君
を
説
き
落
して
当該事件
が
十中八九
まで
成就
したところへ
迷亭
なる
常規
をもって
律
すべからざる
普通
の
人間以外
の
心理作用
を
有
するかと
怪
まるる
風来坊
が
飛
び
込
んで
来
たので
少々
その
突然
なるに
面喰
っているところである
極楽主義
を
発明
したものは
明治
の
紳士
で
極楽主義
を
実行
するものは
鈴木藤十郎君
で
今
この
極楽主義
で
困却
しつつあるものもまた
鈴木藤十郎君
である
君
は
何
にも
知
らんからそうでもなかろうなどと
澄
し
返
って
例
になく
言葉寡
なに
上品
に
控
え
込
むが
せんだってあの
鼻
の
主
が
来
た
時
の
容子
を
見
たらいかに
実業家贔負
の
尊公
でも
辟易
するに
極
ってるよ
ねえ
苦沙弥君
君大
に
奮闘
したじゃないか
それでも
君
より
僕
の
方
が
評判
がいいそうだ
アハハハ
なかなか
自信
が
強
い
男
だ
それでなくては
サヴェジ
チ
なんて
生徒
や
教師
にからかわれてすまして
学校
へ
出
ちゃいられん
訳
だ
僕
も
意志
は
決
して
人
に
劣
らんつもりだが
そんなに
図太
くは
出来
ん
敬服
の
至
りだ
生徒
や
教師
が
少々愚図愚図言
ったって
何
が
恐
ろしいものか
サントブ
ヴ
は
古今独歩
の
で
